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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成31年(2019年)3月20日(水曜日)
   通巻第6023号 
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 中央アジアに突然の衝撃、ナゼルバエフ(カザフスタン)大統領が退任を表明
  プーチンと直前に電話会談、中国も冷静に伝えたが。
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 ソ連から独立後、30年の長きにわたってカザフスタンに君臨したナゼルバエフ大統領(78歳)は、カリスマ的独裁政治の印象から「ナゼルバエフ・ハーン」とも言われた。
2019年3月19日、テレビに現れて突如「退任」をアナウンスした。「私の役目は終わった。新しい世代のリーダーに、国家の発展を委ねたい」とし、大統領代行にトカエフ上院議長(元首相)を指名した。与党党首と国家安全評議会のメンバーとしては残る。

 トカエフ大統領代行は、2020年4月に予定される次の大統領選挙まで大統領職を代行する。トカエフは外交官出身で、ロシア語、カザフ語、英語のほかに中国語が堪能。元外相、首相を務め、ナゼルバエフ側近として知られる。

 ナゼルバエフは発表の前に、プーチンと電話会談を行い、また中国のメディアも冷静に伝えた。中国は遠くトルクメニスタンからのガスパイプラインがウズベキスタンからカザフスタンを経由しており、またシルクロートの鉄道とハイウェイの枢要な通過地点であり、ナゼルバエフとは親しい関係にある。

 ナゼルバエフはカリスマ性に富み、ソ連崩壊後の大混乱を収束させ、新首都を建設し、外交企業の投資融資に積極的で、原油・ガス・鉱物資源の輸出にも熱心だった。
 一族で富を独占し、利権漁りなどと反対派から糾弾されたこともあるが、同国のインフラ建設に取り組み、政治安定に導き、徒らにモスクワに逆らったウクライナ、モルドヴァ、グルジア(現ジョージア)の悲劇を回避した功績は、国際的にも評価された。

 日本とはとりわけ、ウラン、レアアースの輸入で結び付きが深く、首都アスタナの建設に当たっては黒川紀章が基本設計師、JICAが支援した経緯もある。
 援助国では日本がトップ、政治家の交流も頻度高く、ナゼルバエフ自身、公式訪問で来日二回、また橋本、小泉、安倍ら歴代首相もアルマトイ、アスタナを公式訪問している。初回来日時、筆者も日本記者クラブの会見にでて、質問したことがある。


 ▲砂漠のオアシスとして栄えたアルマトイから寒冷地アスタナへ遷都

 筆者はカザフスタンへは二回、行っている。
独立直後の1992年にアルマトイ(当時の首都)に滞在した。旧ソ連で始めて英語のビジネス新聞がでていた。キリル文字を英語に切り替えるという国語政策の大胆な転換も話題になっていた。真っ先に見たのは革命広場のレーニン像の残骸、旧ソ連衛星国で、最初にレーニン像を撤去したからだ、その台座が残っていた。

 アルマトイは、緑に囲まれたオアシスで、静かな落ち着いた雰囲気があった。宿泊したホテルはソ連時代からの古い建物だったが、貴族の別邸のような洒落た趣があり、バルコニィにでると、向かいが公園の木木が高く視界を遮り、当時、車は中古車ばかり、町ゆく人々の服装も垢抜けなかった。英語はまったく通じずロシア語の天下だった。

 果てしなく碁盤の目のような町を歩き回った。鉄道駅はモスクワとウラジオストックに繋がっていた。

 ともかくナゼルバエフは徒らな「反ソ」姿勢を取らず、主権が尊重される限り、ロシアとの協力関係を重視した。国内のバイコールはソ連時代からの宇宙基地が置かれているため、この地方の租借はすぐに認めた。

というのも、カザフスタン人口1800万のうち、370万人前後はいまもロシア人。カザフ系は昔の突厥、凶奴の末裔、チュルク系であり、ジンギス・カーンの大帝国に飲み込まれても、カザフ文化は生き残り、宗教はイスラム。ロシア系がキリスト教東方協会だから、モスクと教会が併存している。

 そのうえで中国のシルクロードへの協力にも熱心で、鉄道は新彊ウィグル自治区から真っ先に繋がり(91年まで鎖国状態だった)、国境の町を特区とするなど、経済政策を優先させた。
この中国の鉄道は、モスクワへ繋がり、カザフスタンは同時に「上海協力機構」の創設メンバーでもあるが、かと言って同族のいる新彊ウィグル自治区におけるムスリムの弾圧に大きな不満を抱いている。

 中国共産党によるウィグル弾圧のウルムチ暴動以後、カザフに亡命したウィグル人はおよそ数万、そのなかからISへ参加したウィグルの若者も目立ったが、いずれもカザフスタン経由とされた。


 ▲「第二のベネズエラ化」を避けなければならない

 カザフスタンは独立直後に「最貧国の一つ」と言われたが、2018年に一人当たりのGDPが870ドル、ほぼ中国並みに押し上げ、また旧ソ連衛星国家としては珍しく為替を変動相場制度に切り替えた。

 筆者の二回目のカザフスタン行きは六年ほど前、キルギスへ行くためにカザフスタンを通過する必要があり、アルマトイを再訪することとなった。
町はすっかり変わり高層ビルが建ち、はしる車に新車が目立った。首都のアスタナは未踏だが、いまでは人口が百万人に近く、写真で見る限り石油内勤のアゼルバイジャン首都バクーに似てきたな、と思った。

 さてナゼルバエフ以後のカザフスタンだが、カリスマ的な政治家が不在となると強いリーダーがいないため権力闘争、与党分裂、少数乱立、乱戦の選挙が予測され、治安の悪化も想定される。 
これらの混乱要因に原油価格の下落がふたたびおきると、経済停滞に陥る。「第二のベネズエラ化」を回避させるためにも、安定を優先させる政治が求められる。

それでなくても旧ソ連中央アジアのイスラム圏五ヶ国(カザフ、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギス、トルクメニスタン)はいずれも政治安定には程遠く、トルクメニスタンは鎖国、独裁が続いている。キルギスは汚職が絶えず、よく暴動がおこるうえ中国大使館は自爆テロに襲われた。

タジキスタンは、チュルク系ではなく民族的にはペルシア系で言葉も異なるが、中国の進出がめざましい。トルクメニスタンは数年前に独裁者ニヤゾフ大統領が急逝し、ウズベキスタンも、三年前に独裁者だったカリモフ大統領が急死したため、プーチンは急遽サマルカンドへ飛んで弔問した。
中央アジアの政治的安定は、その成熟にかかっているが、ニヤゾフ、カリモフという独裁者の死、ナゼルバエフの退任によって如何なる新時代を迎えるのだろうか?
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1874回】  
 ――「劣等な民族が自滅して行くのは是非もないこつたよ」東京高商(14)
  東京高等商業學校東亞倶樂部『中華三千哩』(大阪屋號書店 大正9年)

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 店舗に並ぶ玩具、文房具、化粧品などの雑貨の大部分は日本製、つまり日貨である。
ここかから見るなら、「彼等が如何に抵制を叫んでも永續しやう筈がない」。いいかえるなら日貨なくして彼らの日常生活は成り立たない。
「それでも日貨を排斥して自國で出來た物を買へと云ふんだから聞いた處は愛國的だがそれは國産品販賣に從事する一二商人を利するばかり」だ。自国製の粗悪品を買わざるを得ない人々にとっては迷惑千万に違いない。

 「勿買東洋貨」「泣告同胞抵制日貨」「抵制日貨」などの勇ましいスローガンが並ぶが、「商品の排斥位は何でもない」。問題視すべきは、この動きがエスカレートして「經濟方面から日本を排斥しやうと云ふ考え」が生まれていることであり、こういう動きを等閑視するわけにはいかない。

 こう見てくると、「今日日支の間兎角相反目」し将来に不安を抱かしめるに至った「その大半の責は我政府が過去の對支政策に失敗した結果である」。
過去に遡る必要はない。「近い歴史を見ても歴代の内閣が如何に拙劣な對支政策をやつたかは明である」。
だが災い転じて福となるの例えではないが、「今回の排日」を教訓として、「我政府に於ても對支政策は根本より改新され、我實業家の對支態度も大いに改められたと傳へられる」という。ならば「一般國民としても此際對支態度觀念を一轉すべき」である。

 たしかに新聞、雑誌、講演に別なく、一連の排日の動きに対する「名論卓説は讀み切れぬほど聞き切れぬほど」に溢れている。だが、「その多くは抽象的机上の論で具體的に實行された日支親善論は殆どない」。

 「百の空論より一の實行各人の心機一轉は眞に親善の第一歩だが」、そのためには「國民の頭を改造する」こと必要があり、大前提として「幼童教育」がある。「(第1次世界)大戰の影響をうけて思想界の大變化を來せる今日、又我國情は勿論世界改造の今日」、「現行小學校教科書にも大改正が加へらるゝのが當然」だ。そこで「多くの支那に關する教材を増して貰ひ度い」。

 「やゝともすれば一方に日支親善を叫び乍ら忠君愛國鼓吹の材料として支那人侮蔑の印象を刻み露人に對する敵愾心の彌が上にも煽り立てるとゐふ矛盾が演ぜられる」。
だから「せめては幼童の腦底に眞の日支親善の基礎觀念を深刻し快然として握手し得る血汐を注入して貰ひた」。

 ――以上が、一行の1人である松本五郎の排日・日貨排斥運動に対する考えということになる。
彼らの旅行から100年余が過ぎた今日、日本は日本のままだが、中国は中華民国から中華人民共和国に代わり、その中華人民共和国は建国から30年ほど続いた毛沢東時代の毛沢東思想絶対で政治至上・対外閉鎖体制を脱し、いまや共産党という独裁権力による対外開放・市場経済至上の道を驀進し、「中華民族の偉大なる復興」を掲げ、やがてはアメリカに代わろうと世界覇権を虎視眈々と狙っている。
中華人民共和国は生まれ変わったのである。但し、共産党独裁体制は牢固として変わらない。

 毛沢東の時代、「アメリカ帝国主義を打倒せよ」「ソ連社会帝国主義を打倒せよ」「日本軍国主主義の復活を許すな」など凄まじくも勇ましいスローガンを叫ぼうが、それが国際社会を大きく動揺させるようなことはなかった。
だが『上げ底』であれ、現在の国際社会に置ける中華人民共和国の影響力は増大の一途である。

五・四運動が1921年の共産党成立へ土台になったと捉える共産党政権が運動百周年の節目の今年、五・四運動の柱であった反日・排日の動きを煽動・再演した場合、それを「可愛想な弱者の呪ひの叫び」と切り捨てるだけの備えは出来ているだろうか。
《QED》
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 読者の声 READERS‘ OPINIONS  どくしゃのこえ
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(読者の声1) 3月17日、日本ウイグル協会が主催した講演会の報告です。
内容をご一読いただき、重要と判断してくださいましたら拡散をよろしくお願いします。日本ウイグル協会主催講演会「なぜウイグル民族は今の状況に落ちてしまったのか?」講師:エリキン・スデック博士/リシャット・アッバス博士
https://uyghur-j.org/japan/2019/03/jua_20190317_report/
  (三浦小太郎)//