◆【言いたい放談】小泉純一郎という人物には何が欠けているのか?+小泉元首相「憲法改正なんか、できるわけない」
◆◆【言いたい放談】小泉純一郎という人物には何が欠けているのか?[H30/10/11]
https://www.youtube.com/watch?v=4w-PbOhWeTo
<に公開
今回は、反安倍宣伝の急先鋒に立つ小泉純一郎という人間の、人品骨柄について論じていきます。
出演:クライン孝子(ノンフィクション作家)・水島総(日本文化チャンネル桜代表)>>
参照
◆1)小泉元首相「憲法改正なんか、できるわけない」ってなお上記に関し、かれこれ40年前に発生した
◆ちょうど同じ時期にドイツにおいても
◆というわけで、日独両国のその処理の違いを
◆=クライン孝子の情報戦略「あまりにも大きな日独間の隔たり」=
◆<<日本における情報機関作成、ノロマの限り>>
◆その点、「ドイツ赤軍」のテロ活動はしたたかだった。
◆その典型的な一例が、1977年における日独赤軍の政府との戦い
◆彼らの念頭には、日本政府がダッカ事件で、「日本赤軍」に全面降伏・・・
◆この事件を知った西ドイツ政府は、巧みに時間稼ぎをしながら密かに特殊部隊を
◆ドイツは、何よりも、テロリストなる敵を摘発するテクニックに長けている
◆何とこのテロ活動が、あろうことか。ドイツの政党かつ議会民政治の中に、
◆それだけに情報大国としてベテランとしての誇りがある
◆一方、日本はいかばかりであったか。
◆真に日本国家のためを思うなら、こうした若者を巧妙に
参照=日本人の知ら(ないスパイ活動の全貌」海竜社刊
http://www.kairyusha.co.jp/ISBN/ISBN978-4-7593-1609-4.html
第1章 ドイツ銀行頭取暗殺事件――シュタージと日独赤軍ハイジャック事件
ベッラさんのブログより
https://blog.goo.ne.jp/bellavoce3594/e/fccc4fb2fb8b9b82c645da51715f027f )
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参照
◆1)小泉元首相「憲法改正なんか、できるわけない」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181008-00000034-asahi-pol
2)「武器を持たない戦争のようなもの」叩き潰される前に決断した小泉進次郎の心
https://www.fnn.jp/posts/00368110HDK
3)「厚労部会長」内定 希望通りのポストに
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20181011-00402905-fnn-pol
4)福田康夫元首相が南京大虐殺犠牲者に哀悼の意 中国側は称賛
http://japanese.beijingreview.com.cn/politics/201806/t20180627_800133770.html
◆なお上記に関し、かれこれ40年前に発生した
44 - 日本赤軍 ダッカ日航機ハイジャック事件 - 1977
https://www.youtube.com/watch?v=kJy0bfNHxfM
ですが、
◆ちょうど同じ時期にドイツにおいてもルフトハンザ航空181便がスペイン・、マヨルカ島にてバカンスを満喫した休暇帰りの乗客86人と乗組員5人をのせ、帰路フランクフルトに向かったルフトハンザ航空181便がハイジャックに遇いました。
◆というわけで、日独両国のその処理の違いを(当時、日本の首相は自民党の福田赳夫氏ドイツは社民党のヘルムート・シュミット氏)
表現者56号 第2回
◆=クライン孝子の情報戦略「あまりにも大きな日独間の隔たり」=にて、まとめていますので、ここに一部、ご紹介させていただきます。
◆<<日本における情報機関作成、ノロマの限り>>
私がテロ活動に関心を持った最初のきっかけは「60年安保」にあった。
地方の片隅(岐阜県下)にいた私など知る由もなかったが実はこの時期、司令塔として先頭に立って指揮をとっていたのが、日本共産党と袂を分った「共産主義者同盟」で、このグループが「全日本学生自治会総連合」に動員命令を掛け、最終的にデモによる国会突入を指揮したという。
その後、1964年の東京オリンピック開催を機に、日本中がいっせいに五輪一色に染まり、はたまた、世界最初の試み、東海道新幹線運航開始で、高度成長のアクセルを踏み、経済大国としてその路線をまっしぐらに突入するや、あれほど盛り上がったはずの「60年日米安保反対闘争」はまるで嘘のように収まり、静まりかえってしまった。
=中略=
この「60年安保」闘争こそが、形を変えはしたものの、何とその後、国際社会をも震撼とさせる「70年安保」に発展するテロ活動の起爆剤になったことは、ほぼ間違いあるまい(と私は観察している)
中でも、1969年8月に結成された革命組織「日本赤軍」の暗躍振りには,悪い意味で目を見張るものがあった。
何しろ、日本国内における革命運動はもとより、その延長線上において正々堂々と国際テロ組織とタイアップし、国際社会におけるその筋で、一躍衆目を集めることになったのだから。
ところがその成れの果てはいかなるものだったか。
結成後、約30年余経た2001年4月、日本赤軍最高リーダ、というよりボスだった重信房子(大阪に潜伏中、逮捕され、その後懲役20年の懲役刑を言い渡され、現在服役中)が、2001年4月に、獄中から「日本赤軍としての解散宣言」を行ったことで、あっけな幕切れとなってしまった。
◆その点、「ドイツ赤軍」のテロ活動はしたたかだった。
「ドイツ赤軍」第一世代が、極左地下組織を結成したのは1970年5月半ばごろだった(といわれている)。
彼ら、「ドイツ赤軍』の攻撃のターゲットは、
1)西ドイツ政府公共施設や米軍駐留基地や軍施設。
2)政府や財界、官界、アメリカ軍の要人
とりわけ、後者に関して、今日、明らかになっているだけでも、彼らの手に掛かって犠牲となった市民は34人、片や、テログループは20人、重軽傷者に至っては、おびただしい数に上った。
だが、この残虐な「ドイツ赤軍」に対する西ドイツ政府と警察、さらには連邦軍による対処も、彼らの背後に東ドイツ政府並びに、かの名だたるシュタジーなる秘密警察が糸を引言いているとキャッチしていたこともあって、情け容赦なく熾烈なものだった。
◆その典型的な一例が、1977年における日独赤軍の政府との戦いに見られた。
日本で「日本赤軍」によるかのユウメイなダッカ日航機ハイジャック事件が発生し、その際、当時、福田 赳夫首相は、「人命は地球より重い」とのたまわり、超法規的措置により、テロリストの要求を全面的に呑み、身代金の支払いとメンバー引渡しにゴーサインを出したのは、忘れもしない。1977年9月28日のことだった。
ちょうどその頃、西ドイツでも、赤軍「第一世代」の中心的メンバーが次々と逮捕され、まさに世界一強固で、ねずみでさえ一度入ったら外に出られないといわれた南ドイツ在シュタムハイム刑務所に収監されていた。
そこで第二赤軍世代が、企んだのが彼らをいかにして取り返すか、。それには、その交渉手段として、西ドイツ経営者連盟会長シュライヤーを誘拐することで取引を企んだのだ。
シュライヤー会長が誘拐されたのは9月5日で、実は、例のダッカ事件発生約3週間前のこと、その際、「ドイツ赤軍」は日本同様、
その1)シュライヤーと引き換えに、シュタムハイム刑務所収監の第一赤軍世代幹部ら11人の釈放
その2)身代金1500万ドル(日本赤軍は600万ドル)を要求した。
◆彼らの念頭には、日本政府がダッカ事件で、「日本赤軍」に全面降伏し、要求したのを呑み、テロリストたちを解放したニュースがあり、同じ手口を使えば、西ドイツ政府も降参するに違いないとタカをくくっていたのだ。
ところがさにあらん、当時の西ドイツ首相シュミットは、何と、社会民主党政権下の首長でありながら、「国家がテロリストに降伏しては国家は成り立たぬ。したがって、テロリスト如きに屈服するなどもっての外。交渉など一切しない」と福田首相とは全く正反対の対応をし、彼らの脅迫を撥ね付けてしまった。
逆上した彼ら赤軍テロリストたちは、ドイツ政府によりシビアなパンチを食らわすために、次なる手段として、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)の手を借り共闘することで、ハイジャック事件を起すことにした。
ルフトハンザ航空181便がスペイン・、マヨルカ島にてバカンスを満喫した休暇帰りの乗客86人と乗組員5人をのせ、帰路フランクフルトに向かっテ離陸したのは10月13日のことだった。
そのとたん、カップル2組を装って搭乗した4人組のテロリストたちによるハイジャックが発生したのだ。
◆◆この事件を知った西ドイツ政府は、巧みに時間稼ぎをしながら、密かに特殊部隊「GSG9」を現地に派遣し、絶好のチャンスを窺い、機内突入を実施、ハイジャック犯3人を射殺し(最後の一人は一命を取り止めた)、乗客全員を無事救出した。
ちなみにこのハイジャック失敗の知らせに接した第二世代「ドイツ赤軍」は、報復として、虜にしていたシュライヤー会長をた即、殺害した。
一方、政府側は収監中の「第一位世代」に対し自殺を促している???
ここで何が言いたいのか。読者は、既に理解していただけたのではないかと思う。
つまり、平和ボケ日本と、そうでないドイツのテロ処理の仕方の相違にある。
◆ドイツは、何よりも、テロリストなる敵を摘発するテクニックに長けている。
したがって、『アメとムチ』の使い分けなど朝飯前の作業も決して言いすぎではない。
そう。当時の「ムチ」は「ドイツ赤軍」の核を徹底的に破壊することにあったのだ。
具体的には、シュタムハイム刑務所に収監されていたテロの核細胞とも言うべき「第一世代」の自殺に追い詰めることで抹殺し、残りのテロリストにおいては、即、「国際テロリスト追跡チーム」を立ち上げ、お縄にする。
その後一つは、直ちに処分するようなマネはしないで、巧みに誘導し、仲間を裏切る行為を奨励する。つまり、官憲よりのスパイになることなのだが、その成功報酬を約束すれば、大半は政府の思いとおりに「落ちる」というのだ。かくして逆二重スパイとしてその能力を生かして、敵側…
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