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■「加瀬英明のコラム」メールマガジン



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 政治利用された平昌オリンピック“平和”の意味するものとは?


 北朝鮮がピョンチャン・オリンピック大会で、世界の注目を浴びたことによって、金メダルを攫った。

 本来、オリンピックの政治利用は、固く禁じられているはずだが、かつてオリンピックをいっぱいにまで政治目的に使ったのは、ヒトラーのナチス・ドイツだった。

 今日まで、オリンピックのシンボルとなっている“聖火リレー”は、1936年のベルリン大会に当たって、ナチスの宣伝省が考案したものだった。

 1980年に、ブレジネフ書記長のソ連がモスクワ大会を主催したが、前年、ソ連軍がアフガニスタンに侵攻したために、西側諸国や、日本がボイコットした。

 2008年の北京大会も、中国の全体主義体制を宣伝するために行われたが、世界は中国がチベット、新疆ウィグル、内モンゴルを侵略して支配していることに、目を瞑った。

 もし、オリンピックが『平和の祭典』であるのならば、平和愛好国のみが参加することを、許されるべきであろう。

 北朝鮮は、核兵器とさまざまなミサイルを開発して、アメリカ、日本、韓国に露骨な威嚇を加えているのにかかわらず、ピョンチャン・オリンピック大会に、選手、美女応援団を派遣することを許され、韓国の文在寅大統領が北朝鮮の最高位の代表たちを招いて、手厚く歓待した。

 安倍首相が国内の一部の反対を押し切って、開会式に出席したのは、正解だった。日本にとって韓国は日本に甘えてばかりいる、出来の悪い弟であるが、弟の慶事に当たっては、兄が参加するのは当然のことだ。兄の言い分をはっきりと伝えたのは、有益だった。

 それにしても、北朝鮮による拉致問題は、解決の糸口も掴むことができないでいる。

 安倍政権の「無策」を非難する声も、あがっている。

 それだったら、いったいどのような方策を講じたら、よいのだろうか。

 拉致問題は、建国以来犯罪的な「ならず者国家」であってきた、北朝鮮の責任である。

 もう一つ、日本でまったく論じられないことがある。

 拉致被害者たちは、日本国憲法の犠牲者である。

 もし日本が講和条約によって、独立を回復してから、マッカーサー憲法を十数年以内に改正して、イギリスか、フランス並みの軍事力を持っていたとしたら、北朝鮮のようにみすぼらしい小国によって侮られて、多くの日本国民が国内から次々と拉致されることは、ありえなかったことだ。

 イギリスとフランスは、GDPがそれぞれ日本の半分しかないが、航空母艦も、核ミサイルを搭載した原子力潜水艦も、保有している。両国は「専守防衛」といった、阿呆らしい寝言をいっていないが、誰もが平和愛好国だと認めている。

 オリンピックが、けっして「平和の祭典」ではないことは、誰の目にも明らかだ。

 多くの日本国民が日本国憲法を、「平和憲法」と呼んでいる。だが、自国の国民がそのために国内から拉致されても、「平和憲法」と呼び続けることができるのだろうか。

 拉致被害者が日本国憲法の被害者だということに、目を覚ますべきだ。

 このままゆけば、全国民がこの憲法の犠牲者になりかねない。