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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018年)12月17日(月曜日)
          通巻第5919号
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 南アジアは「インド経済圏だ」。静かに捲土重来を期すニューデリー
  モルディヴ大統領がモディ首相と会見、当選以来初の外国訪問はインドだった
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 モルディヴの新大統領ソリは、12月16日にニューデリー入りした。
親中派のヤミーン前大統領を大差で破って、大統領ポストを射止めたソリは、初めての外遊先を中国ではなく、インドとした。このことは、南アジアにおける地政学の地殻変動を物語る。

 ソリは12月17日にニューデリーでモディ首相らとインド政府要人と会見し、18日にタージ・マハールを見学後、帰途につく予定。

 モルディヴは、空港拡張工事、並びに首都マーレと海の上を結ぶ海上橋梁など合計13億ドル(モルディブのGDPは30億ドル)の「借金の罠」に落ちて、南の珊瑚礁にある印度空軍基地を追い出す構えにあった。背後に中国の暗躍があり、中国は借金のカタにモルディブの16の岩礁を借り受け、突貫工事で埋めたてて人口島を建設し、軍事基地かする野望があった。

 モルディブは、この中国からの借金の返済に窮しており、先例は隣国スリランカが、借金を返済できずにハンバントタ港を99年にわたる中国の租借を認めざるを得なかったように、先にこの財務問題を解決する必要がある。
 ソリはインドからの立て替え返済を要求しており、インドは捲土重来を期すために相当大胆な措置を講じるだろうと予測される。

 前述スリランカにおいても親中派ラジャパクサ元大統領の首相への返り咲き「政変」は、七週間にわたる国会の紛糾後、最高裁勧告によりラジャパクサ元大統領は首相就任を断念した。背後にインドのロビィ工作があったことは明らかである。

 インドが次に対策を講じるのは中国と国境紛争をかかえるブータンへの梃子入れ。
そしてマオイスト政権に転覆し反インド姿勢を鮮明にしているネパール、さらにはミャンマーとの国境近くに位置するチッタゴン港の近代化工事と開発を中国企業が行っているという安全保障上の脅威の存在。

実質的には、それほどの中国の進出ぶりを脅威視しており、南アジアの地域リーダーとしての立場を回復するためにも、インドは静かな影響力行使を続けている。
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  樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1828回】              
 ――「只敗殘と、荒涼と、そして寂寞との空氣に満たされて居る」――諸橋(1)
諸橋徹次『遊支雜筆』(目?書店 昭和13年)

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 諸橋轍次(1883年~1982年)といえば、1925年から72年まで37年の歳月をかけて『大漢和辞典』(全15巻)を完成させたことで知られる漢学者である。

 『遊支雜筆』の出版は盧溝橋事件勃発の翌年だが、冒頭の「小序」によれば「今皇軍が朝な夕な君國の爲に勇戰奮鬪して居らるるところ」には、大正7(午)年、9(申)年、10(酉)年の3回にわたって訪れている。かつて見聞した「遺跡が、今度の事變によつて如何樣に轉變するかは豫斷を許さぬ」。だが変化したとして「此のささやかな記録でも、後日訪古の資料となることもあらう」と、出版社から声を掛けられたこともあって、「敢えて二十年前の殘夢を茲に公にすることにした譯である」そうな。

 世界最初の本格的漢和辞典作りに37年も取り組み、しかも完成寸前を戦災で焼かれながら再度取り組み、殆んど失明寸前まで目を酷使しながら完成させたという謹厳実直を絵にかいたような漢学者であるだけに、これまでに見た政治家や経済人などとは違った視点からの記述がみられる。
 3回の旅行記を合わせたものだが、じつは何年に旅行した時のものなのか必ずしもハッキリしない。そこで敢えて年代は記さないことにし、大正7(1918)年、大正9(1920)年、大正10(1921)年の4年間に跨る旅行記として見ることにした。

 ここで当時がどんな時代であったかを知っておくのも、旅行記を読み進むうえで参考になろうかと思うので、簡単に記しておく。

 先ず日本だが、シベリア出兵、米価暴騰をキッカケとして富山から関西各都市に米よこせ運動が拡散、第1次世界大戦休戦条約が成立し、西園寺と牧野を講和使節としてパリに派遣(大正7年)。パリにおける講和条約調印、シベリア撤兵開始、普通選挙論台頭(大正8年)、「尼港事件」発生を受け同地占領、経済恐慌発生(大正9年)、ワシントン軍縮会議、安田善次郎・原敬暗殺(大正10年)。一方の中国は激動が続いた時代だが、後への影響を考えるとロシア革命の影響を受け雑誌『新青年』を軸にして新文化運動が活発化(1918年)、五・四運動(1919年)、陳独秀による社会主義青年団組織(1920年)、中国共産党の成立、孫文大総統就任(広東政府成立)と孫文・マーリン会談(1921年)――まさに物情騒然たる時代の中で諸橋は大陸を旅行したということになる。

 「一度支那の地に遊んだ人は屹度同じ感じに打たれて歸ります」と、印象的な書き出しだ。
「傾いた古塔や破れた城壁に充たされた支那の各地を旅行しますと、萬人が萬人、皆破國(亡國ではありません)の俤といふ淋しい印象を抱くのであります」。田舎、「或は過去の都跡といふ樣なところへでも參りますと、其處には何一つ生き生きした氣分はありません」。まさに「一圓の光景は只敗殘と、荒涼と、そして寂寞との空氣に滿たされて居るのです」というから、諸橋が目にした光景は陰々滅々としたものだったらしい。

 水の都と讃えられる蘇州で孔子廟を訪ねると、「驚くことには牀板一圓は鳥の糞ではありませんか。梁の上、額の裏、無數の蝙蝠が飛びあるいて、(中略)どう見てもお化け屋敷としか思はれぬのであります」。聖人中の聖人を祀る孔子廟の無残な姿が凡てを表している。

 歴史の長い名刹は「殆んど豫想の外に淋しい感じが湧いてゐます」。「其處に僧が居ります。僧といつても乞食より汚い」。かくして「異國の旅人には只何となく、『こゝは破國である。こゝに來たものは破國の淋しい俤を偲ばなければならぬ』といふ囁きが聞えるやうな氣がするのであります」。
 それにしても旅行の初っ端から諸橋が目にした光景は、無残極まりない。幕末以来の旅行記で亡国といった表現は数多く目にしたが、「破國」の2文字は初めてだろう。

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   読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)宮脇淳子氏との対談本『本当は異民族がつくった!  虚構国家中国の真実』と宮脇氏の著作『モンゴルの歴史~遊牧民の誕生からモンゴル国まで』の読了後感です。
 この対談本は2015.12発行の『中国壊死~百年変わらない腐敗の末路』の改題版。『中国壊死』は発売直後に既に読了していた。たまたま宮脇淳子氏の著作『モンゴルの歴史~遊牧民の誕生からモンゴル国まで』を読了したタイミングで宮脇淳子氏との、この対談本の出版を知り、即AMAZONにて予約購入・読了したばかり。
 本書は前著の内容を殆ど変更せず改題したとのことであるが、その内容の鮮度とともに面白さも失なわていない。3年前にはまだトランプ大統領は存在せず、習近平も「はえとトラ叩き」つまり政敵の排除作業中であり、独裁体制は未確立だった。
 3年前の12月発行の前著ではその直前11月に習近平が発表した一帯一路構想への言及は無理だったとしても、AIIBのシナの意図(鉄とセメントなどの過剰生産物の一掃と過剰労働力の転用)を正確に捉え、その末路を予言されているのは、さすがチャイナウォッチャーとしての宮崎先生の面目躍如と言える。
 宮脇氏のモンゴル学者としての著作『モンゴルの歴史』もすでに11月24日の本メルマガで宮崎先生も書評済みであるが、小生も本対談本の読了前に丁度読み終えたばかりである。
 余談ながら、本書を図書館で借り出したところ巻頭に宮脇淳子氏から奥山篤信氏への謹呈のサインがあり、奥山氏が図書館へ贈呈されたものと思われる奇縁に恵まれた。本書はモンゴルの古代から現代までの通史として、恐らく世界に一冊しかない世界的偉業と言える。この偉業も師であり夫君である岡田英弘氏の存在が大きく寄与しているのであろう。岡田英弘と言えば、かって王岐山が岡田氏の著書を絶賛し、人にも読むことを薦めたという。嘘に嘘を重ねたシナ人自身の書く歴史ではなく、日本人の書いた本当の歴史に現代のシナ人指導者も魅了されたのだろうか。
 岡田氏、宮脇氏ともに世界的歴史学者であることはシナ人も認めるところだが、日本のいわゆる東洋史学界という左翼に支配された閉鎖集団からは両氏とも無視され村八分状態だったとは、宮脇氏自身の講演でも耳にした。
 日本の東洋史学が司馬遷の「史記」や歴代王朝の歴史書という嘘に嘘を重ねた資料を金科玉条としており、現代でも毛沢東が政治的に改竄した通りの中国近現代史を教科書にしといると宮脇氏も指摘されている。
日本の東洋史学会という蛸壺学会の未来は中共の消滅と運命を共にするしかないのかも知れない。
なおモンゴルがあの時代に中央アジアからヨーロッパにまたがる世界帝国を築き得たのは何故かという疑問に対する小生の答えはこうである。
まずモンゴル騎兵の強さは勿論であるが、歴代ハーンが征服地の略奪を許したことが最大の理由だろう。略奪には食料だけでなく、婦女子が含まれる。これで血気に逸る若い騎兵たちの食欲と性欲は存分に満たされたろうからである。
(ちゅん)。



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(読者の声2) 貴誌前第5918号の書評:北影雄幸『天皇論の名著』で、「天皇制廃止論をかくと期待して岩波書店」とありますが、現在の政府もその傾向があると思われる。
『天皇陛下の御退位に伴う式典についての考え方(案)』を読むと、正殿「松の間」見取り図に、天皇に総理が対峙している。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/taii_junbi/dai2/siryou2.pdf
 総理でなく、今上陛下が新天皇に譲位の旨を伝えれば、儀式は一日で終わる。それなのに、譲位でなく退位させることの意志が明白である。現行憲法第一条に「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とあるから、「譲位」などと勝手なことは許さない、国民の代表である総理が「退位」の寿詞を述べる以上のことを友人に話したら、キチガイ扱いされました。
  (TA生、川崎市)



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(読者の声3)週末の読書で、宮崎正弘さんの「青空の下で読むニーチェ」を読む。途中ではあるがめちゃくちゃ面白い書物だ。//