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 平成29年9月7日発行 vol.502
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 斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」
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複数の宗教的源流をもつ国民統合の儀礼
──両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論 6
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 拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第4章 百地章日大教授の拙文批判に答える

第5節 両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論


▽6 複数の宗教的源流をもつ国民統合の儀礼


 世界で約12億人以上といわれるカトリック信徒の王であるローマ教皇は、当然、カトリックの典礼を行います。イスラムの祈りを捧げることはありません。イスラムの王ではないからです。東方教会やプロテスタントの王ですらありません。

 2006(平成18)年にローマ教皇ベネディクト16世がイスタンブールのブルー・モスクに詣で、黙祷したことが世界中の共感を呼びました。イスラム世界との関係回復の試みとして注目されたのですが、イスラムの神に祈りを捧げたわけではないでしょう。一神教世界では

「あなたには、わたしをおいてほかに、神があってはならない(Thou shalt have no other gods before me.)」(旧約聖書。モーセの十戒)

 とされているからです。

 創造主の教えは絶対です。一神教世界では、国王も大統領も、唯一神に祈りを捧げます。中国、朝鮮では宇宙の最高神に祈りが捧げられました。それは支配者の祈りです。

 今日、バチカンは異教世界の信仰を認めています。ローマ教皇は既述したように、イスラム寺院で祈りを捧げています。アメリカでは、たとえば「9・11同時多発テロ」の犠牲者を追悼する政府主催のミサでは、諸宗教の祈りが捧げられました。

 しかしこれらは第2次大戦後の新しい現象です。それでも、ローマ教皇やアメリカ大統領がイスラムの神を拝することはあり得ません。

 日本だけが異なり、天皇は古代律令の時代から、皇祖神のみならず、民が信じるあらゆる神に祈りを捧げてきました。

「およそ天皇、即位したまはむときは、すべて天神地祇祭れ」(「神祇令(じんぎりょう)」の「即位条」)

 歴代天皇は古来、万民のため、万民が信じるあらゆる神々に祈ることを、第一のお務めとしたのです。特定の信仰に基づく、支配者の祈りではなく、あらゆる信仰の存在を認め、国と民をひとつにまとめ上げる国民統合の祈りです。

 それが祭祀王という意味なのでしょう。

 民が信じるすべての神に祈りを捧げるとすれば、祭式は複合的になります。稲作民の稲と畑作民の粟が供される所以でしょう。

 日本には古くから粟の民俗があったようで、『常陸国風土記』には「新粟の新嘗」のことが記録されています。

 野本寛一近畿大学名誉教授(民俗学)は『焼畑民俗文化論』のなかで、水田稲作以前の民が粟や芋を栽培していたこと、粟や麦を主食とする焼畑の村ではかつて旧暦10月10日にアワオコワやオカラク(粢[しとぎ])を畑神様に捧げていたこと、などを紹介しています。

 それぞれの民は自分たちのために、それぞれの神に祈ります。しかし天皇は国と民をひとつにまとめるため、私なきお立場で、すべての民が信じるすべての神に祈ります。御代替わりに行われる大嘗祭は、水田稲作民の米と畑作民の粟を捧げる複合儀礼であり、複数の宗教的源流をもつ国民統合の儀礼なのだと思います。

 皇居内に水田を設け、稲作を始められたのは昭和天皇ですが、今上天皇は粟の栽培に着手されました。さすが陛下だと私は思います。

 血生臭い、深刻な宗教対立を経験することなく、日本の歴史が平和的に連綿と続いてきたのは、歴代天皇が国民統合の儀礼を第一のお務めとして実践されてきたからではないか、と私は考えます。

 御代替わり当時、もし百地先生が、大嘗祭=国民統合の儀礼という理論を立てていたら、宮中祭祀一般=「皇室の私事」説に与する必要はなかったはずです。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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◇ 筆者のプロフィール ◇

斎藤吉久(さいとう・よしひさ) 昭和31年、第32代崇峻天皇の后・小手姫(おてひめ)が里人に養蚕と機織りを教えたとの物語が伝えられる福島県・小手郷(おてごう)に生まれる。子供のころ遊んだ女神川は姫の故事に由来する。弘前大学、学習院大学を卒業後、総合情報誌編集記者、宗教専門紙編集長代行などを経て、現在はフリー。著書に『天皇の祭りはなぜ簡略化されたか』など。過去の発表記事は斎藤吉久のブログで読める。「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦(あしづ・うずひこ)の「没後の門人」といわれる


━━━━━━━━━━━━《《《著書紹介》》》━━━━━━━━━━━━━
『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか─宮中祭祀の危機─』 斎藤吉久著
定価(1700円+税)

天皇ご在位20年、ふたたび宮中祭祀の破壊が始まった!政教分離の名のもとに側近らが祭祀を破壊してきた知られざる歴史を検証しながら、たったお一人で祭祀を守ろうとされた昭和天皇と今上陛下のご心情に迫る。http://www.namiki-shobo.co.jp/
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