■「加瀬英明のコラム」メールマガジン
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日本の英霊が残した 人種平等の道標
5月に、イギリスのヘンリー王子と、アメリカ人女優のメーガン・マークルさんの華麗な結婚式典が、ウィンザー城の教会において行われた。
イギリス王室はウィンザー家と呼ばれるが、ウィンザー城は王家の居城である。
この日は、よく晴れていた。ヘンリー王子とメーガンさんは、荘重なイギリス国歌が吹奏されるなかを、銀の輝く胸冑をつけた龍騎兵を従えた、お伽噺のような馬車に乗って、教会へ向かった。
私はこの光景をテレビで観て、深く感動した。すると、不用意に胸が熱くなって、目頭が潤んだ。
華燭の式典では、アメリカ聖公会の黒人主教が、説教壇から黒人訛りの英語で、愛について熱弁を振った。
私はアメリカ黒人女性の聖歌隊が、黒人霊歌の『スタンド・バイ・ミー』(イエスとともに歩め)を合唱した時に、涙が頬にこぼれた。シャツの袖口で拭った。
メーガン妃は、アフリカ系黒人だ。アメリカ黒人の母と、白人の父のあいだに生まれた。
いまでも、白人社会では、黒人の血が少しでも混じっていれば、「黒人(ブラック)」と呼ばれる。オバマ前大統領は、父親が黒人、母親が白人だったが、黒人として扱われている。
私はキリスト教徒ではないが、アメリカに留学した時に、黒人社会に関心があったので、何回か日曜日に、黒人街の教会を訪れて、ミサに参加した。
ミサでは、黒人霊歌(ゴスペル)の『スタンド・バイ・ミー』が、かならず歌われた。
ウィンザー城の教会で、エリザベス女王、フィリップ殿下、チャールズ皇太子をはじめとする、盛装した王族を前にして、何と、アメリカから招かれた黒人の聖歌隊が、この黒人霊歌を合唱したのだ。
『スタンド・バイ・ミー』は、黒人たちがアフリカから奴隷として拉致されて、筆舌に盡せない逆境を強いられた日々に、うたった歌だった。
イギリスの王子が黒人と結婚するのは、王室の長い歴史ではじめてのことだった。3、40年前には、考えられなかったことだった。
これも先の大戦において、日本が国をあげて勇戦し、大きな犠牲に耐えて、アジアを、欧米の数百年にわたった苛酷な植民地支配から、まず解放し、その高波がアフリカ大陸を洗って、アフリカの諸民も解放されて独立していった結果として、人類の歴史の果てに、はじめて人種平等の世界が招き寄せられたためだった。
アジアの民を解放するために、酷暑酷寒の広大な戦場に散華した英霊が、天上からウィンザー城の光景を眺めて、きっと嘉納されたにちがいないと、思った。
私は幼年期を大戦前のロンドンで、過した。バッキンガム宮殿や、ロンドン近郊に親しんできた。私にとってイギリスは、“第二の母国”である。
日本大使館員の子だったから、周辺や、イギリス人の友だちから、差別を受けることは、なかった。日本はアジア・アフリカの有色人種のなかで、唯一つの一等国だった。
アメリカでは第2次大戦後も、国内で黒人に対する、理不尽な差別が続いた。
ところが、独立したアフリカ諸国の外交官が、それまで黒人が立ち入れなかったホテルや、レストランなどに自由に出入りするのを見て、黒人による公民権運動が起った。
1960年代に、マーティン・ルーサー・キング師が率いる公民権運動が、ついに実を結び、アメリカ黒人に対する法的な差別が全米にわたって撤廃されて、今日に至っている。
日本は矢弾尽きて、73年前に鉾を収めたが、人種解放を求めた大東亜戦争は、終わらなかった。アジア・アフリカの民や、アメリカの黒人たちが戦いを続けて、今日の人種平等の世界が実現したのだった。









