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公民教科書読み比べ(1):グローバル社会での生き方とは?
(曾野綾子)「人は一つの国家にきっちりと帰属しないと,『人間』にもならないし,他国を理解することもできないんです」
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弊紙の過去の記事を増補改訂。
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■1.公民教科書読み比べの狙い
昨年末で中学歴史教科書読み比べシリーズを完了したので、今回から公民教科書の読み比べを開始する。中学校教育は国民としての基礎的な知識や常識を教えるものであるから、そこで使われる教科書の質が、将来の国民の知識・見識のレベルを決めてしまう。そこにおいて偏った教育がなされないよう、目を光らせておく必要がある。
また公民教科書の教えている内容をレビューすることで、我々自身の知識や見識を再点検することもできる。
比較する対象としては、歴史教科書と同様、東京書籍(東書)[1]と育鵬社(育鵬)[2]とした。28年度版の公民教科書では、東書がシェア58.6%で断然トップである。教育の正常化を目指す育鵬は5.7%とまだまだ低いが、前回24年度版の約1.4倍と伸ばしている。[3]
両教科書を読み比べることで、現時点の代表的な教科書である東書がどのような記述をしているのか、それに挑戦する育鵬がどのような違いを出しているのか、に着目して読み比べていきたい。
■2.「持続可能な社会」の形成に参画できる人間
「公民」とは、我々が日常生活で使う言葉ではない。そのため両教科書とも「公民」とは何か、という説明から入っている。東書は次のように説明する。
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「公民」とは,「私(わたくし)」だけを中心にして社会を見たり考えたりする人間のことではありません。地域・日本・世界などの「公(おおやけ)」から広く社会を見つめ,社会的な問題を解決しながら,現在を生きる世代と将来を生きる世代の両方の幸福を実現する「持続可能な社会」の形成に参画できる人間を意味します。[1, p1]
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「持続可能な社会」とは、まだ日本語として広く行き渡った用語ではないが、資源・エネルギー・環境などの視点から国連を中心に使われだした言葉である。しかしこの言葉は主として物質的次元の概念であり、人間の精神生活についてはこの記述では論じられてない。
人間の「幸福」のためには物質面だけでなく、家族、郷土、国家への帰属意識、文化、生きがいなど、精神面での充足も不可欠である。こうした面での東書の記述がどのようなものか、今後の読み比べでの要注意点である。
■3.「公」と「私」のバランス
一方、育鵬では「なぜ『公民』を学ぶのか」の節で、ケネディ大統領の「国があなたのために何をしてくれるかを問うのではなく,あなたが国のために何ができるのかを問おう」との言葉を引用した後で、次のように論ずる。
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「公の民」と書く公民は,このように自分を国や社会など公の一員として考え,公のために行動できる人のことをいいます。
もちろん、私たちには個人として自由に生活し,自分を表現し,幸福を追求していく権利があります。これはとても大切なことです。
同時に,自分のことだけでなく,家族や友人,自分の所属するグループ,地域社会,国,さらには恵まれない状況にある人たちなどのことを思いやり,そのために活動するということも大切なことです。・・・
つまり,自分以外のもののためにも努力し活動できる人が公民なのです。
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ここでは「個人として幸福を追求していく権利」を肯定しつつ、公のために活動する生き方を説いている。この「公」と「私」の両立こそ、「公民」の基本的な課題だろう。
東書では「私(わたくし)」だけを中心にして社会を見たり考えたりする人間のことではありません」とはいうものの、「公民」の定義には「公」しか出てこない。これでは「私」を軽んじ、「公」のみを教える共産主義国家の教科書か、といえば皮肉に過ぎようが、東書で「公」と「私」のバランスをどう説明しているのか、というのも、今後注意したい第二の点である。
■4.グローバル化
早速、本文を見てみよう。まず第1章は東書が「現代社会と私たちの生活」、育鵬が「私たちの生活と現代社会」とほぼ同じである。どちらも最初の節では、現代社会の特徴として、グローバル化、情報化、少子高齢化の傾向を説明している。ところが記述の内容はだいぶ異なる。
まずグローバル化では、東書は「天ぷらそばの材料の生産国」として、エビはタイやベトナム、麺は中国、醤油の大豆、天ぷらの衣に使われる小麦はアメリカ、などと、さまざまな国から輸入された材料を使っていることを示している。これは経済面でのグローバル化を示す秀逸な事例である。
また我々の身近な地域にもグローバル化の影響が見られるとして、次のように記述する。
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日本で暮らす外国人が増え,さまざまな文化を持った人々がともに生活する多文化社会が進展しています。多文化社会では,たがいの文化を尊重し合って,ともに協力して暮らしていくことが求められています。[1,p9]
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同じページで、「工場で働くブラジル人」「病院で働くインドネシア人の看護師」「外国人の子どもたちのための学校」の写真を載せ、日本で暮らす外国人の数が漸増して200万人を超えていることをグラフで示している。
■5.理想と現実のギャップ
「多文化社会では,たがいの文化を尊重し合って,ともに協力して暮らしていく」という理想は良いが、多くの国々がこの問題に苦しんでいるという現実も教えるべきではないか。例えば弊誌では次のような事実を紹介している。[a]
カナダのバンクーバーは、人口210万人のうち約18パーセントがシナ系住民で、いまや香港にひっかけて「ホンクーバー」と呼ばれている。周辺のリッチモンド市にいたっては半数以上がシナ系で、街の看板もシナ語の方が英語より多い。シナ人は運転も荒く、交通事故は増加中。カードや紙幣の偽造事件も多発している。
スウェーデンでは人口の約20%が中東などからの移民とその子孫であり、ストックホルム郊外には彼らが多数派を占めている街もある。そして約20%の移民がスウェーデンの犯罪の約45%を引き起こしているという。これでは東書の掲げる「持続可能な社会」とは程遠い。
わが国でも同様の問題が起こり始めており、埼玉県南部には、住民の40パーセントがシナ人という団地がある。階段には汚物がまき散らされ、窓からは生ゴミが降ってくる。これはシナ人にとっては普通の生活スタイルのようだ。
こうした事実を教えずに、「多文化共生社会」の理想だけを教わった中学生が、現実社会での問題にぶち当たったらどうなるのだろうか。現実の問題を見て見ぬふりをする事なかれ主義に徹するか、はたまた学校で教わった理想など机上の空論だとして、ヘイトスピーチを振りまくようになるか。
これでは東書の言う「広く社会を見つめ,社会的な問題を解決し」という「公民」には育たないだろう。理想は理想として説きながらも、現実とのギャップを見つめ、どうすべきかを自分自身で考えさせることが必要なのではないか。
■6.「日本で暮らす外国人に対するさまざまな配慮」
もっともこの点では育鵬も同様である。後の基本的人権を説明する節でこう述べている。
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2011(平成21年末)で在日外国人の数は200万人を超え,行政機関などには日本で暮らす外国人に対するさまざまな配慮が求められています。一方「違い」を尊重し,多様な文化を受け入れ,共に暮らしていく社会をつくることも今や日本だけでなく,世界の国々で求められているのです。[2, p70]
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「日本で暮らす外国人に対するさまざまな配慮」が必要なのは言うまでもないが、同時に日本に暮らす外国人に対しても、日本社会の法や文化を尊重することを求める必要がある。階段に汚物を撒き散らしたり、窓から生ゴミを捨てるなどということは、日本社会では許されない行為だということを学んで貰わねばならない。
多くの国々での移民問題とは、前述のカナダやスウェーデンの事例に見られるように、一部の移民がホスト国の法や文化を尊重せずに、自分たちだけで閉ざされたコロニーを作ってしまうことが主な原因と考えられる。
昔から日本に住む華僑や在日韓国・朝鮮人のほとんどは、日本社会に同化して良き日本国民として暮らしているが、新たにやってきた外国人にも同様の良識を求めなければならない。日本の中学校には外国人の子どもたちも通う。その子供達も学ぶ公民では、日本社会で暮らすために、彼らが学ばなければならないことも示す必要がある。
日本人の側だけに「『違い』を尊重し,多様な文化を受け入れ」ることを求めても、外国人の側にその気がなければ、「共に暮らしていく社会」を作る事はできない。
■7.「それぞれの国の歴史や伝統や文化を踏まえ」
その一方で、育鵬が説く「グローバル人材の育成」は極めて重要な指摘をしている。短いので全文を引用する。
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真に望ましいグローバル化とは,国家間の違いがなくなることではありません。異なった国民性をもつ各国の国民が,お互いの文化を認めながらも,相互交流を図るという「国際化」(インターナショナリズム)こそが,あるべきグローバル化といえるでしょう。
各国の国民は,それぞれの国の歴史や伝統や文化を踏まえ,アイデンティティー(自分は何者であるかという意識)を確認しつつ,他国との良好な関係を築いてゆく必要があります。そのような資質をもった存在こそグローバル人材といえます。[2, p13]
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この点…
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