■「加瀬英明のコラム」メールマガジン



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 小池都知事は流行神か


 都議選で、小池百合子都知事の「都民ファーストの会」が圧勝し、自民党が惨敗した。

 私は「日本は千数百年以上も、変わっていないのだ」と思って、溜息をついた。

 日本だけに独特な流行神(はやりがみ)現象が、間断なく起った。江戸時代には「時花神」と呼ばれて、「はやりがみ」という訓(るび)がふられた。「時花仏(はやりぶつ)」もあったが、花が咲いて、ぱっと散るのに、喩えたものだった。

 ある時、ある神社か、ある仏閣、祠に詣でると、大きな御利益がえられるという噂がひろまり、参詣者が殺到するが、半年か1、2年しか続かず、忘れられてしまうことから、「祀(まつ)り上げ祀(まつ)り棄て」といわれた。

 流行神について『日本書紀』の皇極紀に、不思議な力をもつ蚕(かいこ)ほどの虫が現われ、拝むと富や長寿がえられるといって、民衆がどっと押し寄せたと、記されている。「都鄙(とひ)(都と田舎)の人、常世(とこよ)の虫を」と語られているが、もっとも古い記述だろう。

 流行(はやり)神仏は常世神とか、志多羅神(しだらがみ)、鍬神とか、時代によってさまざまな名で、知られた。

 小池百合子一座の役者たちは大部分が、選挙直前に公募によって集まった、新人によって占められていた。

 「日本人とは何か」

 私は高校生のころから、「日本人とは何か」ということに関心をもって、日本の民俗学の草分けである柳田國男(1875年~1968年)の著作を、読み漁るようになった。今日なら、文化人類学に当たる。そんなことから、アメリカの文化人類学者(アンソロポロジスト)で、コロンビア大学社会学部長をつとめたハバード・パッシン教授(1916年~2003年)と親友になった。

 私はパッシン教授を、「どうして先進国の人々の社会行動を研究するのを社会学といい、後進国になると文化人類学というのか」といって、からかったものだった。

 柳田は流行神について、「男女老幼狂奔して之(これ)を迎へ候者都鄙(とひ)(都会と田舎)に満ちたるやうに候か、過ぎての後は夢のやうに候はんも、其(その)折に際して渇仰の情極めて強烈にして、他意左右を顧みるの暇なかりしなるべく、(略)、此時(このとき)涌きかへりたる熱中血潮は即今我々の身の内を環(めぐ)るものにして(略)愚痴と云ひ迷信と云はばそれ迄(まで)」と、述べている。

 そして「近世の流行神鍬神の如きは、其蔓延の極盛時に当たりては、鉦鼓雑揉(しようこざつじゅう)(乱れ混じり)正(まさ)に一千年前の修多羅(しだら)神福徳仏の流行、さては大昔の常世の神の狂態に伯仲せしやうに候」と、評している。

 ぎぼしが流行神仏

 何であれ、神体となった。しばしば仏像の宝玉に似ていることから、全国の橋の欄干の柱頭につける葱(ねぎ)の花に似た擬宝珠(ぎぼし)が、流行(はやり)神仏となって群衆を集めた。

 私は東京の文京区小日向で生まれたが、数日前のテレビのバラエティショーをみていたら、全国にある“びっくり地蔵”の一つとして、林泉寺の「縛られ地蔵」が取り上げられた。享保年間だったが、この石仏を縛ると願が叶うといって、大賑わいとなったという。

 江戸時代の享和3年の記録を読むと、浅草の寺の裏に、狐が4、5匹棲む穴があって、御利益がえられるという噂がひろまり、「いかなる故有しにや諸人参詣群集し、近辺酒食の肆(し)(店)夥(いちぢる)しく出来、賑やかにありしか、半年も過けれは、参詣人まれにてもとの田舎のことし、俄(にわか)に盛(さか)る者久しからすという理なり」と、嘆じている。

 流行神仏ははやりすたりが、激しいのだ。民衆は熱しやすく、さめやすいのだ。

 季節の花である時花(じか)のように、すぐに萎れてしまう。これらの一過性の流行(はやり)神仏に対して、既成の仏教教団が「淫祠」とか、「淫神」と呼んで蔑んだ。

 男女老若も町中さわぎ

 小池都知事はもっとも新しい、流行神である。私は淫神とは呼ぶまい。流行神仏はしばしば熱狂的な踊りをともなったが、都知事選と都議選中に、小池氏の街頭演説を見ようと群集した人々を見ていると、流行神の参詣者を思わせた。

 江戸時代にはほぼ60年周期で、大規模な「お蔭参り」現象が発生した。伊勢神宮のお札が空から降ってきたという噂が、全国にひろまって、大群衆が日常の生活から飛び出して、道中歌い踊りながら奔流のようになって、伊勢神宮へ向かった。「抜け参り」とも呼ばれた。

 最後の「お蔭参り」は、明治元年の前年の慶応3年に起った。庶民ばかり300万人が参加したといわれるが、明治に入ってすぐに  行われた国勢調査によれば、日本の人口が3000万人だったから、10人に1人が加わったことになる。

 当時の記録によれば、「昼夜鳴物秤(ばかり)を打たゝき、男女老若も町中さわぎ、其時のはやり歌にも、おめこへ紙はれ、はげたら又(また)はれ、なんでもえじゃないか、おかげで目出度、という斗(ばか)りにて大さわき、又は面におしろい杯を附け、男が女になり女が男になり、又顔に墨をぬり老女が娘になり、いろくと化物にて大踊、只(ただ)欲も徳もわすれ、えじゃないかとおとる」と踊り練り歩く、狂態を演じた。

 流行神の現象がなぜ頻発するか

 なぜ、日本にだけ流行神という現象が頻発したのだろうか。

 日本には仏教が入ってくるまで、神々が群生しており、どこにでも神がいるという信仰だけあって、教典、戒律がある教派宗教が存在しなかった。絶対的な神格が存在しないために、人々が神仏を自由奔放につくりだすことが、できたからだったと思う。

 今日でも、日本には絶対的に正しいという聖が、欠けている。私は在来信仰である神道は、おおらかなものであって、宗教ではないと思う。

 日本人は森羅万象を崇める信仰心が強いものの、教典や戒律によって縛られないから、宗教性が薄い。「宗教」という言葉は、明治になってから寛容を欠くキリスト教が入ってきたために、新しく造られた明治翻訳語であって、それまで日本には宗門、宗旨、宗派という言葉しか、存在していなかった。

 世界文化遺産に指定されると、そこに人々が大急ぎで殺到するのは、世界のなかで日本だけにみられることだ。

 上野動物園でパンダに子が生まれると群集して、『上野精養軒』の株価が急騰する。利に聡い新聞社や、テレビ局が流行神をつくるために、噂をひろめる。

 都議選に惨敗して以後、それまで「安倍一強」と囃されたのに、安倍内閣の支持率が急落した。大手新聞やテレビが、“安倍叩き”に熱中している。これも、江戸時代に庶民の大きな娯楽だった歌舞伎の演目に、権力者が没落するというテーマが、もっとも多かったことを思わせる。武士とその家族は歌舞伎を観劇することを、禁じられていた。

 日本では江戸時代を通じて、政治が世界のどこの国よりも安定して、治安がよく、庶民が豊かで、自由な生活を享受していた。支配階級であった武士だけが、政治に責任を負って、庶民は政治に参加することがなく、政治の傍観者だった。

 大正14年はじめての普通選挙

 大正14年の普通選挙によって、庶民がはじめて政治に参加したが、ここ90年あまりのことでしかない。そのために庶民にとって政治というと、流行神に現世利益とか、世直しの願望を託すような次元で、とらえられている。

 小池都知事はいつも洋装に気を砕いて、「ファースト」とか、「ワイズ・スペンディング」とか、舌足らずの英語を乱発している。国枠主義者のなかに眉を顰める向きがあるが、私には日本原人のように泥臭いから、好感がもてる。

 日本では古代から常世の国といって、遠い海原の果てから幸がもたらされるという、信仰があった。日本は海の文化だから、陸の文化である中国にない「宝船」という発想がある。そのために、日本語のなかに夥しい数にのぼる英語から借りてきた、生ま半可な言葉が氾濫している。