「東京裁判史観(自虐史観)を廃して本来の日本を取り戻そう!」
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心が臨界質量を超えるメルマガ
『 心 超 臨 界 』
読者:412人 / 発行人:渡部天真
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《 いま注目の論点 》
★国際情勢大混乱で日本の自立を――田久保忠衛・杏林大学名誉教授
【「正論」産経新聞 R01(2019).10.04 】https://tinyurl.com/yxz3xoea
★放射能「告げ口外交」反論を――阿比留瑠比・論説委員兼政治部編集委員
【「阿比留瑠比の極言御免」産経新聞 R01(2019).10.03 】https://tinyurl.com/y3lvlwk5
★日韓対立「米の日本優遇 要因」――古森義久・ワシントン駐在客員特派員
【「緯度 経度」産経新聞 R01(2019).10.01 】https://tinyurl.com/yymoho49
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◆ R01.10.10_#2999 本当の憲法9条2項「戦力」不保持
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9条2項「戦力不保持」条項は、国際法で違法化されている「戦争(war)」を行うための潜在力である「戦力(war potential)」を保持しないことを日本国民が宣言した、現代国際法遵守のための条項である。自衛権行使の手段の不保持は宣言されていない。
[ 篠田英朗さん ]
■きょうの言葉
古い考えは捨てがたい。
それに慣れきっているからだ。
古い考えに安住し、いまの体制を築くために年月を費やし、古い考えにもとづく習慣をつくってきた。
人はメガネを長くかけつづけていれば、メガネが鼻の上に乗っているのを忘れる。
それと同じく、世界が自分の目にこう見えるのも、実は独自のレンズを通してである、ということを忘れてしまう。
しかし今日、われわれは「新しいレンズ」を必要としている。
「古いレンズ」は捨てなければならない。
( 大前研一 )
It is hard to let old beliefs go. They are familiar. We are comfortable with them and have spent years building systems and developing habits that depend on them. Like a man who has worn eyeglasses so long that he forgets he has them on, we forget that the world looks to us the way it does because we have become used to seeing it that way through a particular set of lenses. Today, however, we need new lenses. And we need to throw the old ones away."
( Kenichi Ohmae )
●本当の憲法9条2項「戦力」不保持
『憲法学の病』https://tinyurl.com/y2oxs8bs
【 篠田英朗、新潮社 (2019/7/12)、p63 】
9条2項は、国際法を遵守しようとする日本国憲法の条文と、憲法学の通説が、さらにいっそう鋭く対峙する、劇的な瞬間である。9条1項よりもさらに激しく、国際主義とガラパゴス主義の戦いが、9条2項をめぐって引き起こされる。
まずは憲法9条2項の条文を見てみよう。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
この条文は、二つのことを言っている。「戦力」不保持と、「交戦権」の否認である。9条2項を理解するということは、「戦力」と「交戦権」を理解するということである。
この9条2項についても、憲法学通説のイデオロギー的かつガラパゴス的な解釈態度が、今でも日本社会では通用してしまっている。しかもその9条2項のガラパゴス解釈を、9条1項のガラパゴス根拠にする、といった倒錯した解釈姿勢が「通説」となってきたことは、すでに見たとおりだ。
しかし法解釈は、法的概念を参照する形で行うべきだ。単なる人気投票の結果にすぎない「通説」の存在だけを根拠にして行うべきではない。
当然だが、2項は、1項の後に続く条項である。1項の内容、つまり「戦争」放棄を補強する意図で作られたのが、2項である。1項の意味を覆すために2項が挿入されたかのような解釈は、不自然である。2項の「戦力」不保持は、「戦争」放棄を補強する条項である。2項が1項と矛盾しているはずはない。
9条2項は「前項の目的を達するため」という言葉で始まる。これは9条2項が、1項の内容を受けて制定されたものであることを強調するための語句だ。これは「芦田修正」として憲法学界で評判が悪い部分だ。しかし、後述するように、「芦田修正」は、2項の位置づけを明確にし、不自然な解釈を防ぐための措置であった。
そう考えると、2項の「戦力」不保持で不保持が宣言されている「戦力」が、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)草案の最初の憲法草案の段階から、「war potential」のことであったことの意味がわかってくる。「戦力」は、「戦争(war)」の「潜在力(potential)」のことである。それが、語句の解釈の観点からも、9条全体の一貫性の観点からも、最も論理的な理解だ。
1項の「戦争」と、2項の「戦力」概念は、二つの別個の概念ではない。1項の「国権の発動としての戦争(war as a sovereign right of the nation)」の潜在能力が、「戦力(war potential)」なのである。
1項の「戦争(war)」に「潜在能力(potential)」という語を付け加えたのが、「戦力」と簡略化されて表記されている「戦争潜在能力(war potential)」のことである。
日本国憲法の草案がGHQによって作成される前、ダグラス・マッカーサーはいわゆる「マッカーサー・ノート」と呼ばれる三原則を、コートニー・ホイットニー民政局長に手渡しした。
よく知られているように、そこでは「戦争」一般だけでなく、「自己の安全を保持するための手段」も放棄する考え方が、9条1項に対応する部分で、記されていた。しかしこの自衛権の放棄については、ありえない、というGHQ内の意見によって、実際の草案には反映されなかった。後の発言からすると、マッカーサー自身も、草案作成時点で、自衛権の放棄はありえない、という意見に納得したのだと思われる。
実は9条2項に対応する部分では、「マッカーサー・ノート」には、「いかなる日本陸海空軍も決して許されない」という文言があっただけであった。GHQ草案作成段階で、「戦力(war potential)」概念が挿入された。そしてこれによって「陸海空軍」に「戦力」の例示としての位置づけの制約がかかるようになった。つまり、9条2項で不保持が宣言されているのは、あくまでも「戦力」としての「陸海空軍」である。「戦力(war potential)」ではない軍隊は、不保持が宣言されていない。
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