■「加瀬英明のコラム」メールマガジン



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 この国を洗濯致し度候


 平成29(2017)年は、「希望の党」が演じた慌(あわただ)しい滑稽劇(ドタバタ)によって、忘れられない年となった。

 私は小池百合子都知事が国政に乗り出すのに当たって、自分の政党を「希望の党」と命名した時に、「ああ、これはもう駄目だ」と思った。

 「希望」の「希」は、「ごく稀」「すくない」「珍しい」という意味である。「希薄」「希有」「希少」「希覯(きこう)」(めったに出会えない)というではないか。「希望」はめったに実現することがない望みであって、安直に口にすべき言葉ではないのだ。

 10月22日の総選挙の投票日は、日本列島を超大型といわれた台風が襲った。

 昨年は明治元年から数えて、150年目に当たった。

 当日、私は雨がすべてを洗うように降るのを見て、幕末の志士の坂本龍馬が姉の乙女に宛てて、「この国を洗濯致し度候」と、手紙を認めたのを思い出して、天が安倍政権を大勝させて、憲法を改正することによって、日本を洗濯することになるのだと、思った。

 自民党が圧勝した。私は安倍首相が70年も待たれた「日本の洗濯屋」になることを、祈った。

 昨年、私は3冊の本を発表した。11月はじめに、『小池百合子氏は流行神(はやりがみ)だったのか』(勉誠出版)が店頭に並んだが、投票日の前に印刷に入ったので、題名は「希望の党」が失速することを見込んだものだった。

 私は先の都議会議員選挙で「都民ファーストの会」が圧勝した時に、流行神のような一過性のものになると確信した。

 日本で流行神についてもっとも古い記録といえば、『日本書紀』のなかに登場する。あのころから、日本では空しい一過性のブームが、繰り返し起ってきた。いまなら「風が吹く」というのだろう。詳しくは、拙著をお読みいただきたい。

 北のミサイル脅威の最大の原因は何か 

 12月4日の午前9時から、TBSテレビの『腹が立ったニュース・ランキング2017』という番組を観ていたら、第1位は「北のミサイル脅威」だった。

 通行人の中年の男性がインタビューに答えて、「北朝鮮がボンボン、ミサイルを撃っているけど、日本政府は何かできないんですかね?」と、ぼやいていた。

 いつ、北朝鮮危機が爆発するか分らない。

 日本がある東アジアは、無秩序状態(アナーキー)にある。

 いったい、東アジアをこのような無秩序状態にした、最大の原因は何だろうか。

 日本国憲法が災いをもたらした

 日本国憲法だ。もし日本が講和条約によって独立を回復した後に、“マッカーサー憲法”を改正して、日本の経済規模の半分しかないイギリスか、フランス程度の軍事力を整えていたとしたら、弱小国にすぎない北朝鮮によって、ここまで侮られることがなかった。

 イギリスとフランスのGDPを足すと、ちょうど日本と並ぶ。両国は核武装しており、それぞれ空母や、核を搭載した原潜を保有している。イギリスも、フランスも、平和愛好国であることはいうまでもない。

 もし、日本がイギリス、フランス並みの軍事力を持っていたとしたら、北朝鮮が日本列島を試射場として使って、頭越しにミサイルを撃つことはなかった。

 そして、中国が隙あらば尖閣諸島を奪おうとして、重武装した海警船によって、連日、包囲することもなかったろう。

 平和憲法はまじないにしかすぎない

 きっと、枝野幸男氏たちの立憲民主党を支持した、「専守防衛」を信仰している人々は、これまで憲法第9条が日本の平和を守ってきたと、信じていることだろう。

 だが、「平和憲法」という呪(まじな)いが、日本を守ってきたはずがない。「平和憲法」を信仰している善男善女は認めたくないだろうが、戦後、日本を守ってきたのは、一貫してアメリカの軍事力であり、日米安保体制だった。

 もし、日米安保体制がなかったら、韓国が竹島だけでなく、対馬も盗んでいただろうし、中国が尖閣諸島を奪っていたことだろう。ロシアが北方領土だけで、満足しただろうか。

 私は「良識」を信じない

 私は日本の「良識」を、まったく信じない。

 私はいまから40年前に、『誰も書かなかった北朝鮮「偉大なる首領さま」の国』(サンケイ出版)を著した。韓国に通って、多数の北朝鮮から逃れてきた脱北者(タルプクチャ)をインタビューして、北朝鮮社会の実情をあからさまにしたものだった。

 私はこの本によって、北朝鮮研究の草分けとなった。その後、多くの北朝鮮研究者から、この本によって触発されて北朝鮮に関心を持ったと聞かされた。

 私がこの本を発表した時には、朝日、読売新聞をはじめとする大新聞や、著名な人士が、北朝鮮を「労働者の天国」とか、「地上の楽園」として賞讃していた。

 朝日新聞が、この年に『北朝鮮みたまま』という連載を行ったが、「抜きん出る主席の力」「開明君主」「建国の経歴に敬意」という見出しが、続いていた。

 「こどもは物心つくと金日成主席の故郷、マンギョンデ(万葉台)の模型を前に、いかに主席が幼い日から革命指導者としての資質を発揮したか教えられ、それを自分で説明できる」という記事は、いまなら籠池泰典氏の森友学園の幼稚園のようではないか。

 金日成主席を礼さんした人々

 1976年に、作家の三好徹氏が北朝鮮に招かれて、「社会主義メルヘンの国」と呼んで、絶賛した。

 「主席に会えなかったのは残念ですが、どういう人かということは、おぼろげながらわかりました。キム・イルソンという人は、天が朝鮮の人々のためにこの地上に送ったような人だということです」(『今日の朝鮮』)

 1976年に、小田実氏が訪朝して金日成主席と会見して、「『北朝鮮』を『南侵』の準備態勢にある国として見るには、きちがいじみた猜疑心と想像力を必要とするにちがいない」(朝日ジャーナル、1976年)と、書いている。当時、小田氏は日本の青年男女の寵児(ちょうじ)だった。

 私は北朝鮮を絶賛した、多くの人々の発言をいくらでも引用することができるが、同じ日本人として恥しいから、ここまでにしたい。

 読者はつい15年前まで、NHKから大手のテレビ局までが、北朝鮮に言及する時に「チョーセンミンシュシュギジンミンキョウワコク」と、正式国名をいわなければならなかったことを、憶えておられよう。

 当時、私はもし正式国名で呼ばなければ良識に反するのなら、どうしてドイツを「ドイッチェラント」、なぜイギリスを「ブリテン連合王国」、ギリシアを「ヘラス」と呼ばないのかと、からかった。ドイツも、イギリスも、ギリシアも、もとにない日本語なのだ。

 中国についても、同じことだった。1972年に日中国交正常化が行われた時に、日本中が「日中友好」の大合唱に酔い痴れていた。

 私は「『子子孫孫までの友好』のような戯言(たわごと)に惑わされてはならない」と、警鐘を鳴らした。だが、「日中友好」が、その時の「良識」だった。

 「文化の日」を「文武の日」にしよう

 北朝鮮を正式国名を呼ばなければならないという不思議なきまりは、2002年に小泉首相が訪朝して、金正日総書記が日本人を拉致したことを認めると、国民のあいだで北朝鮮に対する嫌悪感が強まったために、どこかに消えてしまった。

 日本の「良識」が、北朝鮮危機という妖怪をつくりだしたのだ。

 今年は、政府が「明治維新100周年」を祝うという。

 明治の日本が近代国家を造ることができたのは、日本国民が文武両道を重んじて、「富国強兵」に取り組んだからだった。

 戦後、「明治節」は、「文化の日」と呼ばれる休日となっている。今年から、「文武の日」に改めてほしい。