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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成29年(2017)7月25日(火曜日)弐
        通算第5367号
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 中国海軍、ロシアとバルト海でも軍事演習
  ミサイル駆逐艦、コルベット艦などを投入、ドイツの不快感
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 北欧諸国はバルト海の安全保障が、いよいよ脅かされてきたと脅威を感じている。不安が増しているのだ。他方で、北欧諸国は中国の一帯一路構想に魅力を感じて、中国に接近するという矛盾をさらけ出している。

 ロシアと国境を接するフィンランド、かつてはフィンランドを支配したスエーデンがとくに顕著に対ロシア軍事脅威観を抱くが、すこし距離のあるデンマークとノルウエイは、どちらかといえばロシアよりドイツへの不快感が濃厚だった。

 ところが、2017年7月24日からバルト海で開始されたロシアと中国との合同海軍演習はドイツを含めて周辺海域にとって直面する軍事的脅威の拡大となった。NATO全加盟国にとっても、このロシアと中国がおこなう初めての共同演習には強い関心を寄せる。

 この両国が地中海での訓練をすませ、いよいよバルト海に進出してきたのだから、NATOにとっては新しい頭痛の種。現在もアメリカの関与への共鳴と反撥という加盟国の間での温度差、軋轢にくわえ、一部にはトルコがNATOから脱退するのではないかという疑心暗鬼が広がり、その一方でドイツ財界のなかには中国のシルクロード構想への参加は間違いではないかという議論も広がり始めている。

 中国海軍はミサイル駆逐艦、フリゲート艦、輸送船などを投入し、ロシアも最新鋭コルベット艦など両国で十二隻の軍艦に航空機、武装ヘリなどをくわえての本格演習となった。演習は28日まで続けられる。
 演習のおもな目的は中国海軍とロシア海軍の共通練度向上、相互理解にもあるが、対空、対地ミサイル発射訓練に対潜水艦戦闘訓練も加わるというのだから、本格的である。
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 書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 「鹿島立ち」とは、いかなる意味が裏に籠められていたのか
   「天孫降臨」は関東から九州への遠征。高天原は関東にあった

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田中英道『高天原は関東にあった』(勉誠出版)
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 田中英道氏は美術史が出発点であり、考古学、古代史への分野へは美術の観点から興味を高められた。そのうえでイタリア、フランス、スペインの美術の造詣から、歴史の議論は国際的なパースペクティブに広がる。
 独自の歴史解釈、そのアプローチが学閥や通説に拘束されない、斯界のタブーを撃破していく。通説を完膚無きまでに論破するのは、そうした学問的背景がある。
 おそらく、本書で展開されている高天原が関東にあり、邪馬台国は実在しないという挑戦的な、革命的な書籍は既存の歴史学会や大学教授らは間違いなく無視するだろう。ちょうどアメリカの歴史学界が、真実を言う学者、ジャーナリストを「歴史修正主義」と言って排斥するように。
 「目から鱗が落ちる」などという表現は陳腐である。目から何十枚、何百枚も厚い鱗がぼとぼと落ちていくほどに本書に描かれた歴史解釈は従来の歴史通念をひっくり返すのだ。戦後の左翼が取り憑かれた愚昧な歴史観をひっくり反すコペルニクス的な、画期的な書物が本書なのである。

 というわけで、読了に三日かかった。かかりっきりで読んだわけでもないが、一行一行をかみ砕きながら読むと想定外に時間がかかるのである。
 冒頭に縄文土器の解釈がある。
土器、土偶、とりわけ縄文の意味。田中氏はひろく諸外国の類似土器、土偶を美術史的な観点から比較考察する。その探求眼は国際比較文明学者のそれであり、土偶の造型の多くがデフォルメされ、水蛭子がモデルになっていることに着目し、日本の古代史の常識を覆る衝撃の歴史考察がつづく。
「先史時代のヴィーナス」のようであっても、日本の長野県棚畑遺跡からでた「縄文のヴィーナスがもっもも美しい」とされる氏は、「写実性から離れ、抽象性、芸術性をもっている」とするのだが、その源泉は不明である。だが、氏は考古学的解釈や時系列に拘らず、フォルモロジーから真実に迫ろうとする。
評者(宮崎)は土偶の変形とりわけ女性の腹部がふくよかすぎるほど出っ張った土偶をギリシアやキプロスでもみたが、当時は肥満女性が美しかったから等という解説は聞き飽きた。
そういう陳腐な解釈が歴史を誤断させるのではないのか。

 青森の三内丸山遺跡には黒曜石が発見されている。近くの秋田県の山奥になるストーンサークルは、世界の果てにも類似があり、また巨石神殿は英国のストーンヘンジ、マルタの巨石神殿を連想するのは評者だけではあるまい。
 ともあれ日本の縄文時代は一万六千年以上まえからあって中国大陸や朝鮮半島とは無縁の独自の文化を形成していたことがわかる。

 ついで高天原が関東にあった理由に鹿島、香取神宮の存在と日高見国の位置の考証に移り、鹿島から鹿児島への船の移動を推論する。
 「鹿島立ち」が古来より意味したのは関東からの防人が九州の防衛に行くことだった。鹿島、香取神宮の付近には日高見という地名が多い。
 田中氏はこう言う。
「ニニギノミヤは、鹿島から立って九州の鹿児島に船団で向かって到着し、『天下った』ことを意味し、『天孫降臨』の随伴する七柱の神とは、天児屋根命、天鳥船神、天津日高日子などで、まさに東国三社の神々であり、『日高見国』の人々がニニギノミヤを守り、従う随神たちであったことを示している」(174p)。

 さて評者も、神話の故郷、高千穂には三回でかけている。
 高千穂で「天の岩戸」なる場所を遠望し、高千穂神社での恒例の神楽見学のあと、土産屋に寄ると、「天孫降臨」という焼酎を売っていた。名前が気に入ったので思わず買ってしまった。
 高千穂から延岡へ山稜をたどるとニニギノミヤが降り立ったと言い伝えのある山がある。じつはこの山稜のなかに可愛岳がある。ご記憶だろう、この峻険は?山を越えて、西南戦争に敗れた西郷隆盛軍が薩摩への帰還の旅にでたことを。官軍はニニギノミコトの神話を思い出して、可愛岳を登攀した西郷軍を深追いしなかった。


 ▲「邪馬台国」も「卑弥呼」もシナの捏造なのだ

 白眉は「邪馬台国」。「卑弥呼」論争への決定打だ。
 田中氏は次のように言う。「魏志の倭人伝は倭国のことを具体的に描いたものではなく、若干の同一性を除くと、すべてフィクションであり、検討に値しない」。
 そう、魏志の倭人伝など、ずばり検討すること自体が徒労なのである。
 卑弥呼は倭国のひとつの邪馬台国の巫女に過ぎない。「つまり天皇のように倭国すべてを統一した上の、『権威的存在』ではない」のである(235p)。
 したがってどちらも実在しなかった。戦後歴史学は、邪馬台国の場所論争、卑弥呼は誰か、女王はどの地区を納めたのかと百花繚乱、侃々諤々、牽強付会の議論に明け暮れた。
 「実在しなかった」といきなり結論をいわれても、戸惑う読者も多いことだろう、と推察する。
 そもそも日本の歴史書に登場しない架空の国と女王。中国の三国志の附録にあたる魏志の倭人伝が言い出しているだけ。この一点をみても、奇怪である。
 思い出されたい。中国にとって歴史はプロパガンダであり、韓国のそれはフィクションであることを。
 魏志の倭人伝は風説、伝聞を纏めて仕上げた怪しい歴史書であり、そこにはシナの政治的打算、思惑が秘められている筈である。
 評者は昔から魏志の倭人伝は信用するに値せず、創作だろうと考えてきた。まず「倭人」という差別的軽蔑語、「卑弥呼」などとおおよそ女王に似合わない命名ぶりからも作者の政治的意図が推定できるのではないか。
 すなわち邪馬台国なるものは、あたかも南京大虐殺などというプロパガンダをまともに追求して、いや実際の犠牲は二万名だったとか、数千ではなかったかという不毛の反論に陥る。相手の陥穽にみごとに嵌っているのではないか。最初から偽書だと断定すれば、邪馬台国がどこにあったか、等という「誇大妄想」的で、レベルの低さを代弁するような愚劣な議論はうまれまい。
 「邪馬台国とか卑弥呼とかいう蔑称がいつの間にか歴史用語になり、教科書にまで載せられるようになったこと自体が、日本の歴史かのレベルの低さを示している」(228p)。
 田中氏は日本中どこを捜しても「卑弥呼神社」がないという冷厳なる現実から論を進める。
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 ▼読者の声 ▼どくしゃのこえ ■READERS‘ OPINIONS ●読者之声
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(読者の声1)長期連載の貴コラムを愛読させていただいております。長年にわたるご尽力に感謝申し上げます。
 今号の「驅黴院」の解釈にはちょっと疑問があります。この場合の黴は病気(性病)のことであって、「醜業婦」のことではありませんよね?
 細かいことを申して恐縮ですが、愛読者ゆえのご指摘とご寛恕ください。
(TT生)


(編集部より)樋泉さんより次の連絡がありました。
樋泉克夫先生からの回答です。
「T.T.樣。日頃から拙稿をご笑覧戴き深謝致します。拙稿(1602回)で言及した「驅黴院」につき、「『黴』は病気(性病)を指し、『醜業婦』に非ず」とのご指摘を受けましたが、同時代の関連資料を参照しましたが確かに「黴」は性病を指していました。
改めて訂正すると同時に、ご指摘に深謝致します。
今後とも、拙稿の誤りをご指摘いただけましたら幸甚です。身勝手ながらお詫びとお願いまで。樋泉拝」



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(読者の声2) 最近、安部内閣の支持率が急減したのはスパイ天国に跋扈する反日勢力による陰謀であり、怪しからんことだという主張が保守陣営から提示されていますが、ちょっと的が外れています。
媚中派を大量に抱え込みシーレーン防衛も危うく、拉致被害同胞の奪還も出来ず、慰安婦「合意」では史実を捻じ曲げ国家国民の尊厳を貶め、終戦記念日に靖国神社公式参拝も回避し英霊に対する国家顕彰も放棄し続ける、このような自民党政権の支持率が低下するのが「怪しからん」ことでしょうか?
誠に結構ではありませんか。
しかも、共産党の微増はあるにしても民進党という旧社会党体質のレーニン帝国主義別働隊の支持率も輪をかけて無残に低下しているのですから、この国が悪化しているのではなく、正常化する過程と捉えるべきです。
今から35年前、我々が未だ現役学生として運動の前線に立っていた頃にも同じような現象がありました。時の首相中曽根が米大統領レーガンとロンヤス関係なるものを結んで蜜月を演出していた際には、保守陣営ではこれを歓迎する向きもありましたが、我々はこうした日米癒着はヤルタ・ポツダム体制の固定化容認に繋がる暴挙として激しく反対運動を展開しました。
いま欧州では正しい民衆の声を反映させた国民政党が次々に勃興し、これを排除したい既製マスコミはポピュリズムとの烙印で貶めている反面、自己中心(国や国民//