◆木村久一『早教育と天才』を読み解く
※要旨
・ドイツの法学者カール・ヴィッテは、早期教育を受けた。
ヴィッテの父は、一田舎牧師に過ぎなかったが、非常に創見に富んだ驚くべき人であった。
しかし、彼の意見のうちで、最も驚嘆に値するものは教育論であった。
・彼が、どうしてこういう結論に達したかよく知らないが、彼は自分の子供が生まれないうちから、子供は赤子の時から教育しなければならない。
すなわち、彼の言葉を用いて言えば、子どもの教育は子どもの知力の曙光と共に始めなければならない。
そう教育すれば、たいていな子供は非凡な人になるという確信を抱いていた。
・ヴィッテは父からので教育により、8歳でドイツ語、フランス語、イタリア語、ラテン語、英語およびギリシャ語の6ヶ国語が自由にできた。
また動物学、植物学、物理学、化学、特に数学が非常にできた。
その結果、9歳の年、ライプツィッヒ大学の入学試験に合格。
1814年、14歳で数学上の論文によって哲学博士の学位を授けられた。
16歳で法学博士の学位を授けられ、ベルリン大学の法学教授に任命された。
・詩人ゲーテも早教育を受けた人で、彼は8歳でドイツ、フランス、イタリア、ラテン及びギリシャ語の読み書きができた。
また、23歳で蔵相となり、24歳で首相となり、国務多難の際、母国を背負って立ったピットも早教育を受けた人である。
・ヴィッテの父母は、幼いヴィッテを抱きながら、食卓上の器具や食物や、体の部分、着物の部分や、室内の器具や品物や、家屋の部分や、庭園の草木や、その部分など、少々でもヴィッテの注意をひくすべての物の名前を教えた。
こうして少し話がわかるようになると、父母は毎日、彼にお話をして聞かせた。
幼い子供には、お話ほど大切なものはない。
・ヴィッテの父は、ヴィッテに3歳ごろから読書を教えた。
しかし、それは決して無理に教えたのではなかった。
彼は必ず、子供が興味を起こすようにし向ける。
そして子供が興味を起こせば、その時はじめて教え始めるのだ。
まず、子供向きの絵や絵本を買ってきて、それについて興味を抱かせる。
・ヴィッテが3歳になると、父は毎日彼を連れて、必ず1,2時間ずつ散歩した。
しかしその散歩は、ただぶらぶら歩くのではなく、絶えず話をしながら歩くのである。
たとえば野花を摘んでそれを解剖し、これは何それと説明して聞かせる。
また自分の知らないことを尋ねられたときは、「これはお父さんも知らない」と正直に答えて、2人で書物を見るとか、図書館に行き、一緒に研究した。
・地理の研究は次のようにした。
2人で散歩に行って、略図に道路や森や川などを書き入れ、近隣の地図を完成した。
次に本屋でこの地方の地図を買い、自分たちの地図と比べ、訂正した。
・ヴィッテの父の教育の理想は、身体においても精神においても、円満な人を造ることであった。
だから彼は知育徳育体育をすべて重んじた。
またヴィッテの文学趣味を養うことを忘れなかった。
その結果、ヴィッテは非常な文学通になり、有名な詩はたいてい暗記した。
・門前の小僧は習わずしてよく経を読むというが、音楽家の子は音楽家になりやすく、学者の子は学者になりやすい。
これは家庭で見まね聞きまねするからである。
・子供の教育に利用して、お話ほど効果のあるものは少ない。
お話は子供の記憶を良くし、想像を刺激し、その知見を広くする。
・子供はすべて「ごっこ」を好むものであるが、これは子供の知能を発達させるのに、非常に効果があるものであるから、さかんにやらせるとよい。
※コメント
最初から天才の子供はいない。
みないろんな勉強、経験、教育などにより天才になるのだ。
勉強をはじめるのに遅すぎることもないし、早すぎることもない。
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