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平成30年4月1日発行 vol.540
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斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」
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リアリティなき御代替わり。日本人は変わった!?
──式典準備委員会決定「基本方針」の「案の定」
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3月半ばにまとめられると伝えられていた陛下の退位(譲位)等に関する政府の基本方針が、半月遅れでようやく発表されました。3月に開かれる予定とされていた第3回式典準備委員会は、ギリギリの30日金曜日に開かれました。朝の7時45分から、という慌ただしさでした。
森友騒動の対応に追われ、官邸は退位どころではなかったということでしょうか。御代替わりは国家の最重要案件であり、したがって、その検討は「静かな環境」で進められることが重要だと何度も強調されてきたはずですが、現実は正反対です。
▽1 名ばかりの伝統尊重
しかも、委員会が決定した基本方針の中身は案の定というべきもので、「皇室の伝統の尊重」は名ばかりです。
公表された資料によると、平成の御代替わりの考え方、内容が基本的に踏襲されます。事務は、式典委員会(内閣)および式典準備連絡本部(内閣府)が統括します。「退位の礼」と剣璽渡御の儀(剣璽等承継の儀)は分離して行われ、践祚(即位)後朝見の儀は「剣璽等承継の儀後、同日に」行われます。
つまり、悪しき先例が踏襲され、かつての大礼使のような特別組織は設置されません。「譲位即践祚」が儀式の上で表現されることはなく、3日間におよぶ賢所の儀のあとに朝見の儀が行われるという昭和、平成までの方式は破られることになります。天皇第一のお務めとされてきた祭祀については、政府は関知しないという頑なな姿勢が現れています。
長期保守政権下において、このような非宗教主義、非伝統主義が採用されることは何にもまして、事態の深刻さを示しています。
125代続く「祭り主」天皇の考え方は顧みられず、日本国憲法を最高法規とし、とりわけ政教分離原則を厳守する、1・5代象徴天皇論に基づく御代替わりの方式が確定することになります。次の次の御代替わりも、そのまた次もこの形式が続くことでしょう。
唯一の救いは、御代替わりに伴う祭祀が皇室行事とされるため、政治的な介入、干渉、圧迫を受けずに済むことですが、私の目には敗北主義としか映りません。
守られるのは、宗教性があるとされ、「国家神道」のカゲがちらつく天皇の祭祀であり、米と粟による国民統合儀礼ではなく、稲の祭りとされる大嘗祭だからです。無理解はいっこうに正されず、「およそ禁中の作法は神事を先にし、他事を後にす」(順徳天皇「禁秘抄」)と歴代天皇が信じ、実践された皇室の歴史と伝統への偏見を是認するものだからです。
▽2 生々しさを失った天皇意識
なぜそうなるのか、結局のところ、およそこの半世紀の間に、日本人が変わってしまったということではないでしょうか。
メディアは「憲法の理念に忠実に」と訴え、式典準備委員会に呼ばれた有識者は1人として天皇の祭祀に言及せず、それどころか、憲法の理念に反する宗教性の否定を要求しています。他方、「祭祀重視」を訴える国民の声がとくに聞こえてくるわけでもありません。
天皇の祭祀は、宗教関係者は別にして、国民にとってはリアリティを失っています。日本人の天皇意識から生々しさが消えてしまっています。
かつて日本人の天皇意識は、皇室が建築技術や養蚕・機織りなどを教えてくださったというような古代に連なる祖先の記憶や郷土の物語とともに、暮らしに密着したものでした。その名残を留める神社が各地に残されていますが、いまや現代人にとって、郷土や祖先とのつながりは、きわめて希薄です。
現代の日本人にとって、天皇とは憲法上の抽象的で観念的な存在です。生々しいリアリティは新たに創造されたのであり、今上陛下が皇后陛下とともに、国民と親しく交わられる、憲法の規定にもない、地方行幸やご訪問、お見舞いなどによるものです。陛下が「全身全霊で」ご公務に打ち込んでこられた結果、天皇意識に現実感が与えられたのです。
そのことは逆に、現代日本人の天皇観がバーチャルで不安定であることの何よりの証拠ともなります。
大正時代、明治神宮創建の指揮を執った伊東忠太は、モダンな時代にふさわしい斬新な建築様式を望む革新的な意見に抗して、日本人の精神はいささかも変わっていないと反論し、流れ造による伝統形式の社殿が建てられました。
しかし、いまの時代はどうでしょうか。側近中の側近までが天皇の祭祀を敬遠し、歴史にない女系継承容認=「女性宮家」創設を推進し、宮中祭祀=「皇室の私事」論を各地で講演して回り、そして今日の事態を招いたのです。
日本人が変わってしまったのだとして、あらためて考えていただけないものでしょうか。私たちの祖先が編み出した、価値多元主義に基づく、天皇を祭り主とする国家制度は、世界的に争いの絶えない現代において、価値の低い過去の遺物というべきものなのかどうか。
◇ 筆者のプロフィール ◇
斎藤吉久(さいとう・よしひさ) 昭和31年、第32代崇峻天皇の后・小手姫(おてひめ)が里人に養蚕と機織りを教えたとの物語が伝えられる福島県・小手郷(おてごう)に生まれる。子供のころ遊んだ女神川は姫の故事に由来する。弘前大学、学習院大学を卒業後、総合情報誌編集記者、宗教専門紙編集長代行などを経て、現在はフリー。著書に『天皇の祭りはなぜ簡略化されたか』など。過去の発表記事は斎藤吉久のブログで読める。「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦(あしづ・うずひこ)の「没後の門人」といわれる
━━━━━━━━━━━━《《《著書紹介》》》━━━━━━━━━━━━━
『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか─宮中祭祀の危機─』 斎藤吉久著
定価(1700円+税)
天皇ご在位20年、ふたたび宮中祭祀の破壊が始まった!政教分離の名のもとに側近らが祭祀を破壊してきた知られざる歴史を検証しながら、たったお一人で祭祀を守ろうとされた昭和天皇と今上陛下のご心情に迫る。http://www.namiki-shobo.co.jp/
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森友騒動の対応に追われ、官邸は退位どころではなかったということでしょうか。御代替わりは国家の最重要案件であり、したがって、その検討は「静かな環境」で進められることが重要だと何度も強調されてきたはずですが、現実は正反対です。
▽1 名ばかりの伝統尊重
しかも、委員会が決定した基本方針の中身は案の定というべきもので、「皇室の伝統の尊重」は名ばかりです。
公表された資料によると、平成の御代替わりの考え方、内容が基本的に踏襲されます。事務は、式典委員会(内閣)および式典準備連絡本部(内閣府)が統括します。「退位の礼」と剣璽渡御の儀(剣璽等承継の儀)は分離して行われ、践祚(即位)後朝見の儀は「剣璽等承継の儀後、同日に」行われます。
つまり、悪しき先例が踏襲され、かつての大礼使のような特別組織は設置されません。「譲位即践祚」が儀式の上で表現されることはなく、3日間におよぶ賢所の儀のあとに朝見の儀が行われるという昭和、平成までの方式は破られることになります。天皇第一のお務めとされてきた祭祀については、政府は関知しないという頑なな姿勢が現れています。
長期保守政権下において、このような非宗教主義、非伝統主義が採用されることは何にもまして、事態の深刻さを示しています。
125代続く「祭り主」天皇の考え方は顧みられず、日本国憲法を最高法規とし、とりわけ政教分離原則を厳守する、1・5代象徴天皇論に基づく御代替わりの方式が確定することになります。次の次の御代替わりも、そのまた次もこの形式が続くことでしょう。
唯一の救いは、御代替わりに伴う祭祀が皇室行事とされるため、政治的な介入、干渉、圧迫を受けずに済むことですが、私の目には敗北主義としか映りません。
守られるのは、宗教性があるとされ、「国家神道」のカゲがちらつく天皇の祭祀であり、米と粟による国民統合儀礼ではなく、稲の祭りとされる大嘗祭だからです。無理解はいっこうに正されず、「およそ禁中の作法は神事を先にし、他事を後にす」(順徳天皇「禁秘抄」)と歴代天皇が信じ、実践された皇室の歴史と伝統への偏見を是認するものだからです。
▽2 生々しさを失った天皇意識
なぜそうなるのか、結局のところ、およそこの半世紀の間に、日本人が変わってしまったということではないでしょうか。
メディアは「憲法の理念に忠実に」と訴え、式典準備委員会に呼ばれた有識者は1人として天皇の祭祀に言及せず、それどころか、憲法の理念に反する宗教性の否定を要求しています。他方、「祭祀重視」を訴える国民の声がとくに聞こえてくるわけでもありません。
天皇の祭祀は、宗教関係者は別にして、国民にとってはリアリティを失っています。日本人の天皇意識から生々しさが消えてしまっています。
かつて日本人の天皇意識は、皇室が建築技術や養蚕・機織りなどを教えてくださったというような古代に連なる祖先の記憶や郷土の物語とともに、暮らしに密着したものでした。その名残を留める神社が各地に残されていますが、いまや現代人にとって、郷土や祖先とのつながりは、きわめて希薄です。
現代の日本人にとって、天皇とは憲法上の抽象的で観念的な存在です。生々しいリアリティは新たに創造されたのであり、今上陛下が皇后陛下とともに、国民と親しく交わられる、憲法の規定にもない、地方行幸やご訪問、お見舞いなどによるものです。陛下が「全身全霊で」ご公務に打ち込んでこられた結果、天皇意識に現実感が与えられたのです。
そのことは逆に、現代日本人の天皇観がバーチャルで不安定であることの何よりの証拠ともなります。
大正時代、明治神宮創建の指揮を執った伊東忠太は、モダンな時代にふさわしい斬新な建築様式を望む革新的な意見に抗して、日本人の精神はいささかも変わっていないと反論し、流れ造による伝統形式の社殿が建てられました。
しかし、いまの時代はどうでしょうか。側近中の側近までが天皇の祭祀を敬遠し、歴史にない女系継承容認=「女性宮家」創設を推進し、宮中祭祀=「皇室の私事」論を各地で講演して回り、そして今日の事態を招いたのです。
日本人が変わってしまったのだとして、あらためて考えていただけないものでしょうか。私たちの祖先が編み出した、価値多元主義に基づく、天皇を祭り主とする国家制度は、世界的に争いの絶えない現代において、価値の低い過去の遺物というべきものなのかどうか。
◇ 筆者のプロフィール ◇
斎藤吉久(さいとう・よしひさ) 昭和31年、第32代崇峻天皇の后・小手姫(おてひめ)が里人に養蚕と機織りを教えたとの物語が伝えられる福島県・小手郷(おてごう)に生まれる。子供のころ遊んだ女神川は姫の故事に由来する。弘前大学、学習院大学を卒業後、総合情報誌編集記者、宗教専門紙編集長代行などを経て、現在はフリー。著書に『天皇の祭りはなぜ簡略化されたか』など。過去の発表記事は斎藤吉久のブログで読める。「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦(あしづ・うずひこ)の「没後の門人」といわれる
━━━━━━━━━━━━《《《著書紹介》》》━━━━━━━━━━━━━
『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか─宮中祭祀の危機─』 斎藤吉久著
定価(1700円+税)
天皇ご在位20年、ふたたび宮中祭祀の破壊が始まった!政教分離の名のもとに側近らが祭祀を破壊してきた知られざる歴史を検証しながら、たったお一人で祭祀を守ろうとされた昭和天皇と今上陛下のご心情に迫る。http://www.namiki-shobo.co.jp/
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