From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)
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『三橋貴明の「新」経世済民新聞』
2017/7/28
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【「非核五原則」から11年】
From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)
米国の独立記念日だった7月4日、北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射に成功したと発表し、米国政府もそれを確認しました。この27日は、北朝鮮が「戦勝日」としている朝鮮戦争の休戦協定締結から64年目ということで、日米韓の3国は北朝鮮のICBM発射を警戒していました。明けて本日朝まで発射は確認されていませんが、日本では27日夕、その任に当たる防衛大臣が辞任の意向を固めたと報じられ、本日中にも辞表を提出します。
稲田朋美防衛大臣の辞任は、南スーダンのPKO日報問題や、東京都議選の応援演説での失言などの責任を取るもので、黒江哲郎事務次官、岡部俊哉陸幕長も辞任します。こうした事態に北朝鮮の金正恩元帥はほくそ笑んでいるでしょう。
我が国の内政の混乱を笑っているのは北朝鮮ばかりではありません。尖閣諸島周辺での領海侵犯を常態化させている中国公船が、いよいよ九州北部海域の領海にまで侵入を始めました。さらに7月17日、青森県沖の領海内を中国海警局の船2隻が航行しているのを第二管区海上保安本部(宮城県塩釜市)の巡視船が確認しています。
国連海洋法条約では、全ての国の船舶は沿岸国の安全などを害しない限り領海を通航する「無害通航権」が認められていますが、そんな安穏な「カエルの楽園」のような解釈で中国の動きを見過ごしていいとは思えません。
このような事態を目の当たりにしながら、国会では「森友だ、加計だ」と、安倍政権潰しのカラ騒ぎが続き(もちろん、安倍政権に問題なしとはしませんが)、何がより肝心か、議論し、政策的な答えを出していかねばならない問題が置き去りにされています。
北朝鮮の核の脅威は今に始まったことではありません。北朝鮮は2006(平成18)年10月に初めて実施して以来、昨年9月までに5回の核実験を行っています。金正日から金正恩へと核開発は受け継がれ、それはICBMの完成に到達しようとしています。この間、日本は国防のために何をしてきたのか。
平成18年、当時の自民党政調会長・中川昭一氏が「核を持たずに北朝鮮にどういう対抗措置ができるのか真剣に議論しなければならない」と述べたところ、その意見は与野党、マスメディアからあっという間に封殺されました。その風圧の強さに中川氏自身その後発言を自粛しました。
「国会では『非核五原則』、つまり核について『つくらず、持たず、持ち込ませず』だけでなく、『発言させず』『考えさせず』という空気が横行している」と、中川氏が嘆いたのを覚えている読者はどれほどいるでしょうか。
戦後の日本外交は、国際社会から孤立しないように「諸国民の公正と信義に信頼して」先行譲歩と摩擦回避を専らにしてきました。それが結果的にどのような事態を日本にもたらしたか。これまでは、自由貿易が維持されそれによって経済発展したとことを強調する向きが強かったと思いますが、そうしたイメージとしての理想は薄れ、米国の“単独行動主義”や中国の“覇権主義(中華拡張主義)”などが露骨に姿を現してきたことで、少なくとも国民の無意識の世界では、現実主義への転換が進行しているように思います。
それを認めないのが空想的な戦後の平和主義を信奉している人々で、永田町とジャーナリズムの世界に多く、現実に根ざした素朴な国民感情の変化を「ナショナリズムの復活」や「軍国主義への道」と警戒感を露わにし、頭ごなしに非難する向きも少なくありません。
国家の自立、ということを置き去りにしたまま戦後の日本は70余年歩んできたということを誤魔化してはなりますまい。
「自立」とは、自らのことは可能な限り自ら決するということです。「憲法9条を守れ」という人がいささかでも現実との整合性をはかろうとするなら、それは「日米安保条約を守れ」ということと揃いになっていなければなりませんが、彼らは認めたくない現実は見ないのですね。
さて、自主的な防衛力を高めるという観点から考えると、平成18年10月の北朝鮮の核実験から日本はどれほど時間を空費したか。
実は、平成18年9月、北朝鮮の核実験に先立って密かに政府機関の専門家が調査しまとめた「核兵器の国産可能性について」という政府内部の文書があります。
それによると、「日本が小型核弾頭を試作するまでに少なくとも3~5年の期間と2000億~3000億円の予算と技術者数百人の動員が必要」で、日本にはウラン濃縮工場や原発の使用済み核燃料の再処理技術・設備はあるが、技術上の制約から核兵器にただちに転用できないとしています。
技術上の制約は何かというと、核兵器の原料は、広島型原爆の高濃縮ウランか長崎型のプルトニウムの2種類ですが、日本には日本原燃六ケ所村原子燃料サイクル施設(青森県)や、日本原子力研究開発機構東海事業所(茨城県)に、ウラン濃縮や原子力発電所の使用済み核燃料再処理工場があるものの、いずれも軽水炉用で、核兵器級の原料をつくるのには適しません。濃縮工場は純度3%程度の低濃縮ウランの製造はできますが、そのための遠心分離機は故障が多く、短期間での大規模化は困難であるとされています。
結局、政府の内部文書では、日本が核保有をするためには、プルトニウム239を効率的に作り出すことができる黒鉛減速炉の建設と減速炉から生じる使用済み核燃料を再処理するラインを設置する必要があると結論づけました。
したがって、かりに日本が核保有を宣言しても、すぐには独力で北朝鮮の「核脅威」を抑止することはできない、ということです。
11年前に「できない」と結論づけた話ですが、11年前から「技術上の制約」を突破すべく国を挙げて核保有に取り組んでいたらどうだったでしょうか。
日本の核保有をめぐる論議は「保有は非現実的」だとして、その困難さばかりを論う“識者”が多くを占めます。とくに外務省OBで評論活動をしている人たちに多いのですが、彼らが非現実的であるとする理由の第一は、日本が核拡散防止条約(NPT)加盟国であり、厳しい査察を受け入れる国際原子力機関(IAEA)の追加議定書の批准国であること、第二に「北朝鮮のように地下の秘密工場(実験工場)などを建設できる国ではない」ことを挙げます。
日本が核兵器を開発するためにはNPTを脱退せねばならず、それでは今の北朝鮮と同じように世界で孤立し、轟々たる非難を浴びながら制裁措置の下に置かれることになるという。
「今の日本国民は、お隣の将軍様とは異なり、世界の中で最もそのような圧力に耐えられない、か弱き民族である」というのですね。
「日本がNPTを脱退すれば、日米原子力協力協定に従って日本の核燃料サイクルは停止させられる。原子力発電は止まる。いま言葉だけ勇ましく叫ぶことに何ほどの現実的裏づけがあるのか」とも。
なるほど「日本が核保有を目指すのは非現実的である」というのは現状を語る上ではそうなのでしょう。しかし、現状を放置したままでいいのかという議論は急務です。少なくとも11年前の中川発言のときからその必要性、周辺事態は続いているわけです。
たしかに核保有は難しいという材料を探せばいくらでも出てきます。しかし、そうした現実の困難さを論じるうえで、最も問題にすべきは「日本人の自立の意志」ではないでしょうか。
日本の核保有の問題は、資金や技術の問題以上に、「それはアメリカが容認しない」「日米関係を悪化させる」と眉を顰める人たち、それを懸念して自立心、独立心を脇に置いてしまう人たちの存在に行き当たります。
いかに日米安保条約があっても、北朝鮮や中国の核ミサイルが米本土を正確に射程に捉えた場合、米国は本土の各都市が火の海になるリスクを冒してまで日本を守る義務を果たしてくれるか。日米安保条約には詳細な取り決めはありません。ドゴールが「同盟国とは、助けに来ることがあり得ても、決して運命をともにしない国である」と言ったように、運命をともにしない以上、日本も核を保有して自らを守るという選択はあってよいのです。主権国家として当然の選択肢で、政府がこれを考えないほうが国民に対する不実、背信であると私は思います。
そして、日本がそうと決断をすれば米国もまた変わるのではないか。変わり得る一例を挙げます。
2006年3月、インドを訪問したブッシュ米大統領(当時)は同国のシン首相(同)との首脳会談で、NPT未加盟のインドに対し、米国が民生用の核開発分野で協力するという協定に合意し、同年12月に「米印平和原子力協力法」に署名しました。核査察の面からみれば、米国はインドに自発的な査察を認めることで米露中英仏の核保有国と同様の扱いとし、6番目の核保有国として認知したわけです。米国から軽水炉や原発濃縮用のウランも入手でき、ブッシュ大統領とシン首相は、米印間の戦略的パートナーシップの拡大で合意し、域内で台頭する中国を視野に、政治、経済、軍事面の協力関係を強化する姿勢をアピールしました。
このインドの核開発への協力について、核不拡散政策の転換ではないかという米国内の批判に対し、ブッシュは「時代は変わりつつある。過去に縛られてはいけない」と語り、さらに「インドの原子力産業の発展はわが国の経済や世界のエネルギー問題にも資する」と述べました。
米国がインドにそうした地位を認めたのは、インドが民主主義国家(民主的な選挙で指導者が選出される)で、核拡散の懸念は小さいとしたからで、日本はこの要件は十分満たしています(同盟国なのですから)。NPTの問題も、経済制裁の問題も、日本は本当に「そのような圧力に耐えられない、か弱き民族」なのか。
そろそろ日本は自らの可能性の扉を閉じたまま、「できない理由」を探して自ら納得することをやめるべきです。何事であれ決断すれば「できる国」として、やるかやらないかを自分で決める国になっていきたいものです。11年前からその道を歩んでいたら……。
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