江戸時代の「鎖国」によって、日本は世界の動きに無知な非文明国になってしまったという見方がありますが、果たしてそれは正しいのでしょうか。占部先生が答えます。

致知出版社の人間力メルマガ 2018.3.3
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占部 賢志(中村学園大学教授)

※『致知』2018年4月号【最新号】
※連載「日本の教育を取り戻す」P132
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【占部】
歴史を読み解くキーワードというのは、一歩間違うと落とし穴に落ちるので要注意です。その典型が「鎖国」です。

【教師B】
江戸時代は国を完全に閉ざしたわけではなく、オランダや中国、朝鮮とは貿易をしていたのですから、鎖国を強調するとたしかに誤解を生みやすいですね。

【教師C】
今度の新しい小中学校の学習指導要領の案の段階でも、「鎖国」が消えていて話題になりましたね。

【占部】
結局は「鎖国などの幕府の対外政策」(中学校)という表現で落ち着きました。

いずれにしても、一つの歴史用語が誤ったイメージをつくり出すことがあるという典型的な例ですね。

【教師A】
私などの理解でも、鎖国という言葉が強すぎて日本は世界の近代文明から取り残されたというイメージがあります。

【占部】
そうでしょうね。ですから、江戸時代の日本は世界の動きに無知な非文明国と見る傾向があります。
冗談じゃないのです。制限された外交であっても、相当の海外情報は得ていたのです。

何より、貿易制限政策をとったおかげで、スペインやポルトガルのキリスト教布教の背後にあった日本侵略の野望を遮断することが出来たのです。
これはすでに豊臣秀吉が見抜いていましたね。

【教師A】
要するに、鎖国という貿易制限政策は国家防衛だったというわけですね。

【占部】
言い換えれば、高度な安全保障政策だったと言ってよいでしょう。
けっして、後ろ向きの愚策だったのではありません。
このことは同時代の優れた西洋知識人も同じことを主張しているのです。

【教師B】
そういう外国人がいたんですか。

【占部】
ええ。ケンペルとカントです。
ともにドイツの学者として名高い人ですから、ご存じでしょう。

ケンペルは医師で博物学者でして、オランダ東インド会社の医官として来日して2年間滞在しています。
帰国後、有名な『日本誌』を著し、ヨーロッパ人の日本への関心を高めた功労者と言われています。

その人が、日本の独立と安全を守るために鎖国政策をとったのは賢明だったと高く評価しているのです。

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