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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和2年(2020)9月28日(月曜日)
通巻第6653号
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南モンゴル(内蒙古自治区)。小中学校の授業でモンゴル語をやめる
習近平、標準中国語に変更を強制し「中華民族の復興」をやり遂げるとか
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南モンゴル(内蒙古自治区)は日本の敗戦のどさくさに、中国が侵略した。多数のモンゴル人は迫害され、漢族の入植が進み、気がつけばモンゴル族が少数に転落していた。
中国共産党の圧政によって数十万の犠牲がでた。
チベットでは120万人が犠牲となり、ウィグルでは現在100万から200万人のウィグル人が強制収容所において「職業訓練」と称する洗脳教育を受けている。ウィグル語が消される懼れがある。言語は民族の文化、伝統を守る重要な手段である。
南モンゴル(内蒙古自治区)では、九月新学期から小中学校の授業に使われてきたモンゴル語をやめ、標準中国語に変更するとした。
これは中華統一を掲げる習近平の強制的な文化政策の現れだが、モンゴル族から言えば、重要な民族のアイデンティティが抹殺されることになる。
たちまちSNSで諸外国に伝わり、ワシントンではモンゴル移民らが集会を開催して反対の声をあげた。現地でも住民の抗議デモ、授業のボイコットが続き、相当数の逮捕者がでた。
2022年までを目標にモンゴル族が通う民族学校で「国語」など3科目の授業を中国語で教え、教科書そのものも中国語に改編してしまう。ただし北京政府は「3科目以外は教科書を変更しない。バイリンガル教育は維持される」と釈明している。
言葉を失うと民族は文化を消滅させられる。
げんにチベットの若者たちで、四川省や青海省の都会で暮らすチベット族は中国語しか喋れない。
筆者自身も四川省のチベット族居住区で体験しているが、チベット族の若い女性らに聞くと「両親は喋ってますが、私たちは(チベットの)字も読めないし、まわりはすべて漢字ですし、教科書も」とあっけらかんとしている。
この悲劇的な現実を帰国後に、ペマ・ギャルポ氏と話していたら、悲しい顔をされた。
米国のインディアン居住地には多くの遺蹟が残り、いまでも電気もガスも水道もない集落を形成し、文化と伝統を守っている。ところがかれらは「言葉を失った」。英語しか話せず、先祖の言葉は消えている。
そして集落の長が、日本からのテレビ取材斑とのインタビューに応じ、こう言った。
「あなた方は自分たちの言葉で生活しているのでしょう?」
☆○▽◇み◎○△□や○△□◇ざ◎○△□き△□☆☆
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 2139回】
――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港21)
△
香港版国家安全法などと言う物騒な法律などは夢想すら出来なかった当時である。今では考えられないような奇妙なまでに工夫された商売――長閑で、トンマで、それでいて何処か哀愁を帯びていた――に、時にお目に掛かったものだ。
あの程度の商売で、どれほどの収入が得られたのかは不明だが、兎にも角にも商売として成り立っていたのだろう。
なによりもお世話になったのは、やはり京劇のカセット・テープ屋だった。
京劇にのめり込み、年中無休で京劇小屋に通うようになった経緯については、いずれ書き留めておかねばならないが、いまは京劇カセット・テープ屋通いに留めておく。
ある日の昼休みだった。研究所の廊下を歩いて居ると、どこからともなく京劇が聞こえてくる。戯迷(京劇狂い)の哀しいサガというのか。歌であれ楽器の伴奏であれ、京劇が聞こえてくると心がウキウキし、音の方向に足が自動的にロックオンされてしまう。まるで「ハーメルンの笛吹き男」に誘われるネズミのように進むと、事務員の洪さんがカセット・テープで京劇――それも文革で消えたはずの古典京劇――を、さも嬉しそうに聞いているではないか。
京劇の基本は歌劇であるから看るのではなく聴く。そこで基本的には「看戯」と言わずに「聴戯」と表現する。
当時、香港でも文革の影響を受け京劇と言えば革命現代京劇のレコードであり、ビクトリア公園の向かいに店を構えていた老舗レコード店の「楽聲唱片」でも、古典京劇のレコードの入手は困難だった。
なぜ洪さんが文革で打倒された名優たちのカセット・テープを持っているのか。こういう珍品を密かに売っている所がある。紹介してやるから行ってみないか、と。一も二もなくお願いし、教えてもらった住所を訪ねた。
佐敦道に面した富都酒店(ホテル)の並びの安っぽい老朽ビルの高層階だったように記憶する。ドアの前に立って呼び鈴を鳴らす。暫くすると足音がして木製のドアが開けられた。鉄製のドア越しに新亜研究所の洪さん名前を出して来意を告げると、二重になった鉄製のドアを開けて中に招き入れてくれた。ウナギの寝床のような細長く狭い部屋の壁には、役者名と演目が手書きされたカセット・テープが並んでいる。
馬連良の『借東風』、周信芳の『肅何月下追韓信』に目が吸い寄せられる。見当たらなかった譚富英の『空城計』と李多奎の『釣金亀』を注文して、その場を後にした。持ち帰って耳を傾ける。
文革で非業の死を遂げただけに、もはや聴くことなどできないと思っていた名優の絶唱と思えば、心に染み入らないわけがない。だが、時々挟まる異音が気になる。雑音ではなく、どうやら中国のアナウンサーによる詳細な解説のようだ。
その後、何回か通って分かったことだが、中国で放送された古典京劇番組を録音し、それをダビングして売り出した。戯迷の間に噂が広がり、結構な商売になっているという。それにしても著作権もヘッタクレもない不思議な商売である。
文革で古典京劇は封建社会の残滓として完膚なきまでに批判され、兵士や労働者を主人公にした革命現代京劇以外は中国からは消え去った――当時、日本で雨後の筍のように出版された文革関連本では、こう説かれていた。
だが、しがないカセット・テープ屋で知る限り、そうではなさそうだ。日本で喧伝されているほどではなく、適当に息抜きしながら文革が行われていたということだろうか。これを言い換えるなら、やはり日本人の中国理解は日本式に厳格で一辺倒で短兵急に結論を求め過ぎるように思う。
自転車で回って顧客の車を掃除する洗車屋、荷車に古本を並べた移動販売の古本屋、飲茶の客の間を回って馬票(馬券)を売りつける馬票屋など・・・世界の金融センターへと変貌するなかで、いつしか香港は彼らの生息を許す「空き地」を失っていたようだ。
○△□◇ヒ◎○△□イ○△□◇ズ◎○△□ミ△□◇◎
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宮崎正弘の新刊『一万年の平和、日本の代償』(育鵬社)
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絶賛発売中!
宮崎正弘『一万年の平和、日本の代償』(育鵬社、1650円)
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――岐路に立つ日本の「平和論」。欺瞞のヘイワケンポウで国を守れるのか?
――日本は世界史でも稀な泰平の日々を送ってきたが、その代償とは?
――縄文時代の一万年以上、日本には戦争がなかった
――弥生時代に渡来人が混入してから、国内騒乱、権力をめぐる争いがおこった
――戦後、日本からサムライ精神は去勢された。闘わない民族に明日はない
https://www.amazon.co.jp/dp/4594086195/
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■読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)日本人の報復感情について考えてみました。
小生も宮崎先生同様にTVを観ない主義なので昨今の人気TVドラマ「半沢直樹」も観た事はないが新聞の記事によれば大人気という。どうやら主人公が口走る「培返し」が人気の秘密らしい。
「培返し」とは、理不尽に耐えてきた人間が発する報復感情の言葉であろう。そこで日本人の、その報復魂について論じてみたい。
12月ともなれば、赤穂浪士の討ち入りの日に合わせ忠臣蔵の映画やTVドラマが相変わらずの人気である。これも理不尽に切腹させられた藩主の無念を晴らすための忠臣達による仇討ち、つまり報復であった。
江戸時代には、敵討、または仇討ちは、直接の尊属を殺害した者に対して私刑として復讐を行うことを公認した制度である。下手人が藩外へ逃げれば、自藩の警察権は他藩へは及ばないため止むを得ない措置だったのだろう。犯人は大抵は人込に紛れ易い江戸へ逃げ込むことが多く、追っ手も江戸で犯人捜しをすることが多かったようだ。鬼平犯科帳にもそんな話がよく出てくることはファンならご存知であろう。
さて、日本政府は、敗戦直後の昭和21年3月6日、GHQの英文原案をもとにした「憲法改正草案要綱」を公表させられた。白洲次郎は、翌7日付の手記に「敗戦最露出の憲法案は生る。『今に見ていろ』という気持ち抑えきれずひそかに涙す」と書いている。
原爆投下と主要都市への焼夷弾投下による無差別殺戮への報復を密かに誓った日本人は、白洲と同様に敗戦直後には数多くいた筈である。
敗戦後75年、現在の日本人は果たしてどうだろう。
西鋭夫は、ドイツ人の復讐感情について、当時の事情を語っている。
「第一次世界大戦は1918 から1919年…
[続きはコチラから]
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南モンゴル(内蒙古自治区)。小中学校の授業でモンゴル語をやめる
習近平、標準中国語に変更を強制し「中華民族の復興」をやり遂げるとか
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南モンゴル(内蒙古自治区)は日本の敗戦のどさくさに、中国が侵略した。多数のモンゴル人は迫害され、漢族の入植が進み、気がつけばモンゴル族が少数に転落していた。
中国共産党の圧政によって数十万の犠牲がでた。
チベットでは120万人が犠牲となり、ウィグルでは現在100万から200万人のウィグル人が強制収容所において「職業訓練」と称する洗脳教育を受けている。ウィグル語が消される懼れがある。言語は民族の文化、伝統を守る重要な手段である。
南モンゴル(内蒙古自治区)では、九月新学期から小中学校の授業に使われてきたモンゴル語をやめ、標準中国語に変更するとした。
これは中華統一を掲げる習近平の強制的な文化政策の現れだが、モンゴル族から言えば、重要な民族のアイデンティティが抹殺されることになる。
たちまちSNSで諸外国に伝わり、ワシントンではモンゴル移民らが集会を開催して反対の声をあげた。現地でも住民の抗議デモ、授業のボイコットが続き、相当数の逮捕者がでた。
2022年までを目標にモンゴル族が通う民族学校で「国語」など3科目の授業を中国語で教え、教科書そのものも中国語に改編してしまう。ただし北京政府は「3科目以外は教科書を変更しない。バイリンガル教育は維持される」と釈明している。
言葉を失うと民族は文化を消滅させられる。
げんにチベットの若者たちで、四川省や青海省の都会で暮らすチベット族は中国語しか喋れない。
筆者自身も四川省のチベット族居住区で体験しているが、チベット族の若い女性らに聞くと「両親は喋ってますが、私たちは(チベットの)字も読めないし、まわりはすべて漢字ですし、教科書も」とあっけらかんとしている。
この悲劇的な現実を帰国後に、ペマ・ギャルポ氏と話していたら、悲しい顔をされた。
米国のインディアン居住地には多くの遺蹟が残り、いまでも電気もガスも水道もない集落を形成し、文化と伝統を守っている。ところがかれらは「言葉を失った」。英語しか話せず、先祖の言葉は消えている。
そして集落の長が、日本からのテレビ取材斑とのインタビューに応じ、こう言った。
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――英国殖民地だった頃・・・香港での日々(香港21)
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あの程度の商売で、どれほどの収入が得られたのかは不明だが、兎にも角にも商売として成り立っていたのだろう。
なによりもお世話になったのは、やはり京劇のカセット・テープ屋だった。
京劇にのめり込み、年中無休で京劇小屋に通うようになった経緯については、いずれ書き留めておかねばならないが、いまは京劇カセット・テープ屋通いに留めておく。
ある日の昼休みだった。研究所の廊下を歩いて居ると、どこからともなく京劇が聞こえてくる。戯迷(京劇狂い)の哀しいサガというのか。歌であれ楽器の伴奏であれ、京劇が聞こえてくると心がウキウキし、音の方向に足が自動的にロックオンされてしまう。まるで「ハーメルンの笛吹き男」に誘われるネズミのように進むと、事務員の洪さんがカセット・テープで京劇――それも文革で消えたはずの古典京劇――を、さも嬉しそうに聞いているではないか。
京劇の基本は歌劇であるから看るのではなく聴く。そこで基本的には「看戯」と言わずに「聴戯」と表現する。
当時、香港でも文革の影響を受け京劇と言えば革命現代京劇のレコードであり、ビクトリア公園の向かいに店を構えていた老舗レコード店の「楽聲唱片」でも、古典京劇のレコードの入手は困難だった。
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馬連良の『借東風』、周信芳の『肅何月下追韓信』に目が吸い寄せられる。見当たらなかった譚富英の『空城計』と李多奎の『釣金亀』を注文して、その場を後にした。持ち帰って耳を傾ける。
文革で非業の死を遂げただけに、もはや聴くことなどできないと思っていた名優の絶唱と思えば、心に染み入らないわけがない。だが、時々挟まる異音が気になる。雑音ではなく、どうやら中国のアナウンサーによる詳細な解説のようだ。
その後、何回か通って分かったことだが、中国で放送された古典京劇番組を録音し、それをダビングして売り出した。戯迷の間に噂が広がり、結構な商売になっているという。それにしても著作権もヘッタクレもない不思議な商売である。
文革で古典京劇は封建社会の残滓として完膚なきまでに批判され、兵士や労働者を主人公にした革命現代京劇以外は中国からは消え去った――当時、日本で雨後の筍のように出版された文革関連本では、こう説かれていた。
だが、しがないカセット・テープ屋で知る限り、そうではなさそうだ。日本で喧伝されているほどではなく、適当に息抜きしながら文革が行われていたということだろうか。これを言い換えるなら、やはり日本人の中国理解は日本式に厳格で一辺倒で短兵急に結論を求め過ぎるように思う。
自転車で回って顧客の車を掃除する洗車屋、荷車に古本を並べた移動販売の古本屋、飲茶の客の間を回って馬票(馬券)を売りつける馬票屋など・・・世界の金融センターへと変貌するなかで、いつしか香港は彼らの生息を許す「空き地」を失っていたようだ。
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――岐路に立つ日本の「平和論」。欺瞞のヘイワケンポウで国を守れるのか?
――日本は世界史でも稀な泰平の日々を送ってきたが、その代償とは?
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(読者の声1)日本人の報復感情について考えてみました。
小生も宮崎先生同様にTVを観ない主義なので昨今の人気TVドラマ「半沢直樹」も観た事はないが新聞の記事によれば大人気という。どうやら主人公が口走る「培返し」が人気の秘密らしい。
「培返し」とは、理不尽に耐えてきた人間が発する報復感情の言葉であろう。そこで日本人の、その報復魂について論じてみたい。
12月ともなれば、赤穂浪士の討ち入りの日に合わせ忠臣蔵の映画やTVドラマが相変わらずの人気である。これも理不尽に切腹させられた藩主の無念を晴らすための忠臣達による仇討ち、つまり報復であった。
江戸時代には、敵討、または仇討ちは、直接の尊属を殺害した者に対して私刑として復讐を行うことを公認した制度である。下手人が藩外へ逃げれば、自藩の警察権は他藩へは及ばないため止むを得ない措置だったのだろう。犯人は大抵は人込に紛れ易い江戸へ逃げ込むことが多く、追っ手も江戸で犯人捜しをすることが多かったようだ。鬼平犯科帳にもそんな話がよく出てくることはファンならご存知であろう。
さて、日本政府は、敗戦直後の昭和21年3月6日、GHQの英文原案をもとにした「憲法改正草案要綱」を公表させられた。白洲次郎は、翌7日付の手記に「敗戦最露出の憲法案は生る。『今に見ていろ』という気持ち抑えきれずひそかに涙す」と書いている。
原爆投下と主要都市への焼夷弾投下による無差別殺戮への報復を密かに誓った日本人は、白洲と同様に敗戦直後には数多くいた筈である。
敗戦後75年、現在の日本人は果たしてどうだろう。
西鋭夫は、ドイツ人の復讐感情について、当時の事情を語っている。
「第一次世界大戦は1918 から1919年…
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