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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成30年(2018)2月13日(火曜日)
通巻第5612号
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マティス国防長官、ブラッセルからスタットガルト、ミュンヘンを歴訪
EU国防相会議、アフリカ諸国国防相会議をこなし、ISとの決着戦へ構え
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朝鮮半島は平昌五輪が終わるまで、米軍は動かないだろう。
この間隙を縫って、米国のマティス国防長官は、欧州に入った。2月13日、ローマからブラッセルへ飛ぶ国防長官は、ここでNATOの加盟国すべての国防相との一連の会議をこなし、南ドイツのスタットガルト(欧州とアフリカ諸国との防衛会議)、そしてミュンヘンへと回る。後者は「第五十四回防衛会議」で、ロシアとの防衛協議になる。
これら一連の会議では、ISへの取り組みが主要議題になると推測されている。
ISを「殲滅した」とされたのはメディアの思いこみに近く、たしかにISはシリアでの影響力を無くした。なぜならロシアが参戦し、どさくさに紛れてトルコがIS撲滅を掲げつつも、じつはクルド武装勢力への武力制圧作戦を展開し、この大混乱の闇に乗じて、多くのISの残留兵はチグリス・ユーフラティス河を渡河して、どこかへ消えた。
米国ならびにNATOは、このトルコの鵺的行動に不信感をぬぐえず、ロシアとの過激な接近ぶりに神経を尖らせるが、トルコへの制裁措置も外交的工作も出来ない。トルコはNATO加盟国であり、ポスポラス海峡を扼するイズミールにはNATO海軍基地を置いているからだ。
欧州へ戻ったIS残党はおよそ1500名、アフガンへ潜入したIS兵士が数千と見られ、またリビアのあちこちに軍事基地を建設したため、ときおり米軍機が空爆している。
マティス国防長官の訪欧は、これらの諸情勢を踏まえて、今後、いかにISとの軍事作戦を強化できるかの話し合いになるだろう。
◎▽□み◇◎◎や◎▽◇ざ◎□◇き□◇◎
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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三島由紀夫の遺作『豊饒の海』の謎に再挑戦
記憶も何もないところへ来てしまった、庭は夏の日だまりにしんとしている
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井上隆史『「もう一つの日本」を求めて 三島由紀夫『豊饒の海』を読み直す』(現代書館)
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井上教授にはすでに最後の四部作『豊饒の海』の謎に挑んだ評論がある。
この「いま読む名著」シリーズでは、議論を深化させ、あの昭和三十年代から四十年代という典型的な「戦後」の時代背景、思想的背景を探り直し、三島の遺作となった『豊饒の海』こそは「虚無の極北」。「三島の終着点」であったことを幾重にも思考しつつ重厚に解説する。
本書は待ち望まれた力作である。
最初に井上隆史氏は渋沢龍彦の『豊饒の海』への評価を紹介し、「近代という時代のおけるすべての事象は、直線的に発展してゆくはずだという近代主義、進歩主義的な世界観が横たわっている。ところが輪廻転生という観念においては、ただ事象が繰り返されるのみで、それでは凡庸、平板な、世界観とも言えぬような世界観が展開するに過ぎない。それは、近代的な小説観、世界観と矛盾をきたす。主人公が輪廻転生するという設定は、単に非科学的で荒唐無稽な夢物語だという以上に、そもそも小説としては成り立たないのである」(9p)
しかし『天人五衰』で「輪廻転生の物語は、いわばすべて本多の妄想に過ぎなかった」(井上)とうい筋立てになっているものの、三島の友人でもあった渋沢龍彦氏は、こう書いたのだ。
「『天人五衰』のラストの夏は、輝かしい叙情の夏ではないけれども、それでもやはり終末の夏、しんとした、あらゆる物音の消え去った、そのまま劫初の沈黙と重ね合わせられるような、三島氏がどうしてもそこから離れられなかった、あの永遠の夏であることに変わりはなかったのである」と。
すなわち戦後の経済のみの発展を進歩の過程と信奉した見方を転覆させ、近代主義と進歩主義的世界観を否定することに繋がる。
夢物語としての輪廻転生を三島の『豊饒の海』によって、いきなり見せつけられた当時の日本文壇は狼狽した。多くの批判は、進歩主義の立場からのもので、三島が想定したように痛罵をもって迎えられたが、ほとんどの批評家は沈黙したのである。
評者(宮崎)は当時まだ学生の延長気分の頃だったが、四部作のうち、第三巻の『暁の寺』こそが、最重要であり、三島の思想の遍歴と結実が凝縮された傑作ではないのかと直感したことを思い出すのだ。
だが、周囲の文藝評論家たちは、『春の雪』が悲恋の物語りであり、文学史に残る傑作だと騒いだが、第二巻『奔馬』に関しては論評さえ出来なかった。うろたえたのだ。
評者にとって第四巻の『天人五衰』を読み終えたとき、どうしてもニーチェの『悲劇の誕生』の一説をおもい浮かべた。
ニーチェは夢と現実を以下のようにまとめている。
「生は醒めている半分と夢見ている半分とから成っているが、醒めているほうがわれわれには比較にならぬくらい優れた、重要な、値打ちのある、生きがいのある半分と思われている。否、生きるとは、この醒めた半分だけを生きることだと思われている」(秋山英夫訳、岩波文庫版『悲劇の誕生』、59p)。
そしてニーチェは言うのだ。
「科学の精神という言葉で理解しているのは、ソクラテスという人物においてはじめて世にあらわれた信念、自然が究明できるものであり、知識が万能薬的な力を持っているというあの信念にほかならないのである。この前進して休むことを知らない科学の精神が、さしずめどういう結果をもたらしたかと考えてみるひとは、神話がそのために滅ばされたということ、この破滅によって文学もまたその自然の理想的地盤から追い出され、故郷を失うようになった」(187p)。
▲唯識、阿頼椰識はニーチェが示唆した永劫回帰、権力意思に似ている
井上教授は、これらニーチェの言葉には言及していないのだが、しかし次のように分析を進める。
「唯識の教えによれば、外界に実在すると思われている現実、事象はすべてこの阿頼椰識という心から生み出された幻の像に過ぎない。ところが、その像に執着することにより幻は実体化し、人生は苦しみの連続となる。逆に、すべてはまぼろしだと知れば、悟りが開かれ心も消滅する」(井上、51p)
かくして『豊饒の海』は虚無の極北が顕現される終末を迎え、松枝清顕と聡子との悲恋はまぼろしではなかったのか、夢の半分ではなかったのか、しかし本多を前にして聡子は言った。
「松枝清顕さんという方は、お名をきいたこともありません。そんなお方はもともとあらしゃらなかったのと違いますか?」
本多は呆然とする。もし松枝がいなかったとするなら、「今ここで門跡と会っていることも半ば夢のように思われてきて、あたかも漆の盆の上に吐きかけた息の曇りがみるみる消え去っていくように」
「門跡の目ははじめてやや強く本多を見据えた。『それも心々(こころごころ)ですさかい』」。
そのあと案内された庭をみつつ、「記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った。庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている」
ここに井上氏がみたものとは「近代という時代が行き着いた果ての究極の虚無」であり、「それは意味という意味が崩壊する極限状態であり、言葉によって表現しうる限界に言葉で挑もうとすること、表象不可能なものを表象しようとすることでもある」(183p)
こう書いてきて、評者は再び、三島とニーチェの関連を見直す必要を感じる。じつに三島ほどニーチェを理解し、十分に咀嚼した上で、ニーチェを克服し、輪廻転生という東洋の哲学の奥義に迫った作家はいないだろう。
ニーチェはギリシア文献学が出発であり、ギリシア悲劇の専門家でもあり、アポロンを「理性をつかさどる神」と位置づけ、ディオニソスと対照的な存在と捉えている(『悲劇の誕生』)。
このニーチェの処女作『悲劇の誕生』が三島の初期の作品でも色濃く投影されていることは多くの批評家も認めるところである。
アポロンは主神ゼウスの息子。牧畜と予言の神、竪琴を手に執る音楽と詩歌・文芸の神とされ、また光明神の性格を持つため「太陽神」ともされた。三島の四十代の作品に『太陽と鉄』があるように。
アポロンは知的文化的活動の守護神でもある。同時に戦闘に強く、米国の宇宙計画で月に行った宇宙船も「アポロ」{アポロンと同義)である。
ニーチェは「強さのペシミズム」「近代人」「悲劇」「道徳のソクラテス主義」「理論的人間の弁証法と満足と明朗さ」、そして「後期ギリシア精神のいわゆる「ギリシア的明朗さは、ただ夕焼けに過ぎないのではないか」(秋山英夫訳、11p)。
これらが三島作品のなかに頻出する語彙に近似している。
評者は嘗て三島由紀夫がギリシアに恋いこがれたように太陽に憧れ、ギリシアの肉体美に憧れ、そのギリシア人が尊んだ価値観に憧れて書いた『アポロの杯『』を持参してギリシア各地を旅したことがある。
聖地デュルフイでは、三島が宿泊したホテル(カテリーナ)がまた残っていたが満員だったので、その隣のホテルに旅装を解き、最初の五輪発祥の地という競技場跡やディオニソス劇場をみた。三島が感動したというギリシアの風にあたりながら、むしろ考えていたのは、なぜ、このようなことに、かの文豪は感動したのかという、その発想の原点であった(拙著『三島由紀夫の現場』、並木書房を参照)。
しかし、後年の三島やほとんどギリシアに興味を失い、そして『音楽』でみせた夢判断や『絹と明察』の鮮やかなまでのニーチェの残映とも訣別し、仏教的、東洋的思想に傾斜して行ったのではないのか。
様々なことを連想しながら本書を読み終えた。
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