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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成31年(2019年)1月10日(木曜日)
        通巻第5948号
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 トランプ、中国と貿易交渉で「ディール」か
  孟晩舟の米国移送を譲歩する代わりに中国の貿易で解決を求める?
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 トランプ大統領はカナダで拘束中のファーウェイCFO孟晩舟の最終的判断を、中国との貿易交渉で「ディール」しかねないだろう、と元NY司法部幹部だったネルソン・カニンガムが予測している(サウスチャイナモーニングポスト、2019年1月9日)。

 カナダのトルードー首相は、この問題でたびたびトランプ大統領と電話会談をしているようだが、弱腰と批判されている同首相だけに、自らの政治的判断を忌避し、「あくまでも司法に委ねる」とのたまうだけ。中国で拘束されているカナダ人は13名となって、無言の恐喝をかけている。

 北京で開催中の米中実務者会議は会期を延長している。
かなり突っ込んだ解決案が協議されている模様で、次官級会合でもないのに初日には劉?副首相が顔を出すほどの異例な雰囲気となった。
また22日からのダボス会議には王岐山(国家副主席)が派遣され、トランプ大統領と話し合うとされる。王岐山は習近平が頼みとする「軍師」。これまで表舞台を避けてきたのは深く関与する「海航集団」の債務不履行危機をいかに乗り切るかだった。同集団は、事実上国有化され、どうやら王岐山は最大のスキャンダルを乗り切った。

 米国は交渉による期限を3月1日としており、同月5日からは全人代が開催される。つまり中国にとって時間がない。最終的譲歩を示す可能性が高い。
 しかしながら言い逃れ、約束破りが常習の中国を相手に、譲歩案を勝ち取ったとしても、近未来の中国の約束不履行は目に見えており、ましてや孟晩舟の米国移送を譲歩する代わりに中国との貿易交渉を米国有利に納めるという観測は、国家安全保障レベルの解決を遠のかせるだけではないのか。
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 書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 現代日本の情報戦敗退は文化教養の劣悪さが元凶ではないか
  戦国時代に既に日本ではインテリジェンス学は確立していた

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山村明義『勝つための情報学  バーチャルからリアルへ』(扶桑社新書)
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 現代日本人の「情報学」への理解は世界最低だろう。
 先進国から日本が転落するとしたら、列強の情報戦に敗北することが原因となるだろう。
なにしろ偽情報、捏造、プロパガンダに振り回されている政治の劣悪さ!
「情報」はインフォーメーション、PR,そして昨今流行語のフェイクニュースなどを含み、その解釈あるいは定義つけが混乱の極みにあるが、現代日本語の「情報」には「インテリジェンス」も含んでいるようである。
 インテリジェンスは「諜報」と理解した方が良い。
 じつは戦国から徳川幕府にかけて、武士には諜報の伝統があり、その奥義への理解は深く、その伝統が日清日露から大東亜戦争まで継続していた。
 孫子を愛読したのは武田信玄だった。「風林火山」は孫子が原典であることは周知の事実だろう。
 諜報、謀略の行使に関して言えば、織田信長に卓抜なる才能があった。
今川を、様々な事前工作と諜報、フェイクニュースなどで騙し、隘路となっている桶狭間に、まんまとおびき寄せた。これは信長の『幸運』とか「乾坤一擲の勝負」とかの英雄物語りではなく、そのインテリジェンスの側面をみる必要がある。評者(宮崎)はそのことを拙著『戦国武将の情報学』(現代書林、絶版)でも展開したのだが、反応が稀薄だった。
信長の遣り方を横で見ていた秀吉はフェイクニュースと嘘物語りをでっち上げる天才、いまの中国の諜報機関でも舌を巻くほどの謀略家だったが、このダークサイドは『太閤記』などが消し去った。
だから秀吉物語は異例の出世、明るい英雄というイメージになって、冥界で秀吉は哄笑しているに違いない。
日本は戦時中に「陸軍中野学校」を設立し、情報、諜報、謀略の専門家を育成した。とくに岩畔豪雄の凄まじい活躍は斯界で知られるが、いまの日本人は名前さえ知らないだろう。岩畔は戦後も活躍し、若泉敬らを育てた。
幕末に、諜報の重要性を力説した人物は、誰あろう、かの吉田松陰だった。このことを評者も小欄などで繰り返し述べてきたので、ここでは繰り返さない。

さて、本書の著者である山村氏は記者としての取材歴35年、そのジャーナリストの豊富な体験から、まずはフェイクニュースの見破り方を説き、リアルな情報にたどり着く方法を要領よく述べる。
とくに山村氏が指摘しているのは「三角測量法」と、「6W2H1D」である。一般的に言われるのは「5W1H」だから「W」と「H」が一つ毎増え、さらに「D」が加わる。これが鉄則だとされるが、詳細をここで語ってしまうと、売れ行きに差し支えるだろうから詳しくは書かないことにする。
第六章は「暗号情報が日本を救う」で、日本の暗号文化に筆が運ぶ。個人的にいえば、このチャプターが一番面白かった。
中国がアメリカから盗み出したファーウェイの5G技術は、いまのスマホの100倍のスピードになるが、いずれ開発される量子コンピュータでは複雑な暗号アルゴリズムも1秒以内で解析してしまう。
だったら理科系エンジニアも暗号設計者も不要となる?
暗号はオンハルト・オイラー(18世紀の天才数学者)が近代暗号学の嚆矢とされるが、じつはそれより早く日本人が「発明」していたと山村氏は次のことを紹介する。
「これより先に、その(暗号の)関数を発見したのは、江戸時代の和算家である久留島義太(和算家名は「喜内」、1696-1758)でした。江戸時代の和算のレベルの高さ」(179p)。これは人工知能の時代をむかえる日本にとって、対応ノウハウの秘密が隠されているような気がする。
さて「暗号化」を山村氏は数式やコンピュータアルゴリズムに頼るのではなく、日本の伝統に頼れとの意外な示唆は、文学的であり、同時に意表を突く提言と思われる。
 戦国時代の暗号は和歌の本歌取り同様な教養が必要だった。
 一例として、和歌の智恵、教養を探りあて下記を紹介している。
 紀貫之は「古今集」に「小倉山 嶺たちならし 鳴く鹿の へにけむ秋を 知る人ぞなき」と残したが、これは「おみなへし」(女郎花)の暗号だった。
ナチスは暗号通信にエニグマを使ったが、日本の暗号はアメリカが見破っていた。真珠湾攻撃を事前にFDRが知っていたことはいまや常識である。ならばアメリカはどうしたのか、土壇場で数式アルゴリズムにたよらず、インディアンのナボホ族に通信を取らせたのだ。インディアンの言葉など、日本で知るものはいなかった。そこで日本も薩摩弁で、ミッドウェイ以後、通信をしていた記録もあるが、日系アメリカ人で薩摩出身者がアメリカ軍に協力して、解読した。

 数学ではなく、文化(言語)。そして文字を暗号に使うべきと著者は言う。たしかに辻原登氏の小説(『ダッタンの馬』)によれば、阿比留文字を対馬では半島の倭館、幕府との通信に使用したという。
ハングルに似ているという「阿比留文字」は朝鮮官僚もシナ人学者も読めなかった。
 戦国時代に日本ではインテリジェンス学は確立していた。現代日本の情報戦敗退は文化教養の劣悪さが元凶である。

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読者の声 ☆どくしゃのこえ ★READERS‘ OPINIONS
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(読者の声1)韓国の、日本の自衛隊機に対する火器管制レーダー照射という自らの過ちを、ねつ造画像を世界中にばらまくという印象操作や、被害国日本に謝罪要求するという逆ギレ攻撃によって、うやむやにしようとする姿勢は、石平氏が、「宗族と械闘」の中で説明している「宗族」の内容そのものです。
つまり支那と朝鮮は精神構造が全く同じレベルだということです。他民族に支配され続けた支那の宗族と、支那とその傀儡に支配され続けた朝鮮の民衆とが同じ性質を持つことは、むしろ必然といえましょう。
 では、具体的に石平氏はどう説明しているかと云いますと、「宗族」は、宗族の一員が犯罪を犯した場合、何が正しいかとか何が真実かとか関係なく、どんな手を使っても全力でその一員を守ろうとする、という内容でした。まさに今回の韓国の行動そのものですね!これを、ヘーゲル流に捉え返しますと、即自のみで対自が全くない、と云えると思います。
 では韓国や支那の認識に、対自が全くない原因は何か? と云いますと、国家が自分たちの外側のものであったこと、そしてそこからくる具体的な内容として、対自的な法に対する歪んだ感情、すなわち韓国や支那は、法があっても守ろうとしないで、都合の悪い法や約束は平気で無視し、破ります。
この即自的感情オンリーが、自分たちが権力を握っても、そのまま変わらないで、国民不信で弾圧するか、対自としての自覚がないために、国民の即自的感情に迎合してしまうのです。
 そして、もう一面考えられることは、対自的な学問がない、学問的体験を持たないということだと思います。
その結果、即自的感情に左右されない客観的真理に対する憧憬がなく、それを無視すると現実から手痛いしっぺ返しを喰らうという畏怖もなく、学問は作るより盗んだ方が早い、となってしまうのです。
だから公の場で、堂々と嘘をつけるのであり、慰安婦像や南京虐殺記念館を作って、みんなに信じ込ませた方が勝ちだ、と厚顔無恥な行動がとれるのです。
 世界の中で、日本以外の国々は、その言語構造にもある通り、支那や韓国と同様に、基本的に利己的な即自中心の精神構造を持っていますが、西洋諸国は、その文化圏に学問が発達したおかげで、それなりに対自の権威が定着したので、大人になることができました。
 しかし、その西洋の憲法のはじまりは、対自と云えるような代物ではなく、王権を制限するという、国家を私物化する国王の即自と貴族の即自との即自同士の妥協の産物でしかありませんでした。
したがって、それはまだ石平氏の説く支那における「械闘」とさほど変わるものではなかったということです。
その「械闘」というのは、宗族間の争いのことで、興味深いことは、そこに皆殺し愛にならないような、即自同士の妥協的ルールができていることでした。余談ですが、その械闘の時は、宗族の女性も食事を創って戦う男たちを送り出して、まるでお祭りだそうです。//