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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成31年(2019年)1月4日(金曜日)
          通巻第5939号
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 中国のドル不足は深刻。パキスタンへの20億ドル追加融資は口だけ
  サウジ60億ドル、UAE30億ドルの緊急融資は行われたらしい
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 IMFはパキスタンの財務状態を究極的に「デフォルト」と宣言するのは時間の問題となった。
もし、デフォルトとなると中国が推進してきたCPEC(中国パキスタン経済回廊)の620億ドルもの壮大なプロジェクトは挫折することになり、中国は80%ほどの債権放棄を迫られる。

 イムラン・カーン(パキスタン)首相は、財務危機解消のため、サウジと中国を訪問し、追加の融資を要請した。サウジは60億ドルの緊急融資を約束し、まだUAEも30億ドル援助を約束した。送金はすでに終了したという情報がある。

 他方、中国は李克強首相が「あらゆる援助を惜しまない。パキスタンとの関係は全天候型だ」と豪語し、20億ドルの追加融資を約束した。
ところが、英フィナンシャル・タイムズに拠ると、「送金は為されておらず、問い合わせに対しても北京当局は沈黙を守っている」と報じた。

 スリランカでも、中国への異変がおきている。
スリランカ政府はさきごろ中国に対して「プロジェクト現場に中国語と英語の看板があっても、われらが母国語のシンハリ語とタミール語の表示がないのは、ローカルランゲージ法に違反する」として改善を求めた。
ほかにも、アジア各地では中国語の看板が目立ち、現地語、英語が併記されているが、ラオスの山奥では中国語だけ、価格も人民元という、まるで植民地のような地域もあり、住民の不満が昂じている。
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1838回】              
――「只敗殘と、荒涼と、そして寂寞との空氣に満たされて居る」――諸橋(11)
諸橋徹次『遊支雜筆』(目?書店 昭和13年)

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 諸橋の観察によれば、彼らはたんに「呑氣な生活をして居る」わけではない。その間に、何かを学んでいるという。
たとえば小鳥飼を見ていると、「一時間二時間、長きは半日近くも一つ場所に立つて同じことを反覆して居る。如何にも其の呑氣さには驚かざるを得ない」が、「斯かる呑氣な生活をしている間に一つの要領を得て居る」。つまり呑気に過ごしている間に「何時か知らん小鳥の習性を能く洞察し、遂に小鳥を同化するものゝように考へられます」。

 この小鳥飼の「学習ぶり」を、諸橋は「長江の開拓」に援用して解説する。

 「楊子江沿岸は今から九十年、百年以前に歐米の人々に依つて多く開かれた」。先鞭を切ったのがイギリスで、ドイツ、アメリカ、フランスと続き「どしどし外人の經營が伸び」た。これら諸外国の力によって、楊子江に沿った港には次々と対外交易施設が設けられ、経済建設が進むことになるが、「其の間支那の人々は黙つて居る、自分の土地が外人の手に依つて開かれるといふことに就て何等の故障も申し出でず、只ぢつと靜觀して居」る。

 ところが「今から約十年前、即ち楊子江沿岸が開かれ始めてから八十年、九十年を經過した」頃になると、「そろそろ長江沿岸の支那民族が動き出しました」。「恰も地に湧いて居る虫がうぢうぢと動き出すやうな姿」で動き出した。
そうなると「流石に粘り氣の強い英米人でも、そこに居辛く感ずるやうにな」り、10年ほど前から「到頭英米獨佛の各列強が、段々楊子江の上流から追ひ下げられ」、やがて居留は上海とその周辺のみに限られてしまった。こうして彼らが得たものは「英米人が五十年、百年に亙つて經營した其の設備と、之に注いだ資金と、而してそれに伴ふ知識文化といふものを唯取りにしたのであります」。

「要するに、行動が直に結果を伴はなくとも、暫くは我慢する、長きに亙つて終局の結果を収めようといふ、意識的か無意識的かの粘り強さが、支那民族の一つの恐るべき力」であう。「呑氣な中に要領を得、長きに亙つて或る目的に就いて實現性を有する。支那の民族の力強さは實に其の點にあるのではありますまいか」と、諸橋は指摘する。

 この指摘は、宮崎滔天の「一気呵成の業は我人民の得意ならんなれども、此熱帶國にて、急がず、噪がず、子ツツリ子ツツリ遣て除ける支那人の氣根には中々及ぶ可からず」(「暹羅に於ける支那人」『國民新聞』29(1896)年12月15日)に通じるように思う。当時、宮崎は故郷の農民を引き連れシャム(現タイ)での移民事業を進めていた。バンコクでの悪戦苦闘の日々に目にした華僑の姿から、こう感じたのである。

 「一気呵成」ではなく「急がず、噪がず、子ツツリ子ツツリ」。さて、これを『戦略的呑気』とでもいえばいいのだろうか。この手に引っかかったのが、我がヤオハンだった。
 諸橋は「支那の民族性は如何にも幅が廣い」とも指摘する。
「幅が廣いから從つて容易に動ぜぬ」。これを言い換えるなら「如何なる境遇に遭つても死に切らない不死身の體を持つているやうな感じ」でもある。

 大陸は広大であり、それゆえに各地の気温差は激しい。
「要するに寒さも暑さも支那に於ては非常な激しい相違がある」。北方では「冬の眞只中、北京の市内に於て、殆んど身に位一布を纏はざる乞食」がいるかと思えば、「反對に、南方の酷暑の土地に於て、日中の眞只中是亦、焼石を枕に晝寝をしているやうな人々も見受け」る。「要するに寒暑の幅の廣さに對しても、支那民族は十分耐へ忍ぶ健康上の幅の廣さを持つて居」る。だが、その強靭な忍耐力は「貧富等に就いても同樣であります」。「富める境遇に臨んでも、或は貧しい生活に臨んでも、何れも皆己がじし自分の立場を取り得るといふ一つの幅の廣さを持つて居る」のだから、「一気呵成の業」を旨とする我が民族とは余りにも違い過ぎるわけだ。
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)貴誌通巻第5938号(読者の声3)で落合道夫氏が、以下のように書かれました。
【「邪馬台国について」。皆様ご存じと思いますが、江戸時代新井白石がすでに、『魏志倭人伝』は当時の支那人が日本人から古事記の話を聴いて作成したものではないかと推察しています。】

 魏志倭人伝は、晋の時代西暦297年に陳寿が書いたものなのであり得ません。中国歴代王朝の正史は書いた時点での王朝が正統であることを証明するためにその前の王朝の正統性を示すことを目的として書かれます。
 正統な王朝から易姓革命で生まれた王朝なので正統であるという論法です。外国に関する記述も前の王朝に臣従していたのだから現王朝にも臣従すべきということが背景にあります。倭人伝での見下した書き方もそこに根源があります。
 また、三国時代には中原の人口が激減し約400万人といわれています。これは当時の大和朝廷の勢力圏内とほぼ同じです。この強大な東海の君主国に対して中原の覇者の方が上として記述せざるを得なかったので、辻褄合わせのためあのような表現となったのでしょう。
 また神功皇后の朝鮮半島での軍威は三国時代から晋の時代の中原の覇者にとっては屈辱的なものであったはずです。したがって、それをごまかすために書かれたパロディーが邪馬台国でしょう。
  (當田晋也)


(宮崎正弘のコメント)最近の中国の報道で『日本は水没した先進国』という記事が注目されている由。理由はとうに中国に経済力で抜かれたのに、サービスのきめの細かさ、公共福祉の充実、おもてなしなど文化面で『先進国』だと、なかなかのレポートです。
 中国共産党は強がりを言っていますが、庶民、とくに若い中国人は日本をやはり、先進国と仰ぎ見ているところがあります。『魏志倭人伝』? 中国人で、この歴史書物を読んだ人ほとんど居ません。



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(読者の声2)宮崎正弘先生の独演会のお知らせです。
 今月下旬、大手町の産経プラザ、「正論を聞く会」が例年のごとく、宮崎さんの独演会を開催します。どなたでも予約不要でご参加いただけます。

とき     1月24日(木曜日) 午後六時半
ところ    大手町「産経プラザ」三階大会議室
講師     宮崎正弘
演題     「2019 外交展望」
参加費    お一人1500円(学生千円)
主催     正論の会(代表 三輪和雄)



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(読者の声3)いつぞやの貴誌にフェルメールのコメントが続きました。ご存じとは思いますが、現在「上野の森美術館」でフェルメール展が開催されております。
 連日満員とのことで、老生、師走大晦日に行ってみました。大晦日なら透いているだろうと思いこんでいたのですがチケット売り場に数十、行列で入場待ちが百人ほど、これなら透いているほうです。
かなりゆったりと観賞できました。しかし入場料が2700円とは、いかに35点しかないフェルメールの作品の9点が日本で揃ったとはいえ、高いかなぁ。
 さて『エルネオス』今月号をひらくと、驚きがありました。
宮崎正弘さんの『オランダ紀行』があって、フェルメールをオランドの諸都市や生まれ故郷とされるデルフト、そしてドイツの方々の美術館でご覧になった由。しかも、欧州では写真撮影OKとのこと、さぞやゆっくりと観賞されたのでしょうね。羨ましく思いました。
   (NN生、横須賀)


(宮崎正弘のコメント)フェルメールはオランダのみならずドイツのドレスデン、アイルランドのダブリンなどにも散らばっていて、門外不出がアメリカに二点ほどあるはずですね。生涯に37点しか書かず、偽物が一、二点あるとかで、現在確認されているのが35点だそうです。
 二百年も、忘れ去られていた画家が、なぜ二百年も後に評価されたのか? 大きな謎とされてきましたが、小生に言わせていただくと、答えは簡単です。
フェルメールは宗教画を書かず、肖像画も少ない。キリストを書いたのはただの一点。つまり当時のスポンサーからは相手にされない対象を絵にしていたのですから。レンブラントのように、プロダクション形式で教会と貴族からの注文をこなしていた画家とは違うでしょうね。



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(読者の声4)1月2日付本メルマガで宮崎先生の2019十大予測が表明されました。こうち3件が中国関連であり、2件は経済関連1件「習近平、突如解任の可能性がある」は政治関連でしょう。
 小生の元日付読者の声にて「習近平の本能寺は果たしてあり得るのだろうか?」に対する回答のような予測である。
さて宮崎先生の中国崩壊論について、政治と経済は別であり、これまでのご自身の中国崩壊論は経済に関しての言説であるとの見解を示されました。//