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http://melma.com/backnumber_45206/
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成31年(2019年)1月31日(木曜日)弐
通巻第5975号
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北京交通大学都市化研究センターは研究成果を発表
中国新幹線(高速鉄道)は借金も「高速増殖」させた
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昔々、日本の国鉄は慢性的赤字、士気の弛緩、親方日の丸、労働組合の過激化と国民から総スカンを食ったストライキなどの理由で赤字経営を続けた。
侃々諤々の議論のすえに民営化され、累積債務は「国鉄清算事業団」に移された。その債務残高は24兆円だった。
中国の鉄道は世界一の営業キロを誇り、127000キロ。このうちのおよそ2割(25000キロ)が、新幹線(中国は「高速鉄道」という)である。
先ごろ発表された北京交通大学都市化研究センターの研究によれば、「中国新幹線(高速鉄道は)は借金も「高速増殖」させた」として、累積債務を707億ドル(邦貨換算78兆円)と見積もった。
同センターに拠れば、黒字区間は「北京?上海」と「北京?広州」の二つだけ。ほかはすべて赤字。ちなみにコストvs効果計算で、北京?上海の乗客はキロあたり4800万人、もっともひどい赤字区間は「蘭州?ウルムチ」で、キロあたり230万人。ちなみに日本のJRの新幹線のそれは平均でキロあたり3400万人。
この無謀とも発狂的とも言える鉄道建設は、悪性のスパイラルへ向かって暴走、突進を続け、幽霊都市を建設して業界を存続させてきたように、国有企業の中国鉄道建設と系列の企業群の延命だけが目的だったのか。
2005年からつもりに積もった累積赤字78兆円というのは、日本の旧国鉄の赤字の三倍規模にあり、近未来におこるであろう、恐怖のシナリオが見えてきた。
□◎□○み△◎□◇や○◎○□ざ□◎□○き○◎○□
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◎ 宮崎正弘 v 田村秀男『中国発の金融恐慌に備えよ!』(徳間書店)
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宮崎正弘 v 田村秀男『中国発の金融恐慌に備えよ!』(徳間書店。1296円))
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――日銀、財務省を批判し消費税増税に異議を唱える論客・田村秀男氏との徹底討論。
――米中貿易戦争は120%、アメリカが勝利する!
――トランプが米中貿易戦争を仕掛ける前に中国経済は崩壊のプロセスに入っていた!
――見えてきた危機の深層を明かす。 中国バブルはどのような結末を迎えるか?
――米中貿易戦争がなくても人民元帝国は崩壊するしかなくなった
――日本政府に備えなし。しかし読者諸兄は目の前の「チャイナ・リスク」に備えよ!
https://www.amazon.co.jp/dp/419864750X/
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1851回】
――「支那はそれ自身芝居國である」――河東(9)
河東碧梧桐『支那に遊びて』(大阪屋號書店 大正8年)
▽
「時代の變革は、最も民衆に近い藝術に反應する、といふ民衆對藝術觀から言へば」、「支那の自覺は先づ劇に始まる、支那を救ふが爲めには、政治論よりも貨幣論よりも、價値ある芝居の創造を第一にすべきだ。そんな氣もするのだつた」との直感は鋭い。
当時勃興した新文化運動を担ったのは、旧い京劇の抜本改革と新しい話劇の振興運動だったのだ。
「其後北京に出て」、「たしか廣?樓とか言つた寄席類似の小屋で丁度始まつた梅蘭芳の芝居を見に往つた」。旧来からの「生(たちやく)」が主体の伝統舞台に革命の風を巻き起こし、梅蘭芳が「旦(おやま)」を主役とする演目に新境地を切り開き、新たな観客層の開拓に努めていた頃である。
梅の舞台を「其の容貌、其の肉聲、其の所作は、支那芝居に最も缺けてゐる、最も閑却されてゐる、事相に伴ふ感情の表現を、比較的に豐富ならしめた」と評し、「支那芝居は單に寫實劇に推移するものではない、一人の梅を待つてそれがオペラにも開展して行く可能性を持つてゐる。そんな感想も浮かぶのだつた」と。やがて「そんな感想」は現実化した。
京劇は梅によって「オペラにも開展して行」ったのだ。ペキン・オペラへの誕生である。
寧波を離れる直前、七塔法恩寺という大きな寺に赴く。
「一人の磊落な坊さんが出て來た」。「この僧侶は滅多に人には見せない、自分で樂しんでゐる現世極樂を持つてゐるとの事」であり、その「現世極樂」に案内してもらった。寺の奥まった一角の小部屋がそれだ。
「中にはいつて見て、私の夢は覺めた、九天の空から奈落の底に突き落とされたやうに、私の空想は叩きつけられた」そうな。
それというのも、「現世極樂」の実体が「四方の壁と天井の眞中の明りとを除いた部分とに、一面に鏡をはめて、其のひまひまに、縮緬の派手な切れで作つた住吉踊のやうな瓔珞類似のもの、人形寶石等を飾りつけたもの」だったからだ。極楽などといえたような代物ではない。単なる子供騙しだ。
「気骨ある、支那僧侶中の出色の人」ともあろうものを、チャチな仕掛けに現を抜かす。「眞面目なのか、それともトボケてゐるのか」。だが、だからといって「この一事を基點として、支那僧侶の思想や道?問題にまで説き及ぼさうとも考へない」。それというのも河東は「『現世極樂』とか『碧落?泉』とかの文字の意味あひで、人を或る處にまで釣り込む手段の巧妙さを考へずには濟まなかつた」からだ。
毛沢東の時代を振り返れば必ずといっていいほどに付き纏う「百花斉放 百家争鳴」「大躍進」「愚公移山」「超英?美」「自力更生」「為人民服務」から始まって、?小平の「先富論」に「韜光養晦」、江澤民の「三個代表論」、胡錦濤の「和諧社会」、習近平の「中華民族の偉大な復興」「中国の夢」などなど、「文字の意味あひで、人を或る處にまで釣り込む手段の巧妙さ」は数え上げたらキリがない。
かくて「支那人の先天的に豐富な芝居氣を享け持つてゐることに想到」した河東は、彼らは「殊更に企むことなしに、それぞれの職業なり地位なりに相應する芝居を演ずる敏感性を持つてゐる」と注意を喚起し、併せて「善い意味に於て、支那人は誰もが役者の素質を具有してゐる。支那はそれ自身芝居國である」と「直覺」するのであった。
蘇州を歩き杭州を愛で、「私はもう支那の名所舊跡の、たゞ名許りあつて其の實の廢滅した落寞な悲慘な跡を見るに可なり飽いた」。
だが、それは河東が日本人だからだろう。
「面白いのくだらないのと明快な判斷を下だすのを辛棒して、さういふ判斷から超越して、たゞぼんやり長袖緩歩で、ノロノロぐにやぐにやしてゐなければ、支那を知る事は出來ないかもしれない。
日本のやうな島國の物尺は、支那の大陸には當て嵌らないのかも知れない」。やはり「たゞぼんやり長袖緩歩で、ノロノロぐにやぐにや」でないと・・・
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◎ 読者の声 ☆どくしゃのこえ ★READERS‘ OPINIONS
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(読者の声1)YouTubeをぶらぶら見ていたら以下の記事を見つけました。「昭和天皇が見た生涯で一度だけ激怒した姿 ~元側近が語る胸の内~」
https://www.youtube.com/watch?v=4cu5-yGnrFA
皇居の記帳台で記帳された「お帳」を侍従の中村氏が毎日天皇陛下の御座所にお持ちしていたが、昭和62年2月27日に御座所のドアから怒鳴り声が聞こえてきた。NHKテレビの特集番組をみていられたようで、その内容にご立腹されたようだ。
中村侍従は侍従在職中昭和天皇が怒ったことをこの時以外にみたことがないとのことでよほど陛下はご立腹されたのであろう。幸いにもその特集番組YouTubeで視聴することができます。
「NHK特集「ニ・二六事件 消された真実 ~陸軍軍法会議秘録」
https://www.youtube.com/watch?v=_Yu70Jp1g5A
要するに、その当時あらたに発見された匂坂(さきさか)検察官が密かに保管していたニ・二六事件関連の資料を解析すると、以下のことが推測できるということです。
1.真崎大将を首魁とする皇道派の将官が26日の早朝に会合を開いていた。
2.陸軍の行った裁判の関係者は、陸軍の将官が自分たちが権力を握るために事件を青年将校に起させたということが世に知れると陸軍としてはこまるので、裁判をうやむやにした。
私には発見された資料からどうしてこんな結論が出てくるのか不思議です。
恣意的な解釈と私は思います。それはさておき、昭和天皇が側近がそれまでみたことのない怒りの表情を見せられただけでなく、怒鳴られたということは、この結論が昭和天皇がその時点で理解していた内容と全く異なりかつ不当なものであったということです。
真崎大将が事件発生前から自分を慕ってきた青年将校たちに自重するように度々いってきたことは、公知の事実です。
事件勃発後も自ら青年将校たちのもとに出向いて自重するよう必死に説得活動を行ってきたことも公知の事実です。ただし、特集番組の中では真崎大将が使嗾したようにほのめかされています。
陸軍大将が事件の背後にいたとなると陸軍に都合が悪いのでうやむやにしたなどという結論は全くの的外れです。真崎大将は一年間厳しい尋問を受けたにも関わらず何も問題とすべき点がなかったので起訴できなかったのです。
事件後、陸軍の権力を握った人たちにとって真崎大将を葬り去るのが一つの大きな目的であったにもかかわらず、何も付け入る隙がなかったのでうやむやにせざるを得なかったというのが実情でしょう。
では昭和天皇が何故激怒されたのでしょうか。
以下の昭和天皇の言葉が謎を解きます。
戦後真崎大将の長男の真崎秀樹氏は昭和天皇の通訳を25年間なされました。宮中では天皇陛下がどんなに気に入っている者でも80歳で退職するのが決まりでしたが、陛下がこの述懐をなされたとき真崎秀樹氏は80歳をこえていました。
部屋に昭和天皇と真崎秀樹氏だけがいたとき、陛下は窓の外を見ながら以下のとおり云われました。
「私がお前をその年でも使っているのは、お前が真崎甚三郎の長男だからだ。私は今までに三回判断を誤った。」
私はこのことを昭和天皇の信頼が篤くかつ真崎秀樹氏と親しかったある方からお聞きしました。
勿論、三回の内の一つはニ・二六事件の際真崎大将を中心とする皇道派の将官が自身が権力を握るために青年将校を煽動したと誤って判断したことです。
後に逆に真崎大将を追い落とすために青年将校をそそのかし背後に真崎大将がいたように見せかけていたのだと気付かれたのでしょう。私は陛下がお気づきになられたのはおそらく昭和30年頃ではないかと推察いたしております。その方が陛下のそば近く使えるようになったのがそのころだからです。昭和天皇が判断を誤るように誤情報を伝えた人物(二人)もわかってい//
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中国新幹線(高速鉄道)は借金も「高速増殖」させた
****************************************
昔々、日本の国鉄は慢性的赤字、士気の弛緩、親方日の丸、労働組合の過激化と国民から総スカンを食ったストライキなどの理由で赤字経営を続けた。
侃々諤々の議論のすえに民営化され、累積債務は「国鉄清算事業団」に移された。その債務残高は24兆円だった。
中国の鉄道は世界一の営業キロを誇り、127000キロ。このうちのおよそ2割(25000キロ)が、新幹線(中国は「高速鉄道」という)である。
先ごろ発表された北京交通大学都市化研究センターの研究によれば、「中国新幹線(高速鉄道は)は借金も「高速増殖」させた」として、累積債務を707億ドル(邦貨換算78兆円)と見積もった。
同センターに拠れば、黒字区間は「北京?上海」と「北京?広州」の二つだけ。ほかはすべて赤字。ちなみにコストvs効果計算で、北京?上海の乗客はキロあたり4800万人、もっともひどい赤字区間は「蘭州?ウルムチ」で、キロあたり230万人。ちなみに日本のJRの新幹線のそれは平均でキロあたり3400万人。
この無謀とも発狂的とも言える鉄道建設は、悪性のスパイラルへ向かって暴走、突進を続け、幽霊都市を建設して業界を存続させてきたように、国有企業の中国鉄道建設と系列の企業群の延命だけが目的だったのか。
2005年からつもりに積もった累積赤字78兆円というのは、日本の旧国鉄の赤字の三倍規模にあり、近未来におこるであろう、恐怖のシナリオが見えてきた。
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――米中貿易戦争は120%、アメリカが勝利する!
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――米中貿易戦争がなくても人民元帝国は崩壊するしかなくなった
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――「支那はそれ自身芝居國である」――河東(9)
河東碧梧桐『支那に遊びて』(大阪屋號書店 大正8年)
▽
「時代の變革は、最も民衆に近い藝術に反應する、といふ民衆對藝術觀から言へば」、「支那の自覺は先づ劇に始まる、支那を救ふが爲めには、政治論よりも貨幣論よりも、價値ある芝居の創造を第一にすべきだ。そんな氣もするのだつた」との直感は鋭い。
当時勃興した新文化運動を担ったのは、旧い京劇の抜本改革と新しい話劇の振興運動だったのだ。
「其後北京に出て」、「たしか廣?樓とか言つた寄席類似の小屋で丁度始まつた梅蘭芳の芝居を見に往つた」。旧来からの「生(たちやく)」が主体の伝統舞台に革命の風を巻き起こし、梅蘭芳が「旦(おやま)」を主役とする演目に新境地を切り開き、新たな観客層の開拓に努めていた頃である。
梅の舞台を「其の容貌、其の肉聲、其の所作は、支那芝居に最も缺けてゐる、最も閑却されてゐる、事相に伴ふ感情の表現を、比較的に豐富ならしめた」と評し、「支那芝居は單に寫實劇に推移するものではない、一人の梅を待つてそれがオペラにも開展して行く可能性を持つてゐる。そんな感想も浮かぶのだつた」と。やがて「そんな感想」は現実化した。
京劇は梅によって「オペラにも開展して行」ったのだ。ペキン・オペラへの誕生である。
寧波を離れる直前、七塔法恩寺という大きな寺に赴く。
「一人の磊落な坊さんが出て來た」。「この僧侶は滅多に人には見せない、自分で樂しんでゐる現世極樂を持つてゐるとの事」であり、その「現世極樂」に案内してもらった。寺の奥まった一角の小部屋がそれだ。
「中にはいつて見て、私の夢は覺めた、九天の空から奈落の底に突き落とされたやうに、私の空想は叩きつけられた」そうな。
それというのも、「現世極樂」の実体が「四方の壁と天井の眞中の明りとを除いた部分とに、一面に鏡をはめて、其のひまひまに、縮緬の派手な切れで作つた住吉踊のやうな瓔珞類似のもの、人形寶石等を飾りつけたもの」だったからだ。極楽などといえたような代物ではない。単なる子供騙しだ。
「気骨ある、支那僧侶中の出色の人」ともあろうものを、チャチな仕掛けに現を抜かす。「眞面目なのか、それともトボケてゐるのか」。だが、だからといって「この一事を基點として、支那僧侶の思想や道?問題にまで説き及ぼさうとも考へない」。それというのも河東は「『現世極樂』とか『碧落?泉』とかの文字の意味あひで、人を或る處にまで釣り込む手段の巧妙さを考へずには濟まなかつた」からだ。
毛沢東の時代を振り返れば必ずといっていいほどに付き纏う「百花斉放 百家争鳴」「大躍進」「愚公移山」「超英?美」「自力更生」「為人民服務」から始まって、?小平の「先富論」に「韜光養晦」、江澤民の「三個代表論」、胡錦濤の「和諧社会」、習近平の「中華民族の偉大な復興」「中国の夢」などなど、「文字の意味あひで、人を或る處にまで釣り込む手段の巧妙さ」は数え上げたらキリがない。
かくて「支那人の先天的に豐富な芝居氣を享け持つてゐることに想到」した河東は、彼らは「殊更に企むことなしに、それぞれの職業なり地位なりに相應する芝居を演ずる敏感性を持つてゐる」と注意を喚起し、併せて「善い意味に於て、支那人は誰もが役者の素質を具有してゐる。支那はそれ自身芝居國である」と「直覺」するのであった。
蘇州を歩き杭州を愛で、「私はもう支那の名所舊跡の、たゞ名許りあつて其の實の廢滅した落寞な悲慘な跡を見るに可なり飽いた」。
だが、それは河東が日本人だからだろう。
「面白いのくだらないのと明快な判斷を下だすのを辛棒して、さういふ判斷から超越して、たゞぼんやり長袖緩歩で、ノロノロぐにやぐにやしてゐなければ、支那を知る事は出來ないかもしれない。
日本のやうな島國の物尺は、支那の大陸には當て嵌らないのかも知れない」。やはり「たゞぼんやり長袖緩歩で、ノロノロぐにやぐにや」でないと・・・
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(読者の声1)YouTubeをぶらぶら見ていたら以下の記事を見つけました。「昭和天皇が見た生涯で一度だけ激怒した姿 ~元側近が語る胸の内~」
https://www.youtube.com/watch?v=4cu5-yGnrFA
皇居の記帳台で記帳された「お帳」を侍従の中村氏が毎日天皇陛下の御座所にお持ちしていたが、昭和62年2月27日に御座所のドアから怒鳴り声が聞こえてきた。NHKテレビの特集番組をみていられたようで、その内容にご立腹されたようだ。
中村侍従は侍従在職中昭和天皇が怒ったことをこの時以外にみたことがないとのことでよほど陛下はご立腹されたのであろう。幸いにもその特集番組YouTubeで視聴することができます。
「NHK特集「ニ・二六事件 消された真実 ~陸軍軍法会議秘録」
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要するに、その当時あらたに発見された匂坂(さきさか)検察官が密かに保管していたニ・二六事件関連の資料を解析すると、以下のことが推測できるということです。
1.真崎大将を首魁とする皇道派の将官が26日の早朝に会合を開いていた。
2.陸軍の行った裁判の関係者は、陸軍の将官が自分たちが権力を握るために事件を青年将校に起させたということが世に知れると陸軍としてはこまるので、裁判をうやむやにした。
私には発見された資料からどうしてこんな結論が出てくるのか不思議です。
恣意的な解釈と私は思います。それはさておき、昭和天皇が側近がそれまでみたことのない怒りの表情を見せられただけでなく、怒鳴られたということは、この結論が昭和天皇がその時点で理解していた内容と全く異なりかつ不当なものであったということです。
真崎大将が事件発生前から自分を慕ってきた青年将校たちに自重するように度々いってきたことは、公知の事実です。
事件勃発後も自ら青年将校たちのもとに出向いて自重するよう必死に説得活動を行ってきたことも公知の事実です。ただし、特集番組の中では真崎大将が使嗾したようにほのめかされています。
陸軍大将が事件の背後にいたとなると陸軍に都合が悪いのでうやむやにしたなどという結論は全くの的外れです。真崎大将は一年間厳しい尋問を受けたにも関わらず何も問題とすべき点がなかったので起訴できなかったのです。
事件後、陸軍の権力を握った人たちにとって真崎大将を葬り去るのが一つの大きな目的であったにもかかわらず、何も付け入る隙がなかったのでうやむやにせざるを得なかったというのが実情でしょう。
では昭和天皇が何故激怒されたのでしょうか。
以下の昭和天皇の言葉が謎を解きます。
戦後真崎大将の長男の真崎秀樹氏は昭和天皇の通訳を25年間なされました。宮中では天皇陛下がどんなに気に入っている者でも80歳で退職するのが決まりでしたが、陛下がこの述懐をなされたとき真崎秀樹氏は80歳をこえていました。
部屋に昭和天皇と真崎秀樹氏だけがいたとき、陛下は窓の外を見ながら以下のとおり云われました。
「私がお前をその年でも使っているのは、お前が真崎甚三郎の長男だからだ。私は今までに三回判断を誤った。」
私はこのことを昭和天皇の信頼が篤くかつ真崎秀樹氏と親しかったある方からお聞きしました。
勿論、三回の内の一つはニ・二六事件の際真崎大将を中心とする皇道派の将官が自身が権力を握るために青年将校を煽動したと誤って判断したことです。
後に逆に真崎大将を追い落とすために青年将校をそそのかし背後に真崎大将がいたように見せかけていたのだと気付かれたのでしょう。私は陛下がお気づきになられたのはおそらく昭和30年頃ではないかと推察いたしております。その方が陛下のそば近く使えるようになったのがそのころだからです。昭和天皇が判断を誤るように誤情報を伝えた人物(二人)もわかってい//