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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和2年(2020)10月23日(金曜日)弐
        通巻第6678号
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  三島由紀夫没後五十年、「憂国忌」が近付きました

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 <<三島由紀夫関連読書特集>>
井上隆史『暴流の人 三島由紀夫』(平凡社)
佐藤秀明『三島由紀夫 ――悲劇への欲動』(岩波新書)
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  書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW 
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 男は何故、壮烈な死によってだけ美と関わるのであろうか?
  三島由紀夫の精神と、残された作品群の深奥に迫る前意味論的分析

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佐藤秀明『三島由紀夫 ――悲劇への欲動』(岩波新書)
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 あれから五十年が閲したとは思えないほど、須?(しゅゆ)の時間だった。昨日の出来事のように、フト生前の三島、森田両氏と会話している。夢の中で。
 おしりも書店に行くと三島本が並びだした。
それもかなりの数である。「定番」の人々の回想録という周期はおわって、三島事件から後に生まれた世代が、それぞれのアングルから三島由紀夫の世界に挑んでいる。たまたま日本経済新聞にも「三島五十年」のシリーズが特集され、宮本亜門、宮台真司、吉田大八、熊野純彦など新世代が、それなりの三島を語っていて、視野狭窄、ピント外れ、マニアック、哲学的ブンガク論だったり、しかし、それぞれに光る一行がある。
 第一周期は三島と直接付き合った人たちの交友録的評伝の列だった。林房雄、石原慎太郎、佐伯彰一、奥野健男、坊城俊民、三谷信、渋沢龍彦、・岡孝夫らが続き、第二周期は客観的な評伝へと移る。猪瀬直樹、村松剛、スコット・ストークス、ジョン・ネイサン、松本健一、そして編集担当だった川島勝、小島千加子。異色は堂本正樹、野坂昭如、福島次郎、岩下尚史氏らの作品だった。加えて文学的見地からは田中美代子、松本徹ら夥しい人が三島を語ったのだ。
 最近では三島と直接付き合った自衛隊OBが退役後の感想をのべたものに加わって、杉山隆男、浜崎洋介氏らの出色の三島論もでてきた。
ともかく半世紀も経つと、あの驚天動地の三島事件をかくも冷静に見直し、くわえて三島文学に対して、一般的な、通俗な評伝を越えた、ある種冷徹な評価ができるのか、と本書を読み終えて、全体を貫く客観性にまず感心した。
 著者の佐藤秀明氏は「前意味論的」と分析方法を断っているが、本書は相対的には意味論である。
 さすがに三島文学館館長を兼任する著者は、四谷の生家を探し当て、死後の評論のなかからも、珠玉を選ぶ一方で、間違いもただしていく。たとえば、秋山駿は「死後も成長し続ける作家」と三島を評した名言を残したが、これはドストエフスキーの言葉がオリジナルだという。
 三島が少年時代から憧れ続けたのは「悲劇的なもの」だった。
 初期の作品群を一覧しても、美しき夭折への、名状しがたい憧憬に満ちている。衝動的な渇仰が『花ざかりの森』にも『軽皇子と衣織姫』にも、底辺に流れ、漂う。「前意味論的な欲動」と著者は言う。処女作と遺作には静謐が共通する。
 昭和四十三年の『太陽と鉄』の最終章には、「身を挺している」「悲劇的なもの」という語彙に加えて「栄光と死」を望んでいると書かれている。
 村松剛は「決意を彼が公にした最初の文章だった」と『三島由紀夫の世界』で見抜いた。
 しかし『悲劇的なもの』と『身を挺している』という言葉は『仮面の告白』で出てくるのだ。
 佐藤は「職業作家として出発した記念碑的な作品に書いた言葉を二十年後に死の予感を告白する文章に織り込んだのは意図してのことであろう」と分析していて研究者としての慧眼が冴える。
 また『憂国』はまさに悲劇的イロニーに充ち満ちた短編だが、「作品の意匠は全く異なるが、『潮騒』の幸福感に通じている」とする。なるほど、そういわれてみればそうかもしれない。
 気になった箇所は三島が机上の空論的に皇居突入計画を立てたという、これは生前も耳にした風説で、当時評者(宮崎)の耳にも聞こえてきたが、佐藤氏はこの顛末を文献的に振り返り、関係者の著作も紐解いている。真相は薮の中、計画を打ち明けられた自衛隊は冗談だろうと、その場では同調するフリをしたのだろうと評者は想像する。
 げんに富士学校へひとりで入隊時に対応した幹部は、三島のクーデター計画を聴いて「私らは役人ですから」と冷ややかに言い放ち、以後、明確に距離を置いた。
 現在の自衛隊にクーデターを望むこと自体が妄想である。それは体験入隊を通じて、三島はいやというほどに体得していた。
 まして楯の会を始末に負えぬ存在と考えていた財界の桜田武や自民党は、冷笑したフシが濃厚。そこで三島は法螺吹きの田中清玄にも自衛隊への斡旋を頼んだとか、虚実こもごもだが、三島が「愛国者」となのる軍人OBや自衛隊幹部、財界の有力者に課した「リトマス試験紙」だったのではないのか、というのが評者の見立てである。というのも、この皇居突入計画を聴いて以後、距離を置き始めた人が多かったからだ。
 ついで三島が吹聴していたのは治安出動を契機とするクーデター計画で、仄聞していた限り、だれも本気とはとっておらず、文豪ミシマの独特のアフォリズム、いや何かの芝居なのかと誤認した。
 じつは評者、このあたりの経緯を村松剛氏や編集者、そして楯の会の会員ながらも三島とは距離を置いた学生達から聴いており、その本気度と計画の杜撰さとの整合性を不安に思ったものだった。
 そのあとに森田必勝が学生長になって本格的に計画立案に加わり実現性のたかい、綿密な行動計画へ移っていくのである。
 佐藤氏はこう言う。
 「(戯曲『わが友ヒトラー』にでてくる)レームと突撃隊は、明らかに三島と楯の会を表している。楯の会など政治の権謀術数から見れば、子供騙しの集団でしかないことを作者(三島)は知っている。しかし同時に三島は、レームの単純な盲信が『神々の特質』であることも知り、この戯曲であっさりと粛正される『三度の飯よりも兵隊ごっこが好き』なレームを、戯画化したうえで憧れている」(182p)。
 冷徹な、あまりに冷徹なほどの客観性で本書は一貫している。
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 半世紀を経ても三島の磁力はなぜかくも強烈なのか?
  暴流(ぼる)が意味する内面の暴力性と精神を蝕むニヒリズム

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井上隆史『暴流の人 三島由紀夫』(平凡社)
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 連続して三島関係の本格的研究の集大成が並ぶ。
 今度は井上隆史氏。ミシマ国際シンポジウムの主催者、組織者としても知られるが、三島研究一本に打ち込んてきた。三島文学館の第一資料を読みこなし、佐藤秀明氏とともに新発見を続ける。
 本書は、その研究成果の集大成といえる所為か、ともかく分厚いのだ。
 五十年という時間が流れても、これほど精密に、奥行きがあって、しかも没後の時間的な余裕のなかで初めて公開されたメモ、生原稿から創作ノート、初稿と初版本の相違点などを研究しているのだから、凄い磁力を三島がいまも持ち続けているという証左でもある。
しかも事件のときに井上氏は七歳だったから、原体験がないだけに、当時の空気、熱情から離れて、あたかも精神科医のカルテのように第三者としての分析が可能になるわけだ。
 題名の暴流(ぼる)は古典から選択した。
 「深浦正文の『輪廻転生の正体』を三島は書庫に持っていたが、これこそが「三島が『豊饒の海』の構想を考えるうえで決定的な役割を果たした」(366p)
 当該本は阿頼耶識を論じた中で「恒転如暴流」と仏教用語に触れているのだ。
 井上氏はこれが「決定的」だったとして、本の題名に選んだ。
 少年時代の詩を詠むと、そこには「抑えがたい暴力衝動が現われ出ている」とする井上教授は、三島が中等科四年のときに「花山院」の小説化をはやくも試みているとする。この作品はのちに安倍晴明という陰陽師を主人公に花山天皇との別れを描く短編に結実していて評者の好きな作品のひとつだ(新潮文庫『ラディゲの死』所載の『花山院』)。
 さて、時代は飛んで「からっ風野郎」に主演した翌月に「サロメ」を三島自身の演出で上演すると、これが「強い刺激となって、切腹というテーマを何らかの形で表現したいという思いを三島は募らせていた」(326p)。
 それが「榊山保」の筆名で書いた「愛の処刑」というポルノまがいの小説に繋がるとされる。
 評者(宮崎)の持論でもあるが、「作家は処女作に戻る」ものであり、三島は十四歳のときに詠んだ「詩を書く小年」に、そしてあの頃の古典に題材する習作時代の心に回帰してゆくのだ。
 井上氏は浜松中納言日記をヒントにした『豊饒の海』について大津皇子に注目する。
 ここで評者、膝を打った。
 『群像』の昭和四十五年六月、「懐風藻と古今和歌集」について論じていた三島は、「父天武天皇が崩御した後、叛図を抱いた疑いで捕らえられ二十四歳で自害した大津皇子の漢詩」に触れつつ、蓮田善明の評論になる「此の詩人は今日死ぬことが自分の文化であると知っているかの如くである」という有名な一節を結ぶ。
 大津皇子は天武天皇の長男(異説あり)でありながらも、母親や天武天皇皇后(のちの持統天皇)ではなく、その姉だった。しかるに持統天皇が草薙皇子に肩入れし、大津皇子を疎んじれば、悲運は決ま…

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