■■JapanOntheGlobe(1167)■■国際派日本人養成講座■■
CommonSense:農家と消費者が支え合う「和」のフード・チェーンを
農家と消費者を分断してきた大量生産販売型フード・チェーンから卒業すべき時。
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■1.国際比較で目立つ「日本の農業と食料の特異な姿」
__________
農業と食料に関するデータを国際比較すると、日本だけがとび離れた数値を示すことが多い。とりわけ所得水準の高い先進国の間の比較では、日本の農業と食料の特異な姿が目立っている。[荏開津、p193]
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農業経済学テキストのロングセラー『農業経済学 第5版』で、「日本の農業と食料」を論じた章の印象的な書き出しです。これが誇張ではないことは、その後に続く各種のデータで論証されていきます。
筆頭は自給率です。米や小麦などの穀物の自給率で見ると、日本はわずか24%。アメリカ126%、フランス190%などの食料輸出国は別格としても、イギリス87%、イタリア82%と欧州の平均的な国と比較しても段違いです。さらにショッキングなのは、人口超大国の中国、インドですら、それぞれ100%、90%と、ほぼ食料自給を達成している事です。
■2.穀物輸出が不安定な国際市場に依存する危うさ
世界各国が食料自給率にこだわるのは、それが「食料の安全保障」の根幹だからです。食料生産量は現在でも天候に大きく左右され、ひとたび不作となれば、食料輸出国もまずは国内消費を優先して、輸出を減らすからです。
たとえば、ある国が食料生産量100万トンのうち、80万トンを国内消費し、残りの20万トンを輸出に回しているとしましょう。不作で生産量が90万トンに落ちた場合、国内消費は80万トンのまま維持しますので、輸出は10万トンと半分に減ってしまいます。すなわち10%の不作が50%の輸出量減少につながってしまうのです。
10%程度の不作は珍しくありません。世界全体の小麦の最高収量(ヘクタールあたりのkg)は最低収量の1.19倍でした(2010-2017年)。世界全体の平均でもプラスマイナス10%近くの変動があったということです。地域や国単位の変動はさらに大きくなります。
これだけ出来高の変動があり、かつ変動が輸出量にしわ寄せされるので、国際市場での価格変動の激しさは工業製品などとは比べものになりません。1990年から2018年までの28年間で、最高価格と最低価格の差は小麦で3.1倍、米で3.7倍となっています。
輸入量と価格だけでなく、輸送面のリスクもあります。食料輸入のほとんどを海上輸送に頼る我が国では、シーレーン上で航海の安全が脅かされると輸入が止まってしまう恐れもあります。我々は、まさに日本国憲法前文の謳う通り「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」穀物自給率24%という「日本だけがとび離れた数値」に安住しているのです。
■3.大量生産販売型フード・チェーンに圧迫される農家
こういう状況になってしまった理由はいくつかありますが、その一つが、大量生産販売型フード・チェーンが発展した事が指摘されています。たとえば、このチェーンが日本ほどには発達していないイタリアでは、近隣農家が都市の広場のマーケットに毎朝、屋台を出して、朝採れの野菜や果物を売っています。昔ながらの生産者と消費者が直結した姿です。
しかし、現代の大量生産販売型フード・チェーンでは、たとえば多くの農家から食品加工会社がトマトを大量に買い集め、同じ等級を4個単位でパッケージにしたり、トマトジュースに加工したりします。こうして大量生産された「商品」が、スーパーなどに大量に配送され、販売されます。
現在、加工原料用トマトを生産している農家数は5千戸ほどです。一方、加工会社やスーパーの系列ははるかに数も少ないし、規模も大きいので、価格交渉では加工会社やスーパーが支配的となります。
さらに加工会社は外国産トマトの方が安ければ、輸入に代替します。現在のトマトは45%が輸入品で、その半分以上が韓国からです。またスーパーでは、缶入りトマトジュースなど完成品をアメリカから大量輸入して販売しています。
加工原料用トマトの生産農家は、昭和55(1980)年には2万5千戸ほどもありましたが、その後の輸入自由化とともに現在の5千戸ほどに減少してしまいました。加工会社による大量生産、スーパーなどでの大量販売のもとで価格決定権を奪われ、かつ輸入品からの価格圧力が農家の収入を圧迫し、5軒のうち4軒を廃業または作物転換に追い込んだのです。
大量生産販売型フード・チェーンは、加工コストや流通販売コストを大幅に下げ、我々の消費生活を豊かにしてくれました。しかし、農業は食料の安全保障や、環境保全、景観美化などの、お金には換算できない価値を提供してくれています。こういう価値は、利益を行動の目安とする各企業任せでは追求しにくいものです。
現在の日本では、大量生産販売が行きすぎて、これらの非貨幣的価値が見失われています。我々国民も危機意識を持って、現在の仕組みを考え直す時期に来ています。
■4.「その食材を育てた人の顔が思い浮かぶ?」
「みなさんは昨日三回食事をしたと思いますが、その内、何かおかず一品でもいいので、その食材を育てた人の顔が思い浮かんだという方は手をあげてください」[高橋H28、243]
一般社団法人「日本食べる通信リーグ」代表理事の高橋博之さんが、こう講演会場で問いかけても、手をあげる人が100人中、一人でもいればいい方だ、と言います。それほど我々消費者は、食材の生産者とは断絶してしまっています。
スーパーの棚から、トマトジュースを選ぶ時、我々は値段やブランドは気にします。しかし、そのトマトは、どんな人がどんな苦労をして、どんな思いで育てたのか、などと考える事はありません。
トマト農家の方も、消費者とのつながりを失い、自分たちが作ったトマトを、消費者がどう味わってくれているのか、全く分かりません。それでは作り甲斐も感じられず、ただ苦労ばかりの生活です。こういう状態では、田舎で農業をやろうという若者がなかなか出てこないのも当然でしょう。
こうして生産者と消費者が完全に分断されてしまったのは、やはり大量生産販売の行きすぎが原因です。食材はティッシュ・ペーパーと同様の大量生産品となってしまいました。それにより、生産者と消費者がフード・チェーンの両端に引き離されてしまったのです。
大量生産販売型フォード・チェーンはその他にもいろいろなムリやムダを日本経済にもたらしています。大量の食品を長距離運ぶための運搬に伴う環境負荷がその一つ。
さらに現代の人類が直面する最も深刻な環境危機、水不足に関しても、牛丼一杯分の牛肉を作るために、バスタブ10杯分の水が消費されます。こうして食品の形で輸入される水の量は6百億トン。国内の水の総使用量の2/3と推定されています。[沖]
また、輸入している主要穀物などで使われている耕地は1245万ヘクタール。国内耕地面積の3倍近い農地を海外で使っています[荏開津、p228]。このように、我々がいかに他国に環境負荷をかけているかをまったく知らないのも、大量生産販売型フォード・チェーンに甘えているからです。
■5.生産者から消費者へのいのちのリレー
なんとか、生産者と消費者を直接つなげたい、という思いで高橋さんが始めたのが「食べる通信」です。月刊誌に農家や漁師の姿を紹介し、その人々による食材を付録につけるという、おそらく世界最初の試みです。
その「食べる通信」で会津若松の伝統野菜・小菊南瓜(こぎくかぼちゃ)を紹介したことがありました。普通の南瓜より小さく、大量生産もできないので、ついには作付け農家は2軒にまで減ってしまいました。その一人、長谷川純一さん(45)は、「そんな金にならないものを」などと言われながらも、作付けを続けてきました。
__________
当時は、ひとりぼっちでしたね。でも、種がなくなってしまったら、その伝統的な農業もなくなってしまう。それはさみしい。種の存在を認識してほしかったんです。地元の子どもたちに食べてもらおうと給食で提供したところ、『おいしい』とみんなが食べてくれた。それで、やっぱりこの種は残していくべきだと感じていたのです。[高橋H27, 1111]
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やはり、喜んで食べてくれる人がいるからこそ、生産者も作り甲斐を感じられのですね。こういう生産者の思いに触れながら、「食べる通信」の読者は小菊南瓜を味わいます。そして長谷川さんの「種を返してくれたらありがたい」という声にふれて、45名もの読者が、食べた後の種を洗って乾燥させ、返してくれました。
こういう話が新聞でも取り上げられて、会津で3軒、熊本で2軒の農家から「小菊南瓜を育てたい」という申し出があったそうです。長谷川さん自身も作付け面積を3倍に増やしました。
大量生産販売型フード・チェーンによって分断されていた生産者と消費者が直接つながることで、消費者は生産者に感謝して食材をいただき、生産者は作り甲斐を感じる事ができます。すべての食材は、農作物にしろ海産物にしろ、いのちを持っています。そのいのちを生産者が育て、消費者がいただく。このいのちのリレーが本来のフード・チェーンなのです。
■6.都市の中で農地を取り込む
大量生産販売型フード・チェーンから抜け出して、消費者への「近道」を模索している動きも様々に試みられています。幹線道路沿いの「道の駅」や高速道路のサービスエリアなどでは地域の特産物が売られています。都市近郊の農民がトラックで都会のスーパーに生産野菜を持ち込み、販売する事もよく行われています。
アメリカでは、校庭の一部を畑に変え、地域の農家に教えて貰いながら、生徒たちが農業を体験的に学ぶ「エディブル・スクールヤード(食べられる校庭)」が幼稚園から大学まで、4千校ほどにも広がっているそうです[高橋H28、2200]。
自ら作物を育てる事によって、農民への感謝と敬意が育つでしょう。小さい頃から、こういう形で農業に親しんでいれば、大人になったら、農業をやりたいという子供も出てくるでしょう。我が国でも少子化で学校のスペースには余裕が出来ている…
[続きはコチラから]
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■1.国際比較で目立つ「日本の農業と食料の特異な姿」
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農業と食料に関するデータを国際比較すると、日本だけがとび離れた数値を示すことが多い。とりわけ所得水準の高い先進国の間の比較では、日本の農業と食料の特異な姿が目立っている。[荏開津、p193]
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農業経済学テキストのロングセラー『農業経済学 第5版』で、「日本の農業と食料」を論じた章の印象的な書き出しです。これが誇張ではないことは、その後に続く各種のデータで論証されていきます。
筆頭は自給率です。米や小麦などの穀物の自給率で見ると、日本はわずか24%。アメリカ126%、フランス190%などの食料輸出国は別格としても、イギリス87%、イタリア82%と欧州の平均的な国と比較しても段違いです。さらにショッキングなのは、人口超大国の中国、インドですら、それぞれ100%、90%と、ほぼ食料自給を達成している事です。
■2.穀物輸出が不安定な国際市場に依存する危うさ
世界各国が食料自給率にこだわるのは、それが「食料の安全保障」の根幹だからです。食料生産量は現在でも天候に大きく左右され、ひとたび不作となれば、食料輸出国もまずは国内消費を優先して、輸出を減らすからです。
たとえば、ある国が食料生産量100万トンのうち、80万トンを国内消費し、残りの20万トンを輸出に回しているとしましょう。不作で生産量が90万トンに落ちた場合、国内消費は80万トンのまま維持しますので、輸出は10万トンと半分に減ってしまいます。すなわち10%の不作が50%の輸出量減少につながってしまうのです。
10%程度の不作は珍しくありません。世界全体の小麦の最高収量(ヘクタールあたりのkg)は最低収量の1.19倍でした(2010-2017年)。世界全体の平均でもプラスマイナス10%近くの変動があったということです。地域や国単位の変動はさらに大きくなります。
これだけ出来高の変動があり、かつ変動が輸出量にしわ寄せされるので、国際市場での価格変動の激しさは工業製品などとは比べものになりません。1990年から2018年までの28年間で、最高価格と最低価格の差は小麦で3.1倍、米で3.7倍となっています。
輸入量と価格だけでなく、輸送面のリスクもあります。食料輸入のほとんどを海上輸送に頼る我が国では、シーレーン上で航海の安全が脅かされると輸入が止まってしまう恐れもあります。我々は、まさに日本国憲法前文の謳う通り「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」穀物自給率24%という「日本だけがとび離れた数値」に安住しているのです。
■3.大量生産販売型フード・チェーンに圧迫される農家
こういう状況になってしまった理由はいくつかありますが、その一つが、大量生産販売型フード・チェーンが発展した事が指摘されています。たとえば、このチェーンが日本ほどには発達していないイタリアでは、近隣農家が都市の広場のマーケットに毎朝、屋台を出して、朝採れの野菜や果物を売っています。昔ながらの生産者と消費者が直結した姿です。
しかし、現代の大量生産販売型フード・チェーンでは、たとえば多くの農家から食品加工会社がトマトを大量に買い集め、同じ等級を4個単位でパッケージにしたり、トマトジュースに加工したりします。こうして大量生産された「商品」が、スーパーなどに大量に配送され、販売されます。
現在、加工原料用トマトを生産している農家数は5千戸ほどです。一方、加工会社やスーパーの系列ははるかに数も少ないし、規模も大きいので、価格交渉では加工会社やスーパーが支配的となります。
さらに加工会社は外国産トマトの方が安ければ、輸入に代替します。現在のトマトは45%が輸入品で、その半分以上が韓国からです。またスーパーでは、缶入りトマトジュースなど完成品をアメリカから大量輸入して販売しています。
加工原料用トマトの生産農家は、昭和55(1980)年には2万5千戸ほどもありましたが、その後の輸入自由化とともに現在の5千戸ほどに減少してしまいました。加工会社による大量生産、スーパーなどでの大量販売のもとで価格決定権を奪われ、かつ輸入品からの価格圧力が農家の収入を圧迫し、5軒のうち4軒を廃業または作物転換に追い込んだのです。
大量生産販売型フード・チェーンは、加工コストや流通販売コストを大幅に下げ、我々の消費生活を豊かにしてくれました。しかし、農業は食料の安全保障や、環境保全、景観美化などの、お金には換算できない価値を提供してくれています。こういう価値は、利益を行動の目安とする各企業任せでは追求しにくいものです。
現在の日本では、大量生産販売が行きすぎて、これらの非貨幣的価値が見失われています。我々国民も危機意識を持って、現在の仕組みを考え直す時期に来ています。
■4.「その食材を育てた人の顔が思い浮かぶ?」
「みなさんは昨日三回食事をしたと思いますが、その内、何かおかず一品でもいいので、その食材を育てた人の顔が思い浮かんだという方は手をあげてください」[高橋H28、243]
一般社団法人「日本食べる通信リーグ」代表理事の高橋博之さんが、こう講演会場で問いかけても、手をあげる人が100人中、一人でもいればいい方だ、と言います。それほど我々消費者は、食材の生産者とは断絶してしまっています。
スーパーの棚から、トマトジュースを選ぶ時、我々は値段やブランドは気にします。しかし、そのトマトは、どんな人がどんな苦労をして、どんな思いで育てたのか、などと考える事はありません。
トマト農家の方も、消費者とのつながりを失い、自分たちが作ったトマトを、消費者がどう味わってくれているのか、全く分かりません。それでは作り甲斐も感じられず、ただ苦労ばかりの生活です。こういう状態では、田舎で農業をやろうという若者がなかなか出てこないのも当然でしょう。
こうして生産者と消費者が完全に分断されてしまったのは、やはり大量生産販売の行きすぎが原因です。食材はティッシュ・ペーパーと同様の大量生産品となってしまいました。それにより、生産者と消費者がフード・チェーンの両端に引き離されてしまったのです。
大量生産販売型フォード・チェーンはその他にもいろいろなムリやムダを日本経済にもたらしています。大量の食品を長距離運ぶための運搬に伴う環境負荷がその一つ。
さらに現代の人類が直面する最も深刻な環境危機、水不足に関しても、牛丼一杯分の牛肉を作るために、バスタブ10杯分の水が消費されます。こうして食品の形で輸入される水の量は6百億トン。国内の水の総使用量の2/3と推定されています。[沖]
また、輸入している主要穀物などで使われている耕地は1245万ヘクタール。国内耕地面積の3倍近い農地を海外で使っています[荏開津、p228]。このように、我々がいかに他国に環境負荷をかけているかをまったく知らないのも、大量生産販売型フォード・チェーンに甘えているからです。
■5.生産者から消費者へのいのちのリレー
なんとか、生産者と消費者を直接つなげたい、という思いで高橋さんが始めたのが「食べる通信」です。月刊誌に農家や漁師の姿を紹介し、その人々による食材を付録につけるという、おそらく世界最初の試みです。
その「食べる通信」で会津若松の伝統野菜・小菊南瓜(こぎくかぼちゃ)を紹介したことがありました。普通の南瓜より小さく、大量生産もできないので、ついには作付け農家は2軒にまで減ってしまいました。その一人、長谷川純一さん(45)は、「そんな金にならないものを」などと言われながらも、作付けを続けてきました。
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当時は、ひとりぼっちでしたね。でも、種がなくなってしまったら、その伝統的な農業もなくなってしまう。それはさみしい。種の存在を認識してほしかったんです。地元の子どもたちに食べてもらおうと給食で提供したところ、『おいしい』とみんなが食べてくれた。それで、やっぱりこの種は残していくべきだと感じていたのです。[高橋H27, 1111]
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やはり、喜んで食べてくれる人がいるからこそ、生産者も作り甲斐を感じられのですね。こういう生産者の思いに触れながら、「食べる通信」の読者は小菊南瓜を味わいます。そして長谷川さんの「種を返してくれたらありがたい」という声にふれて、45名もの読者が、食べた後の種を洗って乾燥させ、返してくれました。
こういう話が新聞でも取り上げられて、会津で3軒、熊本で2軒の農家から「小菊南瓜を育てたい」という申し出があったそうです。長谷川さん自身も作付け面積を3倍に増やしました。
大量生産販売型フード・チェーンによって分断されていた生産者と消費者が直接つながることで、消費者は生産者に感謝して食材をいただき、生産者は作り甲斐を感じる事ができます。すべての食材は、農作物にしろ海産物にしろ、いのちを持っています。そのいのちを生産者が育て、消費者がいただく。このいのちのリレーが本来のフード・チェーンなのです。
■6.都市の中で農地を取り込む
大量生産販売型フード・チェーンから抜け出して、消費者への「近道」を模索している動きも様々に試みられています。幹線道路沿いの「道の駅」や高速道路のサービスエリアなどでは地域の特産物が売られています。都市近郊の農民がトラックで都会のスーパーに生産野菜を持ち込み、販売する事もよく行われています。
アメリカでは、校庭の一部を畑に変え、地域の農家に教えて貰いながら、生徒たちが農業を体験的に学ぶ「エディブル・スクールヤード(食べられる校庭)」が幼稚園から大学まで、4千校ほどにも広がっているそうです[高橋H28、2200]。
自ら作物を育てる事によって、農民への感謝と敬意が育つでしょう。小さい頃から、こういう形で農業に親しんでいれば、大人になったら、農業をやりたいという子供も出てくるでしょう。我が国でも少子化で学校のスペースには余裕が出来ている…
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