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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018年)3月7日(水曜日)
通巻第5626号 <前日発行>
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EUのグローバリスト官僚は顔面蒼白
イタリアで左翼政党が惨敗、保守系三党が大躍進
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3月5日のイタリア総選挙。予測に反して左翼の大惨敗となった。
中道右派「同盟」と、ベルルスコーニ前首相率いる「フォルツァ・イタリア」。そして保守系の「五つ星運動」の三党が大躍進を遂げた。
ベルルスコーニ前首相は有罪判決がでていて議席がないため、首相復帰はないが、「闇将軍」として、嘗ての田中角栄のような政治力を舞台裏で発揮するだろう。
欧米のリベラル派のメディアはイタリアに「極右」政権が誕生するなどとし、その翻訳機械でしかない日本の新聞も極右極右と騒いでいる。価値観の錯綜である。
保守系を「極右」呼ばわりしたいのなら、リベラルをなぜ「極左」と書かないのだろう?
言葉の印象操作いがいの何物でもない。
イタリアにおける「反移民」「反EU」。そして「ユーロ脱退」を言う「同盟」や、既存政治家を批判した「五つ星運動」の躍進ぶりに、イタリア左翼よりも青ざめたのはブラッセルにつどう「統合裨益派」とも言われるEU官僚らである。グローバリストの巣窟でもあるEU本部は、伊太利亜経済をしてギリシアより劣悪などと批判してきた。
先週、筆者はブラッセルでEU本部、EU議会を見に行ったが、この地区一帯がインタナショナルビレッジのごとく、官僚週に溢れ、鼻持ちならないエリート風のEU職員らが我が物顔に町を闊歩していた。
ところがベルギー市民の多くは「税金泥棒」と、彼らのことを嫌っているのである。理想を掲げて、自国利益を犠牲にしても統合を維持し、異教徒の移民にも寛大であることは歴史の長いイタリア文化を破壊する怖れがあるのに、それを「文化多元主義」などと綺麗事に酔って、政治の方向性を誤らせたと、多くが認識しているようなのだ。
かくしてイタリアでも、ポーランド、ハンガリー、オランダ、スペイン、オーストリアに続いて保守政権が回復する。フランスとドイツでも、グローバリスト批判と移民に反対する国民の声が日々強くなっている。
こうなるとユーロ解体の射程が見えてきた。
◎▽□み◇◎◎や◎▽◇ざ◎□◇き□◇◎
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(休刊のお知らせ)地方講演旅行のため3月9日から11日まで休刊します。
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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西部邁の功績は「保守」を論壇にまがりなりにも復権させたことと
福沢諭吉を左翼陣営から奪い返して正しく評価し直したことである
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西部邁『福沢諭吉 ――その報国心と武士道』(中公文庫)
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西部邁氏の功績のひとつに福沢諭吉を明治維新前後の時代状況と思想的背景を念頭にいれながら正当に評価し直し、左翼のご都合主義による自由、合理主義の魁的思想家という歪曲されたものではなく諭吉は武士道精神に立脚した立派な愛国者であったこと、つまり諭吉を左翼のシンボルから正統な地位に取り返したことである。
しかし、諭吉がなぜかくも長きにわたって近代知識人の間に誤解されてきたかを西部は「おそらく近現代における知識人の夥しい迷妄や甚だしい怯懦」にあるとみた(中央文庫への「あとがき」より)
その筆頭として西部は丸山真男をあげて批判する。
評者(宮崎)はかねてから口癖のように「丸山真男は正真正銘の莫迦」と言ってきたし、また「読むに値せず」とも批判してきた。「それでも読むべきですよ」と言って筑摩新書の丸山本を薦めてくれた友人がいた。仕方なく一冊購ってみたが、三ページも読まないで放り投げた。
とくに西部邁が丸山真男を批判した文章の語彙はじつに激しいのである。
「戦後知識人の代表格と目されているこの人物の諭吉論も、私のみるところ、濃い色眼鏡で、しかも左眼だけでみた諭吉像に過ぎない。要するに、いわゆる進歩的文化人を正当化するのに都合の良い部分を際立たせ、都合の悪い部分については牽強付会といってさしつかえないような解釈をほどこす」(西部邁『福沢諭吉』、中公文庫。11p)
「一面的な評価だと言わざるを得ない(中略)丸山の諭吉評は丸山自身のせせこましい合理主義を投影したものにすぎない」(27p)
「多事争論」とか「万事試験の世の中」と諭吉は『文明論の概略』のなかに書いたが、丸山はこれを「アナーキズムの匂いを嗅ぐことになるのだが、そんなのは諭吉の秩序観に対する言語道断の解釈である」「丸山の願望から出てきた妄想にすぎない」(128p)
諭吉の不幸は言葉の一人歩き、とりわけデビュー作で確立してしまった西洋文明の紹介者というイメージと「天は人の上に人をつくらず」と宣した平等主義が民主の魁というあやまったイメージになる。
福沢はたしかに「平等」を唱ったが、機会均等の尊重を言ったのであり、結果は不平等になるとも、ちゃんと明示している。
「門閥制度は親の敵」とも、諭吉は書いた。
自由平等博愛を訴えた西側の動きに同調し、日本の文明的遅れを嘆いたかに見えるし、晩年の脱亜論にいたって、朝鮮、シナを悪ともとしたのだから、帝国主義への変節という、軽率な分析が世にはびこった。
西部は、諭吉の書いた文章を仔細に、精密に検討し、誤解の元凶となったとことばの源泉、原文をたどりながら、諭吉が重んじたのは、じつは武士道にあった。諭吉は愛国心を狂信的に訴えなかったが、書いていることを熟読玩味すれば、諭吉のパトリアティズム(愛国心)の源泉が報国心にあることを重ねて発見したのである。
だから西部邁氏はこう強調した。
「わたしが武士道というのは、山本常朝が『葉隠』でいった意味においてである。つまり『武士道といふは、死ぬことと見つけたり」というのを「人間一生誠にわづかの事なり。好いたことをして暮らすべきなり」というのとの二つの方向のあいだでバランスをとる行き方のことだ。その平衡点は『自分のもっとも好きなことは死を恐れずに最高の義に尽くすこと、そしてその最高義をみつけるために、(常朝に従って謂えば)他者との談合に丹念に取り組むこと以外にはありえない。諭吉の人生はおおよそそのような形で進んだ」
また武士道を諭吉の次の行動にもみた。
「鮮明に諭吉の士魂の在り処を示しているが『痩せ我慢の説』であろう」と西部は改める。
同文は「立国は私なり、公にあらざるなり」で始まるが、「敵に対して固より勝算なき場合にても、千辛万苦、力のあらん限りを尽くし、いよいよ勝敗の極に至りて初めて和を講ずるか若しくは死を決するは立国の公道にして、国民が国に報ずるの義務」。
このような方向に背を向けて生きた勝海舟を、榎本武揚を福沢諭吉は批判してやまず、とくに二人にの晩節の行き方に疑問符を提示して、こう謂うのだ。
「浮き世の栄辱を外にして片山里に引き籠もり静かに余生を送る」べきではなかったのか、と。
まさにこの諭吉の武士道に万感の共感を示したことにあらわれるように、古来よりの日本的な武士道的行き方こそが、西部が目指したアクティブ・ニヒリズムの極意ではなかったのか。
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)トランプ大統領が中国からの鉄鋼とアルミ製品に15%前後の関税をかけると発言するや、ウォール街も兜町の株価は大下落を演じました。
新聞が杞憂するように、貿易戦争は世界的規模で経済の停滞を招くと予測していますが、この点、如何でしょう。
(BJ生、川崎市)
(宮崎正弘のコメント)一時的な下落に留まり、6日には反転し始めています。米国にとって対中鉄鋼輸入は全体の2%、微々たる額であり、誇大に報道するメディアは自分たちが信奉するグローバリスムとは対極にあるゆえに、いたずらに不安を煽ったとしか考えられません。
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西村眞悟の時事通信
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今こそ、日米合同軍事演習だ。アメリカよ、スービックに帰還せよ
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平成30年3月6日(火)
北朝鮮のオリンピック関係者とサイボーグ美女集団は、潮が退くように北へ帰り、北の金正恩の特使として「金日成の孫、金正日の娘、金正恩の妹」が、韓国に来た見返りに、今度は韓国大統領が北に特使五人を派遣した。
そして特使達は、五日、金正恩に謁を賜り、数時間の会談と会食の後に金正恩から、「満足した」との発言を頂いたという訳だ。
「満足した」ということは、南の特使達は、特使を送った男と同様に、北の核開発について何も言わなかったのだ。これ、朝鮮半島の北も南も、オリンピックを利用して、北は、ユスリとタカリの仕上げで「満足な結果」を得て、南は、北の特使に核開発問題を全く言わなかったので、先に宦官と呼んだ大統領文在寅が、国家を度外視した対北融和という個人的野望の達成に有頂天になっているということだ。
まことにこれは、背後で韓国を支えているアメリカと日本と国際社会に対する裏切りに等しい。朝鮮半島は、今も昔も、周囲に惨害をまき散らすことを意識せずに内向きのファンタジーに熱中し、その果てに自己統治能力を欠落させる民族のいる地域である。
そこで、美女軍団とか宦官とか首領様とかへの注意は、ほどほどにして、のっぴきならない危険性が膨らみつつある北のロシアと南の中共について考えたい。
我が国は現在、北のロシアと南の中共に挟まれている。中共は、アメリカ軍のベトナムからの撤退(一九七三年)という「力の空白」が生まれるや、一気にベトナム沖の西沙諸島侵略に着手し、続いて、アメリカ軍がフィリピンのスービック海軍基地から撤退(一九九一年)すると、直ちに、その「力の空白」に乗じてフィリピン南沖の南沙諸島侵略に着手し、現在、1万フィートの滑走路を既に三個も造成して空軍基地としミサイル基地と軍港も建設して、南シナ海の「領海化」を公言し始めた。
同時に、東シナ海の我が固有の領土である尖閣諸島の領有を主張し、現在、公船を常時尖閣周辺海域に遊弋させ、時に我が国の接続水域や領海に侵入している。この南シナ海と東シナ海における中共の軍事行動は、国際秩序への敵対行動であるとともに、明らかに我が国の領土と生命線を掌中に入れようとする我が国への侵略行為である。
このことは、我が国の多くの国民が知るところとなっている。//
