■「加瀬英明のコラム」メールマガジン



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 兇獣が跋扈する国際社会の闇


 トルコのサウジアラビア総領事館を訪れた、アメリカに亡命中だったサウジアラビアの反体制ジャーナリストのジャミル・カショギ氏が、本国から派遣された情報機関のチームによって、館内で惨殺された。

 日本のテレビのワイドショーによって、連日、大きく取りあげられた。

 トルコの新聞によって、カショギ氏が総領事館内で殺害されたと報じられてから、アメリカのポンペイオ国務長官が、カショギ氏殺害の疑いをめぐって、サウジアラビアに急いで飛んで、実権を握っている33歳のモハマド・ビン・サルマン皇太子と会見した。

 この時のポンペイオ長官とサルマン皇太子の写真を見ると、2人とも微笑んでいる。

 トランプ政権は、カショギ氏惨殺が事実であっても、サウジアラビアが中東外交の重要な駒であり、武器輸出の大切な顧客であることから、大事(おおごと)にしたくないと望んでいた。

 サウジアラビア政府は殺害を隠蔽できず認めたが、政府や、皇太子の指示によるものでなく、情報機関が勝手に行ったと言い逃れている。

 読者の多くが、サウジアラビアに対してだけでなく、ポンペイオ長官が満面の笑顔をつくって、サルマン皇太子と握手を交したのを見て、不快感をいだかれただろう。

 それなら、トランプ大統領が笑顔を浮べて、北朝鮮の金正恩書記長を抱擁したのは、どうなのか。金書記長は異母兄の金正男(キムジョンナム)氏をマレーシアで、白昼、暗殺したではないか。

 トランプ大統領は、中国の習近平主席とも抱きあった。中国は新疆ウイグル自治区で100万人以上を「集団訓練所」に拘置して、多くのウイグル人を虐殺している。チベット、内モンゴルでも、戦慄(せんりつ)すべきことが起っている。

 ところが、トランプ大統領が金書記長や、習主席と親密に振る舞っている映像を見ても、強い嫌悪感に覚えることがないだろう。

 ロシアのプーチン大統領も、国外に亡命した多くの反体制派を、暗殺している。

 私たちの日常生活の感覚で、諸外国を判断してはならない。サウジアラビアは、中国、北朝鮮や、ロシアと体質が変わらない国家だ。

 世界は日本国憲法の前文で、たからかに謳(うた)っている、「公正と信義」を重んじる「平和を愛好する諸国民」によって、構成されているわけではない。国際社会は兇獣が横行するジャングルと、変わらないのだ。

 私はこれまで本誌で、今年に入ってから2回にわたって、サウジアラビアが安定を保てない可能性が高いと、警告してきた。

 サルマン皇太子は、サウジアラビアの“脱石油化”をはかって、きらめく近代国家に造り変えようとする、壮大な計画を進めてきたが、私は皇太子の改革が成功するはずがないと、予想してきた。

 カショギ氏はメディアが伝えているような、自由主義のジャーナリストではない。アル・カイーダや、ムスリム同胞団が信奉するイスラム原理主義に加担して、サウジ王家が民意を踏み躙(にじ)っていることを、亡命先のアメリカから激しく非難してきた。

 サルマン皇太子がカショギ氏を目障わりだとして、計画的に殺害したのは、人口2400万人あまりのサウジアラビアの安定がきわめて脆いことを、示している。

 皇太子が82歳で、病んでいるサルマン父王によって、罷免される可能性もあろう。これまでサルマン国王は2人の皇太子を、解任してきた。

 サウジアラビアをめぐる報道を、対岸の火災として見てはならない。日本はサウジアラビアを中心とするアラビア半島の産油諸国から、日本経済を支える石油天然ガスの80%を輸入している。アラビア半島が混乱に陥ったら、日本が大きく蹌踉(よろめ)くことになろう。

 日本のテレビの「ワイドショー」は「ショー」(英語で見世物)の言葉通り、視聴者の好奇心だけみたす娯楽番組でしかない。