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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応予備自衛官でもあります。お仕事の依頼など、問い合わせは以下よりお気軽にどうぞ
E-mail hirafuji@mbr.nifty.com
WEB http://wos.cool.coocan.jp
───────────────────
こんにちは、エンリケです。
本日の内容も、実に役立つと感じます。
たとえば、「作戦水平線」という、実施中の作戦を3つの時間枠に分割しておのおのでセルを設けて処理する、との考え方は非常に斬新でした。
計画を立てて何かを実践する組織であれば採用できる手法ですね。
各種ストレスが軽減される気がします。
「バトルリズム」という感覚も忘れてはいけないものと思いました。
話は変わりますが、読んでいて、そのむかし「米の統合参謀本部は、統合参謀長会議に対して責任を負う機関です」と聞いたことを思い起こしました。
「参謀長会議」なるものの存在を初めて知ったときでした。
そして今回、英国にもあったことを知った次第です。
参謀長会議というのは、大統領や首相に直接意見具申する存在ですね。わが国にも幕僚長会議に相当するものはあるのでしょうか?
さっそくどうぞ
エンリケ
今号のもくじ
□はじめに
▼前回のふりかえり
▼垂直的統合の必要性
▼作戦水平線
▼フォークランド紛争での作戦指導、バトルリズムの確立
▼作戦を実行する:戦争指導と作戦指導
感想や疑問・質問やご意見などなど、お便りはいつでも受け付けています。
⇒ http://okigunnji.com/url/169/
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【戦う組織の意思決定入門(13)】
「作戦実行段階─バトルリズムを確立する」
堂下哲郎(元海将)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□はじめに
平昌冬季五輪を前にして、北朝鮮の韓国に対する「揺さぶり」が続いています。
北朝鮮側は、韓国国内の報道を批判して「北朝鮮が取っている心からの措置を侮辱する世論を広げ、北朝鮮内部の祝賀行事まで問題視したため、合意された行事を中止せざるを得ない」と通告し、金剛山での合同文化イベントが中止になりました。
韓国政府にしてみれば、「侮辱する世論を広げた」と言われても民間の報道のことですし、言いがかりとしか言いようがないでしょう。北朝鮮には、別の本当の事情があるのでしょうが、このように相手の意見をわざと誤解したり、歪めて引用すれば反論、攻撃することは容易になり、それが妥当であるかのように見せることができます。このような論法を「藁人形論法(Straw Man)」といいます。まさに北朝鮮は「論法」実践例の宝庫といえます。
このところ、北朝鮮の石炭密輸で台湾人が拘束されたり、海上自衛隊の哨戒機が「瀬取り」の現場写真を撮ったりしています。
金正恩氏の秘密資金が枯渇しつつあるなどの報道もあり、徐々に経済制裁が効いてきているのではないでしょうか。
このようななか、北朝鮮軍の冬季年次軍事演習の規模が燃料や食料不足で縮小していると報道されています。金正恩氏の演習視察も減っているようで、北朝鮮軍の即応態勢は低下しているのではと考えられます。五輪後、4月にも行なわれるとされる米韓軍事演習の頃にはかなり緊張が高まるのでしょうが、このような通常兵力の状態では、ますます核とミサイルに傾斜を強めるしかないでしょう。米専門家らによると、制裁下においても核・ミサイル開発が制限されている兆候はほとんどないとのことです。
北朝鮮は、これまで4月25日だった「建軍節(朝鮮人民軍創建日)」を五輪開催前日の2月8日に変更して、5万人もの兵士と民間人を動員した閲兵式を行なうようです。国連総会は昨年11月、平昌五輪開幕7日前から閉幕7日後まで、すべての敵対行為の中断を促す「平昌五輪休戦決議」を満場一致で採択しました。米韓は、この時期の合同軍事演習を延期しており、ナッパー駐韓米国大使代理は「北朝鮮の閲兵式は五輪精神を汚すものであり、国際社会への正面からの挑戦」と警告しています。「大規模な兵力とほぼすべての兵器を動員した閲兵式」とされていますが、不測の事態への万全の備えをして「平和の祭典」の成功を祈りたいと思います。
▼前回のふりかえり
さて、前回は以下のとおり計画と命令の作成、そして作戦実施段階への移行について述べました。
■計画を作成する
■命令を作成する:5パラグラフ・フォーマット
■作戦関係の文章のあり方
■実施段階への移行:移行ブリーフィング
■移行訓練で開戦準備を整える
今回は、移行段階を経て、いよいよ実行段階に入り、司令部の作戦指導がどのように行なわれるのかについて述べたいと思います。
▼作戦を実行する:戦争指導と作戦指導
作戦の実行段階における司令部の活動について述べる前に、その前提となる「戦争指導」と「作戦指導」の違いについて確認しておきます。
作戦レベルの司令部が指揮下の部隊の作戦について指導することを「作戦指導」といいますが、これについてはのちほど詳しく述べます。この「作戦指導」とは別に、政治レベルから戦略・作戦レベルに対して指導、指示が行なわれるとき、これを「戦争指導」といいます。フォークランド紛争時の戦争指導の例をみてみます。
フォークランド紛争時のイギリスの「戦争指導」は戦時内閣によって行なわれました。戦時内閣は、首相、国防相、外相、内相、情報担当国務相の5名により構成され、各軍参謀長委員会委員長(ルウィン海軍大将)は軍事顧問として参加しました。
サッチャー戦時内閣は、艦隊の展開、地上部隊の増派、封鎖水域の設定、上陸作戦の時期など、作戦の大きな節目には外交との関係も考慮しつつ、戦争指導として決断を下しました。また、このような「普通の」戦争指導以外にも、政治的な理由からさまざまな戦争指導がなされ、それらのうちいくつかは軍事的な合理性という観点から疑問が示されたり、批判されたりしました。
このような「政治的な」戦争指導が行なわれた理由の第一は、イギリスは本格的な冬の到来を控えたフォークランド諸島の原状回復を目的として、国際社会からの停戦の圧力がかかる前にどうしても戦争を早期に決着させる必要があったことです。このような外交的圧力と時間的制約のなか、政治的な要求や指導が多くなったのはある程度は仕方のないことでした。
また、メディアを通じて英海軍艦艇の沈没するのを見せつけられる一方で地上戦では何の進展もないとの不満が英国民の間に高まり、政権に対する支持の低下を招いていたことも挙げられます。
これらを背景として、迅速な作戦、早期の戦果の獲得が重視される状況が生まれ、軍事的には想定していなかった作戦行動が政治的に求められる場面がありました。時間、対話、妥協への意思が要求される外交と迅速性、決断力、力が必要な軍事の間の葛藤はあったものの、サッチャー戦時内閣は政治と軍事をおおむねうまく架け橋したと評価されており、そこには軍事顧問として参加しているルウィン参謀長委員会議長の任務部隊司令部との連携の効果が大きかったものと考えられています。
このルウィン議長が政治面とのやり取りを一手に引き受けることにより、フィールドハウス任務部隊指揮官は戦争指導とは異なる階層の「作戦指導」に専念できたことも特筆すべきだと考えます。これは戦略レベルの重要な責務といえます。
フォークランド紛争においては、政治の影響で一部の作戦行動に影響は出ましたが、軍事的には素人のサッチャー首相は軍事顧問の働きで適切な軍事的決断を下すことができ、戦時内閣が戦争指導と外交を、任務部隊司令部が作戦指導をそれぞれきちんと役割分担できたといえると思います。
▼フォークランド紛争での作戦指導、バトルリズムの確立
政治、外交レベルからの戦争指導は戦略レベルの司令部で受け止め、その政治的な意図などについて戦略レベルと作戦レベルの司令部間で分析し、具体的な軍事行動として計画されます。このプロセスを踏まえ、作戦レベルの司令部は、作戦現場における敵に対する対処を行なう戦術レベルの指揮官に対する指導を行ないます。これを「作戦指導」といいます。
作戦が開始されると、作戦レベルの司令部では24時間止まらない作戦現場(戦術レベル)と、一般の社会生活の中で動く政治外交との接点を持つ戦略レベルの司令部との間で緊密に連携しなければなりません。このため、関係する組織の間で連絡調整を円滑化させ、互いの活動を同期化させるために活動のサイクルを決めることになりますが、これを「バトルリズム」といいます。
フォークランド紛争を例にとると、サッチャー首相率いる戦時内閣のもとにルウィン海軍大将が議長を務める各軍参謀長委員会が設置されました。戦争指導に対する軍事顧問としてルウィン委員長は戦時内閣に出席し、そこでの決定事項を各軍に伝えることになっていました。当時、現行ドクトリンにいう「戦いの階層」の考え方は未確立でしたが、いわば戦略レベルである任務部隊司令部は、ロンドン郊外の艦隊司令部内に設けられ、参謀長委員会を通じて戦時内閣の指揮を受ける形をとっていました。
当時、政治的な要請と軍事的な要請の調整は、主として交戦規定(ROE)に関する要請と承認というプロセスで行なわれていました。そのため、各軍参謀長は、毎朝、ROEに関する要請を決めるために集まっていました。その場には、通常、ノット国防相も参加し、情報ブリーフィングおよび報道状況に関し検討が行なわれました。その後、戦時内閣に提出する提案が、ノット国防相とルウィン議長間で合意されるという仕事の流れになっていました。
戦時内閣の会議は戦争期間中ほぼ毎日10:00時に行なわれたため、各軍参謀長委員会やそこへの任務部隊、各軍からのインプットは、当然にそれにあわせて行なわれることとなり…
[続きはコチラから]
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こんにちは、エンリケです。
本日の内容も、実に役立つと感じます。
たとえば、「作戦水平線」という、実施中の作戦を3つの時間枠に分割しておのおのでセルを設けて処理する、との考え方は非常に斬新でした。
計画を立てて何かを実践する組織であれば採用できる手法ですね。
各種ストレスが軽減される気がします。
「バトルリズム」という感覚も忘れてはいけないものと思いました。
話は変わりますが、読んでいて、そのむかし「米の統合参謀本部は、統合参謀長会議に対して責任を負う機関です」と聞いたことを思い起こしました。
「参謀長会議」なるものの存在を初めて知ったときでした。
そして今回、英国にもあったことを知った次第です。
参謀長会議というのは、大統領や首相に直接意見具申する存在ですね。わが国にも幕僚長会議に相当するものはあるのでしょうか?
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▼作戦水平線
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「作戦実行段階─バトルリズムを確立する」
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□はじめに
平昌冬季五輪を前にして、北朝鮮の韓国に対する「揺さぶり」が続いています。
北朝鮮側は、韓国国内の報道を批判して「北朝鮮が取っている心からの措置を侮辱する世論を広げ、北朝鮮内部の祝賀行事まで問題視したため、合意された行事を中止せざるを得ない」と通告し、金剛山での合同文化イベントが中止になりました。
韓国政府にしてみれば、「侮辱する世論を広げた」と言われても民間の報道のことですし、言いがかりとしか言いようがないでしょう。北朝鮮には、別の本当の事情があるのでしょうが、このように相手の意見をわざと誤解したり、歪めて引用すれば反論、攻撃することは容易になり、それが妥当であるかのように見せることができます。このような論法を「藁人形論法(Straw Man)」といいます。まさに北朝鮮は「論法」実践例の宝庫といえます。
このところ、北朝鮮の石炭密輸で台湾人が拘束されたり、海上自衛隊の哨戒機が「瀬取り」の現場写真を撮ったりしています。
金正恩氏の秘密資金が枯渇しつつあるなどの報道もあり、徐々に経済制裁が効いてきているのではないでしょうか。
このようななか、北朝鮮軍の冬季年次軍事演習の規模が燃料や食料不足で縮小していると報道されています。金正恩氏の演習視察も減っているようで、北朝鮮軍の即応態勢は低下しているのではと考えられます。五輪後、4月にも行なわれるとされる米韓軍事演習の頃にはかなり緊張が高まるのでしょうが、このような通常兵力の状態では、ますます核とミサイルに傾斜を強めるしかないでしょう。米専門家らによると、制裁下においても核・ミサイル開発が制限されている兆候はほとんどないとのことです。
北朝鮮は、これまで4月25日だった「建軍節(朝鮮人民軍創建日)」を五輪開催前日の2月8日に変更して、5万人もの兵士と民間人を動員した閲兵式を行なうようです。国連総会は昨年11月、平昌五輪開幕7日前から閉幕7日後まで、すべての敵対行為の中断を促す「平昌五輪休戦決議」を満場一致で採択しました。米韓は、この時期の合同軍事演習を延期しており、ナッパー駐韓米国大使代理は「北朝鮮の閲兵式は五輪精神を汚すものであり、国際社会への正面からの挑戦」と警告しています。「大規模な兵力とほぼすべての兵器を動員した閲兵式」とされていますが、不測の事態への万全の備えをして「平和の祭典」の成功を祈りたいと思います。
▼前回のふりかえり
さて、前回は以下のとおり計画と命令の作成、そして作戦実施段階への移行について述べました。
■計画を作成する
■命令を作成する:5パラグラフ・フォーマット
■作戦関係の文章のあり方
■実施段階への移行:移行ブリーフィング
■移行訓練で開戦準備を整える
今回は、移行段階を経て、いよいよ実行段階に入り、司令部の作戦指導がどのように行なわれるのかについて述べたいと思います。
▼作戦を実行する:戦争指導と作戦指導
作戦の実行段階における司令部の活動について述べる前に、その前提となる「戦争指導」と「作戦指導」の違いについて確認しておきます。
作戦レベルの司令部が指揮下の部隊の作戦について指導することを「作戦指導」といいますが、これについてはのちほど詳しく述べます。この「作戦指導」とは別に、政治レベルから戦略・作戦レベルに対して指導、指示が行なわれるとき、これを「戦争指導」といいます。フォークランド紛争時の戦争指導の例をみてみます。
フォークランド紛争時のイギリスの「戦争指導」は戦時内閣によって行なわれました。戦時内閣は、首相、国防相、外相、内相、情報担当国務相の5名により構成され、各軍参謀長委員会委員長(ルウィン海軍大将)は軍事顧問として参加しました。
サッチャー戦時内閣は、艦隊の展開、地上部隊の増派、封鎖水域の設定、上陸作戦の時期など、作戦の大きな節目には外交との関係も考慮しつつ、戦争指導として決断を下しました。また、このような「普通の」戦争指導以外にも、政治的な理由からさまざまな戦争指導がなされ、それらのうちいくつかは軍事的な合理性という観点から疑問が示されたり、批判されたりしました。
このような「政治的な」戦争指導が行なわれた理由の第一は、イギリスは本格的な冬の到来を控えたフォークランド諸島の原状回復を目的として、国際社会からの停戦の圧力がかかる前にどうしても戦争を早期に決着させる必要があったことです。このような外交的圧力と時間的制約のなか、政治的な要求や指導が多くなったのはある程度は仕方のないことでした。
また、メディアを通じて英海軍艦艇の沈没するのを見せつけられる一方で地上戦では何の進展もないとの不満が英国民の間に高まり、政権に対する支持の低下を招いていたことも挙げられます。
これらを背景として、迅速な作戦、早期の戦果の獲得が重視される状況が生まれ、軍事的には想定していなかった作戦行動が政治的に求められる場面がありました。時間、対話、妥協への意思が要求される外交と迅速性、決断力、力が必要な軍事の間の葛藤はあったものの、サッチャー戦時内閣は政治と軍事をおおむねうまく架け橋したと評価されており、そこには軍事顧問として参加しているルウィン参謀長委員会議長の任務部隊司令部との連携の効果が大きかったものと考えられています。
このルウィン議長が政治面とのやり取りを一手に引き受けることにより、フィールドハウス任務部隊指揮官は戦争指導とは異なる階層の「作戦指導」に専念できたことも特筆すべきだと考えます。これは戦略レベルの重要な責務といえます。
フォークランド紛争においては、政治の影響で一部の作戦行動に影響は出ましたが、軍事的には素人のサッチャー首相は軍事顧問の働きで適切な軍事的決断を下すことができ、戦時内閣が戦争指導と外交を、任務部隊司令部が作戦指導をそれぞれきちんと役割分担できたといえると思います。
▼フォークランド紛争での作戦指導、バトルリズムの確立
政治、外交レベルからの戦争指導は戦略レベルの司令部で受け止め、その政治的な意図などについて戦略レベルと作戦レベルの司令部間で分析し、具体的な軍事行動として計画されます。このプロセスを踏まえ、作戦レベルの司令部は、作戦現場における敵に対する対処を行なう戦術レベルの指揮官に対する指導を行ないます。これを「作戦指導」といいます。
作戦が開始されると、作戦レベルの司令部では24時間止まらない作戦現場(戦術レベル)と、一般の社会生活の中で動く政治外交との接点を持つ戦略レベルの司令部との間で緊密に連携しなければなりません。このため、関係する組織の間で連絡調整を円滑化させ、互いの活動を同期化させるために活動のサイクルを決めることになりますが、これを「バトルリズム」といいます。
フォークランド紛争を例にとると、サッチャー首相率いる戦時内閣のもとにルウィン海軍大将が議長を務める各軍参謀長委員会が設置されました。戦争指導に対する軍事顧問としてルウィン委員長は戦時内閣に出席し、そこでの決定事項を各軍に伝えることになっていました。当時、現行ドクトリンにいう「戦いの階層」の考え方は未確立でしたが、いわば戦略レベルである任務部隊司令部は、ロンドン郊外の艦隊司令部内に設けられ、参謀長委員会を通じて戦時内閣の指揮を受ける形をとっていました。
当時、政治的な要請と軍事的な要請の調整は、主として交戦規定(ROE)に関する要請と承認というプロセスで行なわれていました。そのため、各軍参謀長は、毎朝、ROEに関する要請を決めるために集まっていました。その場には、通常、ノット国防相も参加し、情報ブリーフィングおよび報道状況に関し検討が行なわれました。その後、戦時内閣に提出する提案が、ノット国防相とルウィン議長間で合意されるという仕事の流れになっていました。
戦時内閣の会議は戦争期間中ほぼ毎日10:00時に行なわれたため、各軍参謀長委員会やそこへの任務部隊、各軍からのインプットは、当然にそれにあわせて行なわれることとなり…
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