NEC_2509.jpg




◆特別コラム
『なぜ幕末維新の志士たちは20代で大軍を指揮できたのか?』



私は歴史が好きだ。
とくに幕末維新の時代がワクワクさせて、そのときの関連文献をよく読む。
そこで、ふと疑問に思うことがある。
その時代に活躍した志士たちは、わずか20代で指揮官として、大軍を率いている場合が多い。
なぜ彼らは、若いにもかかわらず幕府を倒すために、戊辰戦争などで、多くの部隊や大軍を統率することができたのか考えてみたい。


一つは、武士の早期教育が背景にあるのではないか。
下級武士出身が多いといわれる志士たちは、身分は低くてもそれぞれの藩で、武士になるための基礎的な学問や鍛錬を徹底的に仕込まれる。


たとえば江戸時代の薩摩藩には郷中教育というものがあった。
小さい頃から、年長者と一緒にグループをつくり、そこで団体行動の大切さを教わり学ぶ。
先輩からこういう場合はどう対処すべきか、問題を出され、それについて考え即答しなければならない。
常に頭の中でシュミレーションをさせられる。
そういったことを繰り返し、薩摩武士の心構えを身をもって学ぶ。


郷中教育の掟は「負けるな、嘘をつくな、弱い者いじめするな」ということになる。
これを年少の頃から叩き込まれる。
そしてこの郷中教育の聖典といえるのが、『島津いろは歌』である。
この歌は「いろはにほへと」を頭文字にして、短歌が連なり、人としての行い、上に立つものの心得、人間関係の作り方、武士のあるべき姿を歌っている。


これを作ったのは島津忠良であり、島津義弘の祖父である。
忠良は島津家中興の祖といわれ、これまでの人生経験や身を持って学んだ知恵を47首の歌にした。
薩摩の武士たちは子どもの頃からこれを繰り返し暗唱して、武士としての振る舞いを身につけた。


近年、暗唱の大切さがふたたび見直されている。
一見、無意味に思われてきた、繰り返し文章を音読する勉強法は、今の時代にも十分通用する。
古典や漢籍を意味もわからず暗唱することで脳を鍛えた武士たちは、明治時代になり外国語の習得に大いに役立った。
ドイツ留学組の人々は、ドイツ語の難しい文法を暗記するのに、漢文の素読で養われた記憶力が活用できた。


森林学者の本多静六はドイツ留学において、ドイツ語の難しい財政学の本を丸暗記して、博士号試験に合格している。
これは小さい頃から古典学習が生かされた。
明治時代の話である。


多くの偉人たちは早期教育を受けている。
詩人のゲーテは8歳でギリシャ語、ラテン語、イタリア語、フランス語、ドイツ語ができたという。
早教育の賜物である。


ドイツの法学者カール・ヴィッテも早い時期からの教育の大切さを唱えている。
ヴィッテ自身、父親から早期教育を受けた。
ちなみにその父親は大金持ちでも、貴族でもなく、田舎の一教育者であった。


ヴィッテは父からの教育により、ゲーテのように8歳でギリシャ語、英語、ラテン語、イタリア語、フランス語、ドイツ語ができるようになった。
そしてなんと数学、化学、物理学、生物学などを一通り理解し、9歳でライプツィッヒ大学の入学試験に合格したのだった。


ヴィッテはこういった能力について、遺伝や持って生まれたものではなく、明らかに親の早期教育のおかげだと言っている。
ちなみに彼は1814年に14歳で哲学博士を授与されている。


ヴィッテの父親は無理やり勉強をさせたようではなく、毎日お話を聞かせたようだ。
小さい子どもはお話が好きだし、大切なことだ。
またヴィッテが興味を引くように、家の器具や食べ物、体の部分、庭にある草木の名前などを教えた。
そのようなことを続けながら、3歳から読書に進んだ。
子供が興味をもったときにはじめて絵本を教え始めた。


また同時期に父親はヴィッテを連れて、1、2時間の散歩を行った。
絶え間なく話をしながら歩いたようだ。
道に咲いている植物をとって、父親が説明して、また父自身が知らないときは「分からない」ということをちゃっと言って、2人で本を調べたり、図書館に出向いて一緒に研究したのだった。
ヴィッテの父は、頭でっかちな子どもに育てようとはせず、体育と徳育と知育をすべてバランスよく重視して育てた。
そのため、文学なども教え、ヴィッテも有名な詩は記憶していた。


ちなみにヴィッテのように穏やかではないが、長州藩の吉田松陰も早期教育を受けた。
こちらは武士として兵学者としての教育であったから、スパルタ教育といえよう。
松陰は叔父の玉木文之進に付いて学んだが、これがまた厳しかった。
勉強に対する心構え、本の読み方などやかましく言われた。
これは兵学者として、殿様のため、藩のため、国のためという使命があったため、学ぶほうも教えるほうも命がけである。


いろいろ幕末維新のころの文献を調べると、そのころ名を上げたサムライたちは、吉田松陰のように激しく学んだようだ。
現に、松陰がつくった松下村塾では、わずか2年半の間に多くの志士や国のリーダーを育てた。
そこでは松陰がたんにレクチャーするだけの教育ではなく、テーマについて積極的に皆で討論して、対話するものだった。

ちなみに幕府側の大物サムライ、勝海舟の勉強力も凄まじかった。
オランダ語の字引を全58巻を2組写筆した。
また勝はその勉強力に加えて、剣術と禅修行を徹底的にやった。
剣と禅をやることで度胸がついた。
いろいろな刺客に狙われたようだが、全然びくともしなかった。
彼は超天才的な頭脳を持ちながら、剣と禅により最高レベルの胆力を持っていたことになる。
リーダーとしては最強である。


吉田松陰の教えを受けた高杉晋作も幼い頃からサムライ教育により、難しい漢文などをスラスラと20代で書いている。
晋作はどんなにたくさんの書物を読んでも、どんな勉強しても、忠義や孝行を知識として知っていても、行動しなければ何の意味もないことを知り抜いていた。
そのため、若いときから遊び回り、乱暴をしながらも、疾風迅雷の行動力を持っていた。
この勇断果断の決断力は、幼い頃からのやんちゃ精神で鍛え抜かれた胆力に他ならない。
小さい頃からの修羅場経験と早期の教育は、偉大なリーダーへの大切な第一歩といえる。





★木村久一『早教育と天才』
の詳細,amazon購入はこちら↓

http://amzn.to/ZRqAhT





____________________________________
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

公式ブログ『国際インテリジェンス機密ファイル』

http://ameblo.jp/jyoho2040/





【発行】国際インテリジェンス研究所

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

◎このメルマガに返信すると発行者さんにメッセージを届けられます
※発行者さんに届く内容は、メッセージ、メールアドレスです

◎国際インテリジェンス機密ファイル のバックナンバーはこちら
⇒ http://bn.mobile.mag2.com/bodyView.do?magId=0000258752&l=byb0cf6024

◎国際インテリジェンス機密ファイル の配信停止はこちら
⇒ http://mobile.mag2.com/mm/0000258752.html?l=byb0cf6024