■「加瀬英明のコラム」メールマガジン



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 銀座の酒場の扉は真如の門


 この夏は世界的な気象変動のせいだろうが、ことのほかに暑かった。

暑き日を海に入れたり最上川という、芭蕉の句がふと浮んだが、現代のように冷房がどこへいっても普及していたら、蕉門でいう風雅な詩興が涌くはずがないと思って落肝した。

 だが、空に神鳴(かみなり)が轟くと、時がまた秋を運んできてくれる。

 秋が到来して、たおやめが新米を噛む醸成月(かみなしづき)が巡ってくるたびに、男たちを釣る漁火(ネオン)に誘(いざな)われて、彷徨(ほうこう)することになる。

 今年は、秋が待たれた。「いとど心づくしの秋風」という一節が、『源氏物語』(須磨)にあるが、身に沁みる。到来というと到来物のように、贈られてきたいただきものを意味している。「いとど」は、いよいよだ。

 私は20代から、同(おな)い年の文芸春秋社の堤堯氏、講談社の川鍋孝文氏と3人で、銀座の『眉』『エスポァール』『ラモール』『姫』など一流の酒場(クラブ)に、よく通ったものだった。

 しばらく前に、ナベちゃんは私たちに断ることなく途中下車して、故人になってしまった。

 あのころは、雑誌社や物書きには“学割”があった。

 私が月刊『文芸春秋』に、評論家の肩書をはじめて貰って書くようになったのは、26歳の時で、堤氏が担当してくれた。

 堤氏とは2年前まで、DHCテレビで対談番組を持っていた。高嗤(たかわら)いするのがトレードマークだが、もし、悪事を働いて手配されたとしたら、もっとも大きな特徴としてあげられることだろう。

 月日がたつのは早く、堤氏も私もいつの間にか、八十路(やそじ)に迷い込んでしまった。

 12月に、82歳の誕生日がまわってくるが、万年少年なのか、成育不全なのか、実感がともなわない。

 古人が、自分はまだ若いと思っていても、少年老い易くといって、すぐに齢(よわい)を重ねてしまうから、一寸の光陰を軽んずことなく、寸刻を惜しんで遊ばなければならないと戒めているのを、もっと心に刻んで生きるべきだったと悔いてみても、もう遅いのだろうか。

 それでも酒量とともに、体力が落ちていることを、認めなければならない。

 若い時には、若さを乗り越えようと努めたが、老いると老いに克とうとするから、生きているかぎり、克己の戦いが続いてゆくのだろう。

 もっとも、舌耕(ぜっこう)や筆耕(ひっこう)によって、乞食者(ほがいびと)のように生計を立てているから、猫がじゃらされているように、刻々と目先が忙(せわ)しく変わってゆくために、俗世を離れて、年金生活を享受しながら、欲するままに心静かに、悠悠自適の境涯を楽しむ暇(いとま)がない。

 昨年、北海道のいまでは町になっている寒村にある、由緒ある神社の創建120年の式典に招かれて、神道について短い講話を行った。周辺の都市や、町村から、モーニングか、黒の上下の背広に、白、銀ネクタイ姿の地元の名士たちが集っていた。

 式典のあとの直会(なおらい)で、私から1人おいて座った80代なかばという来賓の1人が、「倅(せがれ)に会社を譲って、“飲む、打つ、買う”の日々ですよ」と自慢するので、「へえ、お元気ですねえ」と驚いたら、「3食ごとに薬を飲みます。病院へ行って注射を打ちます。テレビのCMでサプリの広告に釣られて、女房か、私が買います」と、答えた。

 今年は、3冊の著書が上梓(じょうし)された。といっても、1冊は以前の著書が文庫版に化けたのと、2冊は対談本だ。年末までに、もう1冊加わることになっている。もっとも、昨年は七冊続けてでたが、ほとんどが古い本の復刻版だった。

 銀座の酒肆(しゅし)に戻ろう。友人と何年か振りで、馴染みの店を覗いた。

 こんな時には、仏教の唯識派(ゆいしきは)の用語で阿頼耶識(あらやしき)というが、忘れたはずの過去の行いが潜在意識として、体のなかにしっかりと刻まれていることを、あらためて覚らされる。

 脂粉の香が漂ってくると小さな店が、雄花と雌花が咲き乱れる花園に変わる。

 いや、雄蕊(おしべ)と雌蕊(めしべ)というべきだろう。植物学によると、雌蕊のほうが受精器官だ。まさに、愛染曼荼羅(あいぜんまんだら)の立体版だ。

 愛染明王は愛欲煩悩がそのまま、悟りになるという、釈尊の有難い教えだから、酒肆(クラブ)の扉は、これから伽藍に入る、真如(しんにょ)の門なのだろう。

 唯識派によれば、あらゆる存在は識、すなわち心にすぎない。眼識、耳識、鼻識、舌識、身識の五感は、心そのものだ。

 真如も仏教語であって、真理をいうが、阿頼耶識も、愛染明王も、唯識も、修業、伽藍も、もとはすべて、インドのヒンズー古語の梵語(サンスクリット)だ。

 もう一つ刹那(せつな)も、サンスクリットからきた言葉だが、人生は刹那ーー指でひと弾(はじ)きする短い時間ーー刹那を大切にして、充実させなければならない。

 店を久し振りに訪れたから、私にとって新顔だった20代だという、ホステスが隣に座った。もう銀座の濁流か、清水に馴染んでいようが、サン・ローランか、グッチの法衣(ドレス)に身を包んでいた。

 軽口をたたいていたら、「おいくつですか?」とたずねるので、私が一瞬怯んだら、「男女は恋人になったら、同じ歳です」と、切り返された。励ましてくれる、利発な娘(こ)もいるものだと、感心した。

 男女関係は、異文化交流だから難しい。山本有三先生が、「結婚は雪げしきのようなもので、はじめはきれいだが、やがて雪解けして泥濘(ぬかるみ)になる」と、告白されている。

 そこへゆくと、中島兄貴(あにい)はいつだって姐さんと睦まじい。きっと、姐さんを神々が降りてこられて宿られる依代(よりしろ)のように、大切にされているにちがいない。
(中島繁治氏は日大OB誌『熟年ニュース』主催者)