■「加瀬英明のコラム」メールマガジン
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危機意識が欠落した国家のままでよいのか
中国生まれの新型コロナウィルスが、全世界を不安に陥れている。
日本はあきらかに対応が、大きく遅れた。
アメリカからモンゴルまで多くの諸国が、日本より数週間も早く中国からの入国を禁じたのに、日本では3月に入っても、湖北省、浙江省だけから入国を禁じていた。
全面入国禁止にすると、中国政府に遠慮したのか、1月末に始まった春節(旧正月)中に来日する中国人観光客を当てにしたのか、いずれにせよ、危機意識が欠落していた。
私にとって不思議なのは、連日、マスクの供給が足りないと報じられたが、どうして女性たちがハンケチや手拭いを使って、マスクを作ることをしなかったのだろうか。
4、50年前なら、急拵(きゅうごしら)えのマスクを作ったはずだ。いまでは家庭にミシンがないし、女性たちが縫い物をしないからなのだろう。
かつて女性たちだけでなく、子供たちも軍人に深い敬意を払った。誰もが胸のなかで、「兵隊さん有難う」と思ったものだった。国を護ることが、何よりも大切だと知っていた。
今回は、海外からコロナウィルスの侵略を蒙った。
日本国憲法が前文で、外国が日本に脅威を及ぼすことがないとうたっているために、外国に対する警戒心が失われたのだろう。
日本国憲法にはどの国の憲法にもある、大型地震、台風などの天災、パンデミック(地球規模の感染症)に襲われた場合に、国民の生命財産を守るために、国民の一部の権利を一時的に制限する緊急事態条例がない。
阪神淡路大震災では、消防車や救急隊が瓦礫を撤去しなければ通行できなかったのに、私有権が立ちふさがって、多くの人命が失われた。
現行憲法はアメリカが占領下で、日本が再び独立国とならないように無力化するために、強制したものだ。国家が国民を護るために存在しているという基本中の基本が、すっぽりと抜け落ちている。
だが、「だからこそ、現行憲法が『平和憲法』だ」と信じている多くの軽率な国民が、“護憲教”というカルトを形成している。平和とは何か、真剣に考えたことが、あるだろうか。
識者と自民党のなかから、今回のコロナウィルスの危機を教訓として、憲法に緊急事態条項を加えるべきだという声があがっている。
それに対して、立憲民主党の枝野幸男代表が、「国民の生命を梃(てこ)として、改憲を主張するのは筋違いだ」と、批判した。
だが、憲法は国民の生命と安全を守るために、存在している。国民の安全を守ることができなければ、人権を守れない。安全と人権は、同じ言葉だ。
湖北省から邦人を乗せた、政府仕立てのチャーター機から降りた二人が、検診と観察下に置かれることを拒否した。
平和憲法の制約によって、「必要最小限、周辺諸国に脅威を与えない」防衛力しか保有できないとしている。感染症や、気候変動による大型台風や、洪水に対しても「最小限」の備えがあればよいのだろうか。
今回の新型コロナウィルスによる危機が、一刻も早く終息することを祈っているが、また新しい強力なビールスが登場しよう。
国家はつねに危機感を持たねばならない。憲法が危機に備えられないなら、改めるべきだ。
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危機意識が欠落した国家のままでよいのか
中国生まれの新型コロナウィルスが、全世界を不安に陥れている。
日本はあきらかに対応が、大きく遅れた。
アメリカからモンゴルまで多くの諸国が、日本より数週間も早く中国からの入国を禁じたのに、日本では3月に入っても、湖北省、浙江省だけから入国を禁じていた。
全面入国禁止にすると、中国政府に遠慮したのか、1月末に始まった春節(旧正月)中に来日する中国人観光客を当てにしたのか、いずれにせよ、危機意識が欠落していた。
私にとって不思議なのは、連日、マスクの供給が足りないと報じられたが、どうして女性たちがハンケチや手拭いを使って、マスクを作ることをしなかったのだろうか。
4、50年前なら、急拵(きゅうごしら)えのマスクを作ったはずだ。いまでは家庭にミシンがないし、女性たちが縫い物をしないからなのだろう。
かつて女性たちだけでなく、子供たちも軍人に深い敬意を払った。誰もが胸のなかで、「兵隊さん有難う」と思ったものだった。国を護ることが、何よりも大切だと知っていた。
今回は、海外からコロナウィルスの侵略を蒙った。
日本国憲法が前文で、外国が日本に脅威を及ぼすことがないとうたっているために、外国に対する警戒心が失われたのだろう。
日本国憲法にはどの国の憲法にもある、大型地震、台風などの天災、パンデミック(地球規模の感染症)に襲われた場合に、国民の生命財産を守るために、国民の一部の権利を一時的に制限する緊急事態条例がない。
阪神淡路大震災では、消防車や救急隊が瓦礫を撤去しなければ通行できなかったのに、私有権が立ちふさがって、多くの人命が失われた。
現行憲法はアメリカが占領下で、日本が再び独立国とならないように無力化するために、強制したものだ。国家が国民を護るために存在しているという基本中の基本が、すっぽりと抜け落ちている。
だが、「だからこそ、現行憲法が『平和憲法』だ」と信じている多くの軽率な国民が、“護憲教”というカルトを形成している。平和とは何か、真剣に考えたことが、あるだろうか。
識者と自民党のなかから、今回のコロナウィルスの危機を教訓として、憲法に緊急事態条項を加えるべきだという声があがっている。
それに対して、立憲民主党の枝野幸男代表が、「国民の生命を梃(てこ)として、改憲を主張するのは筋違いだ」と、批判した。
だが、憲法は国民の生命と安全を守るために、存在している。国民の安全を守ることができなければ、人権を守れない。安全と人権は、同じ言葉だ。
湖北省から邦人を乗せた、政府仕立てのチャーター機から降りた二人が、検診と観察下に置かれることを拒否した。
平和憲法の制約によって、「必要最小限、周辺諸国に脅威を与えない」防衛力しか保有できないとしている。感染症や、気候変動による大型台風や、洪水に対しても「最小限」の備えがあればよいのだろうか。
今回の新型コロナウィルスによる危機が、一刻も早く終息することを祈っているが、また新しい強力なビールスが登場しよう。
国家はつねに危機感を持たねばならない。憲法が危機に備えられないなら、改めるべきだ。