丸山穂高議員の「戦争」発言への批判が止まらない。質問の内容が過激だったというに止まらず、ロシアが北方領土を占領していることが、あたかも正当であるかのような日本維新の会や他の与野党の対応には困ったものである。

これに、「戦争」という言葉が出てきただけで「憲法違反だ」という日本共産党やテレビのお笑い芸人達の批判が輪をかける。

しかし、日本は先の大戦で侵略戦争をした訳ではない。
戦争には侵略戦争、制裁型戦争、自衛戦争の3類型がある。
そのうち侵略戦争とは、相手国の資源の収奪、労働力の収奪を目的として、民間企業や国家が企画する。
日本は中国の資源や労働力の収奪を目指して戦争をしたわけではないから侵略戦争ではないのである。

では中国との戦争は何だったかというと、私見では「制裁型戦争」だった。なぜ、制裁型戦争になったかというと、ソ連・スターリンの策略が大きい。

これは重大なことだが、社会主義の理論で「敗戦革命」という言葉がある。
レーニンが考え出したもので、その内容は「帝国主義同士は資源の収奪や植民地を求めて戦争をする。
その戦争をあおり、自国を敗戦に導き、自国が弱体化したところで社会主義革命を起こす」というものである。
レーニンはこの適用で、日本と米国を戦争させ、負けた国で社会主義革命を起こそうとした。
当然、日本が負けるから日本が対象である。

それがスターリンになって、「日本と蒋介石軍を戦わせる」に変更された。スターリンはレーニンの末期から、その準備をし、孫文をくどいて第1次国共合作にこぎつけたのである。
以来、中国共産党員が国民党軍(蒋介石軍)の軍服を着て、日本軍を挑発するようになった。日本軍と蒋介石軍を戦わせて蒋介石軍を弱体化させ、その後の内戦で勝利するためである。

スターリンは満州の日本軍が気になって仕方がなかった。だから「敗戦革命」と「日本南進論」を組み合わせ、日本を中国大陸の奥深く誘い込み、満州から遠ざけようとしたのである。

結果は日本軍撤退後、中国共産党が内戦で勝利したから、敗戦革命の謀略は大成功だったのである。

日本で、そのための先兵として動いたのが日本共産党であり、朝日新聞のスパイ尾崎秀実であり、張作霖爆殺事件を起こした河本大作大佐(本人は無自覚か?)などである。

この話は長くなるので、この辺にしておくが、いずれにしろ、日本が戦った先の戦争は、中国との間は、何度も挑発されての制裁型戦争であり、アメリカとの戦争は、石油を止められ、銀行口座を封鎖され、追い詰められての自衛戦争であった。

しかし、戦争というだけで「憲法違反」と反応する日本共産党は、戦前、「日本が戦争するようにあおり、弱体化させて社会主義革命」を起こそうとした政党だった。

彼らの戦後の綱領は、「スターリン批判」については書いているが、マルクス・レーニン主義は戦前のままである。
しかし、マルクスは「国家は階級抑圧の道具」と規定して国家の解体を言った。一方、レーニンは日本を敗戦革命に導くよう主張し、スターリンがこれを現実化したことを忘れてはいけない。

つまり、今でもマルクス・レーニン主義を標榜する日本共産党は、「反社会的勢力」であるヤクザ以上の、「反国家勢力」なのである。

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