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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和2年(2020)5月19日(火曜日)弐
       通巻第6505号
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 株式市場が落ち着きを取り戻しつつある。となると、
  次に起こるのは通貨市場。歴史が繰り返した「通貨崩落」に備える
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 通貨の崩壊は歴史的に繰り返されてきた。
 戦後、日本でも「猛烈インフレ予防」を名目に、突然「新円切り替え」があった。従来の預金が紙くずとなって、国民は絶望の淵に立たされた。旧円なら10万円で一軒家が買えた時代から、十倍になった。
 具体的には昭和21年2月16日、金融緊急措置例が発令され、すべての預金が封鎖された。世帯主は500円まで個人は100円まで預金から引き出しが出来たが、のこりをゼロとしたのだ。

 筆者の生まれる前のことなので実体験はないけれども、子供の頃、親から耳にたこができるほど聞かされたことだった。

 歴史的にみても「通貨暴落」によるハイパーインフレは世界中で繰り返された。近年の典型はロシア、ジンバブエ、そしてベネズエラで現在進行中である。

 ソ連崩壊の前後、筆者は毎年二回ほど、モスクワへ通っていた。『ソ連の没落』などの拙作の取材である。ソ連崩壊前、外国人旅行者には強制両替があって、1ルーブルが240円という、人工的に高い為替レートが設定されていた。町へでると闇ドルが主流だった。闇両替屋が町の辻辻に立っていた。チェチェン人やアゼルバイジャン人が多かった。

 すぐに1ルーブルが60円に下落し、ボリショイ・サーカスはこの頃、入場料が1ルーブルだった。間をおかずに1円となって、たとえばクレムリン博物館など公の売店へ行くと、このレートだから、おどろくほど外国人からみれば物価は安かった。民間の商店では闇レート換算だった。

 新生ロシアに生まれ変わると、1ルーブルは12銭のドン底を記録した。240分の1に減価して、新ルーブル札といれ替わった。その新ルーブルも、1ルーブル=60円でスタートし、現在(2020年5月18日)は1円45銭である。


 ▲ロシア、ジンバブエで起きた通貨崩落、いまはベネズエラで

 ベネズエラは原油価格の崩落が引き金となって通貨価値が崩壊した。
 カラカスのスーパーでは医薬品も、トイレットペーパーも棚になく、ラム酒の値段が月給の五倍とか、国民はもはや生活は成り立たないと、コロンビアか、ブラジルへ逃げた。ベネズエラの経済難民、じつに450万人。それでもマドゥロ大統領は権力の座に居座り、中国は素晴らしい、中国が必ず助けてくれると、放言し続けている。

 ジンバブエでは2008年8月から、翌年1月にかけて、500ドル札(8月)が、20000ドル札(9月)、50000ドル札(10月)、1,000,000ドル札(11月)、ついで面倒とばかり、100億ドル札(12月)、そして2009年1月に100兆ドル札となった。万が、百万から億、そして兆と、毎月単位が切り替わったのである。

そしてジンバブエ・ドルは自国通貨の発行をやめ、米ドル、ユーロにくわえて中国人民元が法定通貨となった。
 インフレ率は月間2600%、年率で2億3100万%と、史上空前の記録を作り上げた。朝、50万ジンバブエ・ドルで買えた石鹸が、夕方には100万ドルになっているという話ではない。店に入ったときと、その店を出るときの値段が倍になっていた例もあった。

 ワイマール共和国下のドイツ。リヤカーに札束を積んで買い物に行ってもコッペパンひとつしか買えなかった。いま、同じ光景はラオスで見られる。なにしろ100米ドルに相当するラオス通貨は段ボール箱一杯分くらいになるのだ。商店主がいかなる対策を取っているか。売り上げをすぐさま「金ショップ」に運び込み、金製品に交換して、毎日、毎日、ラオス通貨の崩落と戦っているのである。

 アルゼンチンが年率3000%だった頃に、知り合ったアルゼンチン人に「どうやって生活しているのか」と聞くと、「なにね、すぐにドルに替えておくから大丈夫さ」と答えたものだった。

 自国通貨が崩壊してゆく悲劇。ハイパーインフレを伴う特徴があり、だから中国人が何をしているか、これまでにも何をしてきたかを検証すれば良いのである。

 1990年代は、外国人とみると「カンピー、カンピー」と叫んで近付いてきた。カンピーとはタバコのピースの函ではなく、港幣(香港ドルのこと)だった。スナックへいって現金で支払うと言うと、「できれば日本円かドルで」と言われた。

 昨今の中国で、とくに中産階級はどのような行動を取っているか。第一にドルに買える。第二に金に換える。第三にローレックスを買う。第四、ビットコイン。これまでの不動産投資に手を出さなくなったのは不動産暴落がせまったことを肌で感じているからだろう。

 権力貴族は、第一に外国に隠し口座。第二に外国に不動産購入。第三にキャッシュで貯めるのは米ドル、もしくはユーロ、日本通は日本円。そして香港ドル、シンガポールドルに加えて、おどろくべし台湾ドルでも保有している。

 何かが起こる。不吉な予兆がある。だから中国人は言うこととは裏腹に行動に出るのである。
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宮崎正弘『「コロナ以後」中国は世界最終戦争を仕掛けて自滅する』(徳間書店)
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https://www.amazon.co.jp/dp/4198651167
 「中国を放棄せよ」というのが本書の基調です
嘗て石橋湛山は『満洲放棄論』を訴え、世間から総スカンだった。当時の日本は満洲、朝鮮、そして台湾に莫大な投資をなし、開拓団から満鉄、既存の秩序、利権、人員配置などにとらわれすぎて、撤退どころか、泥沼に嵌り込んでいた。ソ連が攻め込み、大虐殺のはて、日本の投資はすべて放棄されられた。
似ていませんか? 未だ中国で生産を続けるトヨタ、ホンダ、日産等々。
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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)貴誌前号の「ミネナガ」様のご意見にコメントです。ミネナガ様から、古神道を勉強されているとのお話がありました。
 実は私も嘗て、古神道をかじったことがあります。昔のことで大変恐縮ですが、今は亡き、元高崎経済大学学長の三潴信吾先生の勉強会の末席に加えていただき、古神道について学んだことがあります。
但し、未熟の生徒でした。三潴先生は東京帝大では憲法学者、哲学者として、そして古神道についても大変造詣が深い先生でした。
東京帝大では占領憲法下で他の先生と学説が合わず、帝大から追い出されてしまったようです。その後、高崎経済大学に迎えられました。(多少、記憶が曖昧ですが)今回、ミネナガ様から古神道についての書き込みをいただきましたので、ついつい昔のことを思い出してしまいました。
  (鈴木秀寿)



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(読者の声2)貴誌前号の「駐イスラエルの、中国大使の死」はまさに、怪事件ですね。
中国大使だった丹羽宇一郎氏の後任の西宮伸一氏は、中国に赴任する事もなく、不審死しました。中国に殺害されたのではないか、と言われたものでした。
トランプは、中国と断交するとほのめかしていますが、中国は反発せずに、関係改善を求めました。それなのに台湾進攻の演習をすると報道しています。
いまだ、和戦両用作戦のようですね。
 日本の政治やオールドマスコミは、中国に不利な事は一切報道しません。・小平と結んだ日中友好が、今も生きているのでしょうか。義理堅い日本人なのか、ハニーとマネートラップにかかっているのか。日本も、大統領候補のアメリカのように、首相候補以外は、コロナ以前に受けたトラップは、不問にふす、というコンセンサスがないと、ずぶずぶと、底なしの泥沼にはまりそうです。
 中国の情勢もさることながら、日本の古代史を半世紀以上愛する私にしては、先生の古代史に対する造詣の深さには、感服いたしています。(貴著『神武天皇以前』にあるように)天皇制が、縄文時代までさかのぼることなどまさに、卓見です。
   (SS生)



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(読者の声3)貴誌読書蘭にあった野中雄介様の投稿を読ませて頂きました。林房雄先生をお父上がぶっとばしたというものですが、それはともかく、お父上の伝記をネット上で掲載されているということで少し読ませて頂きました。
 そこで小日向白郎との邂逅を綴られています。
 実は私は子供の時に小日向に会ってます。勿論、馬賊なんて子供は皆目知りません。私の古神道の先生の食客?かなんかで半年ほど先生宅(といっても倉庫の2階の借間)に逗留していました。
どういう縁でそうなったのか詳細は知りません。文中で記せられている小日向の本「日本人馬賊王」は今も持っています。これは母親が購入したもので小日向のサインも入っています。もっともこの本はゴーストライターが書いたもののようです。これは朽木寒三氏の著書「馬賊戦記」に書いてあったように思います。(口、きかんぞう というペンネームもすごいですが。)
 「日本人馬賊王」には、馬賊が3人並び立つ写真が初めの所に載せられていますが、これと全く同じ写真を、やはり子供の時に遊び仲間の家の写真アルバムで見ました。
そこの父君が大陸に出征していましたので、これは現地で売られていた観光写真であることを発見しました。出征兵士はお土産としてこのような写真を購入していたよ…

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