『葉隠』を世に残した山本常朝の周囲には、彼の強烈な影響を与えた人物が何にかいます。

湛然(たんねん)和尚もその一人で、常朝はその教えによって人間洞察力を深めていくのでした。

今回ご紹介する湛然和尚と常朝とのやり取りは、学びに満ちています。


致知出版社の人間力メルマガ 2019.1.31
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童門 冬二(作家)

※『致知』1994年8月号
※連載「新代表的日本人」P134
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湛然(たんねん)和尚がかつて常朝にいったことがある。

「人間の世の中は、ひがみといじけで満ちあふれている。

 そして、このひがみといじけは思わぬ力を発揮して、世の中を変えてゆく。

 愛だとか、慈しみとかは時として、 このひがみやいじけに負ける。
 なぜなら、ひがみやいじけには、その底に人間に対する憎しみという強い力を持っているからだ」

常朝はなるほどと思った。

湛然のいう言葉を思い返してみれば、自分の胸の底にもそういういじけやひがみがある。

同時に、自分をいじけさせたりひがませたものに対する憎しみの念さえある。

抑えていなければ、そういう面はいつでも火をつけられて爆発する。
思わぬ力が発揮できる。

が、常朝はかろうじてそういう燃料を抑えつけている。
火をつけたらおしまいだと思うからだ。
何をするか分らない。そしてその時こそ、自分自身を全く台無しにしてしまうと思うからだ。

いじけとひがみでこの世は回っているという湛然は、しかし常朝にこういった。

「だからといって、自分の心に湧いた そのいじけやひがみや憎しみの念を、そのまま育てていいということではない。
 そういう力を持つ心を、いかに他人への愛や慈しみにかえていくかということが、修道者の責務なのだ。

 それができなければ、道を学ぶ資格がない。
 おぬしもそのへんをよく心掛けろ。
 自分が主人から冷遇されて、いわれのない扱いを受けているからといって、かりにも主人を恨むようなことがあってはならない。

 わたしは前に、御題目のように殿さま、殿さまと唱えろといった。そのことは、つまり呪文のように殿さまの名を唱えることによって、さながら仏に対してお経を唱えるように、一心不乱に唱え続けていれば、諸々の雑念が消えていくということだ。それが主人に対する忠の道だ。

 仏に対する信仰のように、主人を信じぬけ。
 決していじけやひがみや憎しみの念を、ひとつの武器にかえて世の中に示してはならない」

常朝は湛然の言葉が正しいと思う。
「それが大慈悲心なのだ」と思った。

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