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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018年)11月26日(月曜日)
通巻第5902号
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ファーウェイ、ZTEを入札から外すと日本政府も決定
中国のスパイ通信機器、民間にも自粛要請へ
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米国はすでにファーウェイ(華為技術)とZTE(中興通訊)の使用を禁止している。
とくに連邦職員、公務員、軍人、警察官はファーウェイのスマホ使用禁止、また通信設備の工事、プロジェクトからZTEを排除している。
ZTEは、米国からの半導体輸入が不可能となって、スマホ生産が出来ず、経営危機に陥った。
オーストラリア政府は、ZTEが応札したパプア・ニューギニアとの通信ケーブルのプロジェクトから排除した。ニュージーランド政府も、これにならう。
そして先週、トランプ大統領はこの規制を同盟国にも要請するとした。具体的には日本、インドなどである。
ようやく日本政府は、公的プロジェクトからZTEの入札を排除し、また公務員、自衛隊員、警察官を含む公的立場の人間が両社の通信機器使用を「自主規制」する動きにでた。ファーウェイの格安スマホは若者達が購買するので、日本でもかなりのシェアがあるが、民間の末端にまで「自主規制」だけで、排除できるかどうかは、おおいに疑問が残るところだろう。
□◎□○み△◎□◇や○◎○□ざ□◎□○き○◎○□
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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学校で教わる歴史はGHQが植え付けた「自虐史観」の最たる見本
新聞記事では分からない『真実』を如何にして見つけ出し、汲み取るか
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高山正此『習近平は日本語で脅す』(新潮社)
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このシリーズも第十三弾。常套句の「高山節は健康飲料水1ダース分」「日頃味わえない爽快さ」「週刊新潮の連載コラム、後からページを読む人が多い」は、もう言い古されていしまった。
何をもって新鮮な譬喩とすべきか?
前にも書いたが、評者(宮崎)は朝日新聞が日本でいちばん良い新聞だと信じて、大学3年間は毎朝夕、朝日新聞を配って、集金し、拡張もして学費を得ていた。日教組教育をまともに受けて洗脳されていたからだろう。そして朝日新聞が『日本でいちばん悪い新聞』と分かるのに三年の月日を要した。
以後、ぷっつんと凧の糸が切れたように、読まない。読むと血が頭に上るからだが、ときどき地方のホテルのロビィに無料で積んであるので、手に取ってみる。「なんだろう、これは。アジビラの類いか」というトイレットペーパーの印象しかない。
本書は朝日新聞批判にかけては天下一品の高山さんの包丁さばきが見事だが、なにしろ朝日を半世紀近くも読んでいない評者にとっては、切迫感が薄い。
あの新聞を毎日、隅から隅まで目を通す労力を考えたら、ほかにエネルギーを向かわせたくなる。
だが、このフェイクニュースの悪を放置してはいけない。だから正義感が高山氏をおして、毎号舌鋒鋭く朝日の欺瞞を白日の下に晒すのだ。
結局、学校では学べないのが『歴史』であり、朝日新聞なんぞを購読していると分からない『真実』をいかにしてニュースの洪水のなかから選択肢、吟味し、取得するか、このノウハウの奥義が自然と語られる。
それが本書の魅力のひとつである。
誰もが思っていることだろうが、学校の歴史教育は甚だしくゆがんでいる。誰がねじ曲げたか、日本人自らが自虐史観から這い上がれないのか。
GHQの洗脳がまだ効き目があるのか、日本の文化を諸外国が褒めているのに、日本人がけなしている。その代表選手の朝日新聞を支配するメンタリティの腐臭、その驕慢、やはり、この元凶を叩きつぶすことからすべては始まるのだろう。
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絶賛発売中!
宮崎正弘『AI管理社会・中国の恐怖』(PHP新書。950円)
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★アマゾン → https://www.amazon.co.jp/dp/4569841910/
「中国はデジタル・レーニン主義だ」(独社会科学者ヘイルマン)。
――AI(人工知能)開発でアメリカを凌駕しつつある中国が、世界の「テクノロジー覇権」を握ったら、どうなるのか?
――デジタル監視態勢は、新彊ウィグル自治区で百万人ものムスリムを拘束して収容所にぶち込んだ。再教育と称する中華主義教育は、伝統的なイスラムの価値観を無視し、人民を奴隷の状態に置き、「中国共産党が正しい」と徹底した洗脳教育が行われている。
――これは現代のゲシュタボ、いまおきているのはホロコースト前夜ではないのか?
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)「ニッサンのインボー?」
フランスではゴーン「総督」をめぐる今回の件についてこう言われているそうですが。ニッサンはいわばルノーの植民地ですから、植民地反乱を鎮めるために「征夷大将軍」が送られて来るんでしょうか?
第一次大戦の英雄ペタン元帥のようなひとが。哈哈!
かつて東南アジアをはじめとする世界各地の植民地でやりたい放題をやっていたフランスの人々が「陰謀」とは。たとえ「陰謀」であっても、噴飯ものです。また企業提携は「双方ともウインウインでなければならない」というニッサン側の言い分も理解できません。ニッサンは有体に申し上げれば、「植民地」でなければ、親に売られた「女郎」です。いくらお金を稼いで返しても、年季あけのない「遊女」です。
このニュースはわたしたちの目の前でいま起きていることです。でも、それはそのまま遠い昔の時代を思い出させてくれる。この点で貴重です。時間は流れてもヒトのやっていることは変わらない?
(浪子)
(宮崎正弘のコメント)フランスは数十万人デモが全土に波及し、マクロン退陣を要求して規制を挙げ、巴里ではパトカーの放火、まるで無政府状態の大混乱。ルノー騒ぎどころではないですね。シャンゼリゼ通りから観光客がいなくなり、情勢は剣呑としています。
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西村眞悟の時事通信 西村眞悟の時事通信 西村眞悟の時事通信
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憤怒の思いを持て
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先の「プーチンのレッテルの詐欺」に続いて、さらに日露関係について記した。重複もあるがご一読いただきたい。歴史を見つめ、腹の底に憤怒の思いを持つことも「礼服を着た戦闘」ともいわれる外交には必要だ。
平成十七年(二〇〇五年)五月二十七日は、日露戦争において、対馬沖で、ロシアのバルチック艦隊を、我が連合艦隊が殲滅した日本海海戦から百年であった。その日以来、本年の五月二十七日に至るまで、私は毎年、対馬の有志によって日本海海戦海域を見渡せる対馬北端の殿崎の丘で行われる日露戦没将兵の慰霊祭に出席して「海ゆかば」を歌っている。
この日本海海戦で生き残ったロシア海軍兵士のノビコフ・プリボイは、ロシア革命後に「ツシマ」と題する日本海海戦史を書き、第一回スターリン賞を受賞している。プリボイは、自書「ツシマ」の冒頭に、レーニンの次の言葉を引用した。「ロシア海軍の敗北がこれほど容赦なき潰滅であろうとは誰一人考えていなかった。」「我々の当面したものは、ただ軍事的な敗北というだけではなく、専制政治の完全な軍事的倒壊であった。」そして同書の最後を次のように結んでいる。
「ツシマ島には、水先案内が『驢馬の耳』と呼んでいる尖った裸の岩が、二つに分かれて空高くそそり立っていた。『驢馬の耳』を持ったこの島は、今よりツアール政府、暗黒と無言の政権、の不名誉を永劫に記念する記念碑となるであろう」。この「ツシマ」の冒頭のレーニンの言葉と末尾の著者プリボイの言葉を観れば、レーニンの、戦争から敗戦へ、敗戦から革命へという「敗戦革命論」は、我が国が日露戦争で帝政ロシアを打倒し、そこからボルシェビキによるロシア革命がスタートした経験から生まれたのではないかと思う。
本年(平成三十年)十一月、シンガポールで日露首脳会談が始まる直前に、私は対馬の砲台跡のある上見坂の丘から、眼下に浅茅湾を見下ろし、左手にロシアの水先案内人が「驢馬の耳」と呼んだ嶺を眺めていた。
そこで、思ったことを次に記す。
ロシア民族は、十六世紀、モンゴル(タタール)のくびきから脱してモスクワ大公国を建国して以来、絶え間なく東に向かって侵攻し、清国との一八五八年のアイグン条約と一八六〇年の北京条約によってウスリー以東の沿海州を獲得して、遂に西のバルト海から東の日本海にまたがるユーラシア大陸を支配する帝国となった。この日本海に直面するロシアの西に広がる海の向こうには、対馬から樺太に至る日本列島が横たわっていた。左手を伸ばせば樺太に、右手を伸ばせば対馬に手が届く。
事実、ロシアは、無頼のコサックを使ってまず樺太のアニワ湾に上陸して日本の運上屋を占拠して日本人を追放し砲台を築き(一八五三年)、次に軍艦ポサドニック号を対馬の浅茅湾に侵攻させて芋崎に入泊させ、半年の間、兵舎を造って駐兵し、付近の村落を略奪した(一八六一年)。この時、ロシア兵に立ち向かって殺された対馬藩士二人は靖国神社に祀られている。
我が国の歴史教科書は、嘉永永六年(一八五三年)のアメリカのペリ-来航しか教えない。しかし、同じ年に、ロシアのプチャーチンが長崎に来航し、ロシア人が武器を持って樺太に侵攻したのだ。この樺太と対馬の事態に対して、我が国の徳川幕府は、対馬のロシア軍艦をイギリスの圧力を借りて退去させることはできたが、樺太に居座るロシアを退去させることはできなかった。
アメリカ大陸を西に向かって太平洋にでたアメリカと、ユーラシア大陸を東に向かって太平洋に出たロシアと、我が国は同時に直面したことを忘れてはならない。20世紀に入り、我が国は19世紀に同時に直面したロシア・アメリカと戦ったのである。
そこで、狭い「北方領土」だけを見るのではなく、ロシアの建国以来の衝動ともいうべき東進拡大運動が、十九世紀半ばに太平洋に直面してから我が国周辺で如何に展開されたかを見ることにする。
まず、ロシアから見て東の海に南北に広がる樺太を含む日本列島を、ロシアは如何に見たか。それを端的に示すものが、ロシア海軍軍令部の編纂した「一九〇四、五年露日海戦史」の記~//
