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■「加瀬英明のコラム」メールマガジン



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 国家自立の気概、憲法修正で示せ


 北朝鮮危機が日本のうえに重くのしかかるもとで、北朝鮮によって捕われている拉致被害者を一刻も早く救い出すことが、悲願となっている。

 それなのに、その糸口を掴むことさえ、まだできないでいる。

 横田めぐみさんが北朝鮮の工作員によって攫われて、北朝鮮に拉致されたのは、1977年11月15日のことだった。すでに41年もの時が、流れている。同じ時期に、他の多くの日本国民が同じように日本国内から拉致されて、北朝鮮に捕われたままでいる。

 いったい、拉致被害者は誰の被害を蒙っているのだろうか?

 これは、テレビも新聞も、誰もいわないことだが、拉致被害者は“平和憲法”と呼ばれる日本国憲法の被害者である。なぜ、それをいう者がいないのか。

 もし、日本が1952年に対日講和条約によって独立を回復してから、数年以内に現行憲法を改正して、それぞれ日本の人口、GDP(国内総生産)が、ともに半分しかない、イギリスか、フランス程度の軍備を整えていたとすれば、みすぼらしい小国にしかすぎない北朝鮮によって、多くの日本国民が日本の国土から、拉致されるようなことはありえなかった。

 イギリスも、フランスも、国土と国民を守るために、核ミサイルを搭載した潜水艦や、航空母艦を保有している。もちろん、イギリスもフランスも全世界から、平和国家として認められている。

 いったい、多くの自国民が隣国によって拉致されても、傍観するほかない国を、「平和国家」と呼ぶことができるものだろうか?

 アメリカは日本が占領下で主権を奪われていた時に、アメリカの平和を守るために、日本人の精神の非武装化と、日本の物理的な武装解除を企てて、占領下にある国の基本法を変更することを禁じた国際法を踏み躙って、現行憲法を押しつけたのだった。そのために、占領軍は日本国民が、この憲法を自主的に制定したという嘘を強要して、体裁を繕(つくろ)った。

 現行憲法は多くの日本国民によって、“平和憲法”と誤まって呼ばれているが、日本の平和ではなく、“アメリカの平和”をはかったものである。

 現行の「日本国憲法」は、アメリカが対日占領を始めた1年2ヶ月12日後の翌年の1946年11月に公布され、その翌年5月に施行された。

 ところが、その僅か4年1ヶ月後に、まだ日本は占領下にあったが、朝鮮戦争が勃発したために、アメリカは日本を“丸腰”にしてしまったことを悔いて、慌てて警察予備隊という、疑似的な“軍隊”を創設することを、命じた。

 自衛隊、疑似国家の疑似軍隊で良いのか

 占領軍が強いた「日本国憲法」の耐用期限は、4年1ヶ月しかなかったのだ。今日、私たちは耐用年数が、68年も前に切れている自転車か、自動車に、毎日乗っているようなものであって、危険きわまりない。

 この「日本国憲法」でさえ、第1條で「国民が主権者」であることを謳って、規定している。

 主権者ということは、日本国民が日本の所有主であることを意味している。それなのに、「日本国憲法」が「戦力の保持」を禁じているために、日本国民は今日に至るまで、自らの手で国を守ることを拒んでる。

 自分の所有物を守ろうとしないのでは、とうてい主権者といえない。主権者のいない国家は、国家に価しない。

 今日の日本は、疑似国家でしかない。このような国家のありかたは、軍隊ではないとされている自衛隊に、双生児のようによく似ている。

 先の大戦が終わってから、多くの日本国民が現実を直視することを、避けるようになった。敗戦までの日本が邪しまな国家であったという、ゆわゆる東京裁判史観が、多くの国民によって信じられ、自虐史観にとらわれている。

 産経新聞のソウル駐在客員論説委員として、韓国における生活が長い、黒田勝弘氏が今日の韓国について、「韓国民の反日感情というのは、日本による朝鮮半島支配が終わった後、日本においては戦後、彼らにおいては、いわゆる解放後に形成されたものである」(『それでも私はあきらめない』黒田福美著、あとがき、WAC株式会社)と、述べている。

 日本の朝日新聞社をはじめとする、偏向左翼による自虐的な「反日」も、敗戦後に形成されたものだから、韓国を笑うことができない。

 また夏が巡ってきた。今年は異常な猛暑が続いたが、8月になると先の大戦の敗戦を回顧することが、年中行事となっている。

 だが、対米戦争と敗戦は、日本が自ら招いたものではなかった。

 これは、歴史的事実である。日本政府と軍部は開戦の直前まで、戦争を避けようとして、ひたむきな努力を傾けた。アメリカも日本と同じように、真剣に平和を求めているはずだと誤って信じたために、ルーズベルト政権が仕掛けた罠に嵌ったのだった。

 もし、異論がある読者がおいでになったら、拙著『大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか』(KKベストセラーズ)、私が編者となった『日米戦争を起こしたのは誰か・フーバー大統領回顧録を論ず』(勉誠出版)を、お読みいただきたい。

 今年は、アメリカの対日占領が終わってから、66年以上が過ぎている。

 日本の惨状、いつまで米国のせいにするのか

 それなのに、多くの保守派の人々が、アメリカの占領政策のお蔭で、日本国民が自立心を失なったといって、アメリカを批判する。

 これらの人々は、これから10年、20年、いや、30年、40年たっても、アメリカの占領政策によって、日本の国民精神が歪められてしまったと、アメリカのせいにし続けるのだろうか?

 これでは、韓国が35年にわたった日韓併合時代が終わってから、すでに73年もたったというのに、日本統治を非難することに没頭して、自立することができずにいるのと、まったく変わりがないではないか。日本がいつの間にか、“第二の韓国”となってしまったのだ。

 8月に、防衛省が28年ぶりに、自衛官の採用年齢の上限を、今年10月から6歳引き上げて、32歳にすることを発表した。少子化によって、応募者が減少しているからだというが、いま、はじまったことではない。陸上自衛隊の定員が15万人と定められているのに、2万人が欠員となっていて、13万人しかいない。

 少子化のために、全国で定員に届かない大学が多いが、このような大学の学生の質は、当然低い。自衛隊員のなかには、優秀な隊員が少なくないが、定員を満たすことができないために、全体の質と士気が低い。

 海上自衛隊も護衛艦が、定員に満たない人数で、出航している。

 東日本大震災では、予備自衛官に招集をかけたが、1パーセント以下しか招集に応じなかった。即応予備自衛官も招集に応じた者は、半分以下だった。

 そのうえ、若者が自衛隊に応募しないために、自衛隊は世界のなかで、もっとも高齢化した軍隊となっている。旧軍では陸軍の中隊長は20代だったのに、陸上自衛隊では40代末か、50歳が珍しくない。

 予算がないので、必要な装備も足りない。

 これも、憲法に自衛隊の存在が書かれていないからだ。

 国防意識回復のため憲法に自衛隊明記を

 国民が国防意識を回復するために、1日も早く憲法第9条に自衛隊を保有することを、書き加えなければならない。

 これは全面的に改定するのではないから、「憲法改正」というより、「憲法修正」と呼ぶべきだ。

 「親中」「媚中」が、戦後の日本の歩みを大きく狂わせた。

 1972年に田中角栄内閣のもとで、日中国交正常化性急に行われた時に、私は『文藝春秋』『諸君』の誌上で、中国は信頼できないといって、強く反対した。日本が、日中国交正常化を煽り立てる新聞世論によって、押し流されていた。

 いま、もはや「日中友好」を唱える声がきかれなくなったというのに、「子々孫々に至る日中友好」を叫んでいた大新聞から、反省の声がきかれない。

 そのかたわら、いまだに議憲派が国論を2分する力を持っている。

 憲政民主党は“憲法解釈”による、「専守防衛」を堅持すべきことを主張しているが、敵軍が日本国土に上陸するか、航空機、ミサイルが国土の上に飛来するまで、迎え撃ってはならないと説いているから、大戦末期に「一億総特攻」「本土決戦」を呼号した、狂信的な旧軍将官の再来でしかない。
 だが、枝野幸男氏をはじめとする議憲派が、そこまで常規を逸しているはずがない。

 議憲派は、どのような状況のもとでも、アメリカ軍が「子々孫々」に至るまで、日本をしっかりと守ってくれると信じて、疑わないのだろう。

 日本国憲法は、アメリカ軍の保護なしに、成り立たない。

 議憲主義は自立心を捨てて、アメリカへの甘えを表わしたものでしかない。「日本国憲法」は独立国としての誇りと、自立心を捨てた国民でなければ、憲法として戴くことができない欠陥法だ。

 議憲派は、“媚米派”である。中国であれ、アメリカであれ、外国に媚びるのは、恥しい。媚びるほど、卑しいことはない。

 このままでは、国家の存在を危ふくする。