■「加瀬英明のコラム」メールマガジン



----------------------------------------------------

 自衛隊機事故で得た違和感 憲法に自衛隊を書き込むべきだ


 4月に、わが航空自衛隊の最新ステルス型F35戦闘機が、三沢基地から訓練飛行中に、青森県の日本海沖合で墜落する事故があった。

 はじめの報道では、パイロットが40代の2佐(国際的呼称では中佐)ということだった。尾翼が発見され、殉職した隊員が41歳の操縦幹部で、姓名が公表された。

 最新鋭の戦闘機パイロットが40代だったのは、自衛隊員の高齢化が進んでいるからだ。

 高齢化が、陸海空三自衛隊を蝕んでいる。

 列国のジェット戦闘機のパイロットは、30代で引退するものだ。

 若者が自衛隊に応募しないために、自衛隊は定員に満たず、陸上自衛隊をとれば15万人の定員に対して、13万人しかいない。中隊長は旧軍では20代か、30代だったが、陸上自衛隊では定年直前の48、9歳が、珍しくない。

 高齢化は、深刻だ。三自衛隊を年齢の樹に見立てると、幹部(国際的呼称では将校)、曹(下士官)、士(兵)のうち、曹ばかり異常に多いために、腹が突き出して、体を支えるべき脚が細い。

 このために、自衛隊は応募の年限が28歳だったのを、昨年から32歳に引き上げるかたわら、体重の制限も外した。

 それと並んで、防衛省は女性自衛官を増すことによって、補おうとしている。

 大手の保険会社が毎年行っている、青少年が憧れている職業の調査によると、警察官は入っていても、自衛官が入ったことが一度もない。国民の国防意識が弛緩しているのだ。

 私はF35戦闘機が洋上で遭難した直後に、三沢市の種市一正市長が搭乗員の安否を気づかうことも、殉職に哀悼の意を表することもまったくなく、陸地における墜落の危険のみを危惧して、飛行再開に反対したことに唖然とした。

 これも、憲法に自衛隊が書き込まれていないからだ。

 もし、国軍であったとしたら、市長が国民の一人として、このような非礼を働くことができただろうか。

 岩屋防衛大臣が、今回の訓練中の事故について陳謝したが、陳謝する必要があったのだろうか。広報として必要であるならば、大臣ではなく、航空幕僚長か、制服の幹部が行えばよいことだ。

 日本を取り巻く国際環境が厳しいものとなっている時に、自衛隊を鵺(ぬえ)のような存在にしたままでいることは、許されない。鵺は伝説上の正体不明の怪獣である。

 政府は「自衛隊は軍ではない」という詭弁を、いまだに改めないでいるが、国民全員が自衛隊という呼称自体が欺瞞であることを、よく知っていよう。

 江戸時代に、禁酒を強いられていた僧侶が、般若場といって誤魔化し、四つ足を食べてはならなかったので、猪を山鯨と呼んで、兎を鳥だということにして、いまでも1羽2羽と数えるようなものだ。

 自衛隊の存在を認めたうえで、応援している国民の大多数が、「普通科」(歩兵)「特科」(砲兵)「対地支援機」(攻撃機)「運用」(作戦)をはじめとする、謎めいた“自衛隊特殊語”を、理解できないでいる。

 いうまでもないことだが、自衛隊と国民、軍と国民は一体でなければならない。

 一日も早く、継子(ままこ)となっている自衛隊を憲法に書き込み、国民の実子にしなければならない。