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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成29年(2017)7月25日(火曜日)
通算第5366号 <前日発行>
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波乱の北戴河会議、江沢民が欠席、李鵬もいることはいるらしい
重要案件の決定は習近平有利に動くか
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恒例の北戴河会議、どうやら秦皇島の最高幹部避暑地で開催中の模様である。
ところが江沢民が「健康」を理由に欠席していることが明らかとなった。また李鵬は、北戴河に到着はしているものの、会議本番に出席しているかどうかの確認は出来ないと情報筋(博訊新聞、7月24日)。
この会議は第十九回党大会前に、ほぼ全ての基本方針と人事に関して老幹部との意見を整合し、最終的な方針をきめる極めて重要な会議であり、これに江沢民が欠席していることは江沢民派にとって不利に作用する。
李鵬も会議本番に欠席となると長老格の一番は胡錦涛となり、共青団の巻き返しも期待できるのかもしれない。
□▽◎み□◇□や□▽◎ざ□◇□き◎□◇
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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なぜ日本だけが列強の餌食にならなかったのか
「反日」は「奇蹟の国」日本への嫉妬であることを喝破
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ヘンリー・S・ストークス『欧米の侵略を日本だけが撃破した』(悟空出版)
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このところ、ベストセラーを立て続けに出されるストークスさんの最新刊。
国家基本問題研究所(桜井よしこ理事長)の『日本研究賞』特別賞受賞第1作でもある。評者(宮崎)も、この受賞パーティに招待をいただき参加した。
奥さんと息子のハリー君に車いすを支えられながら、ストークス氏は「どうしても、この晴れ舞台に立ちたい」と無理をおしての出席だった。
外国人記者クラブで最古参ながら、歴史修正主義は、クラブではなかなか受け入れられず、だからこそ晴れの受賞は人一倍嬉しかったに違いない。評者とて我が事のように嬉しかった。
氏は大東亜戦争は日本にとっては「正義の戦い」であり、東京裁判はインチキであり、さらに南京大虐殺はなかった。政治的プロパガンダに騙されてはいけないと、「元ニューヨークタイムズ東京支局長」という日本人が一番権威視する肩書きから、米国や中国、韓国の邪悪な歴史観を俎上に載せて、鮮やかに裁いた。
なによりも、氏は三島由紀夫の精神が乗り移ったかのように、日本人に覚醒を促し、プライドを回復せよと訴えるのだ。
本書のテーマは「なぜ日本だけが列強の餌食にならなかったのか」であり、もう一つの立脚点は「『反日』は『奇蹟の国』=日本への嫉妬であること」を喝破しているポイントになるだろう。
さはさりながら、本書ではストークス氏が三島由紀夫が『奔馬』の舞台の一つとして作中作として描いた神風連の熊本を訪れた経験を書く。
「西洋を知ればしるほど、三島は日本人としてのアイデンティティに目覚めていった。自分は日本男児である。日本とは何か。そういう思いを強く持って探求してゆく中で、日本の文化、伝統は、世界にあって稀有な、美しい遺産であると、そう思った。私も神風連を訪ねてわかった気がした。それは神風連、特攻隊に連なる日本的な精神性である。それは、自らの命を賭して神国日本を守るという魂の在り方だ、三島は、そこに強い衝撃を受けた」(176p)
アイバン・モリスは『高貴なる敗北』で西郷隆盛を高く評価して、「日本では英雄が敗北の中から誕生する」と言っている。
つまり「究極の英雄は敗れなければならなかった」としてストークスは次のように続けるのだ。
「自らの正義に殉じて、強大な相手に対峙して、それこそ体当たりをして、信念を貫いて滅んでゆく。その姿が英雄との称賛を喚起する」のである。
ひと味もふた味もちがう日本精神論として読める。
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中国はトランプと組んで金正恩体制を転覆させるか
暴走に見えてトランプのまわりは軍人のリアリズムがある
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渡部恒雄、近藤大介、小泉悠『大国の暴走』(講談社)
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アメリカ通、中国通、そしてロシア通の三人が集まって、直近情報が満載の鼎談である。
通読して、三人に共通なのは「リベラル・リアリスト」という印象だろうか。政治理想を語るとリベラルが目標にみえ、軍事安全保障では、三人ともリアリストなのである。
もう一つの共通点はトランプ大統領を過小評価している点だった。
トランプがディールによって国際政治も片付けようとしているのが、危険と認識しているのだが、外交とはしょせんディール以外の何者でもなく、外交に情緒や感傷や理想を追求すると、かえって危ないことになる。ウィルソンがそうだったし、ケネディ、カーター、オバマと米国を泥沼に陥れたリーダーは、いずれも理想家というより夢想家だった。
その点で、何をしでかすか分からないトランプは、或る意味、行動半径と思考範囲が狭いから予測可能である。
まずは近藤氏の大胆な予測のなかに、「中国がトランプ政権と組んで金正恩政権の転覆を図る可能性も排除できません」、その根拠の一つは軍の改編にあるとする。氏は以前にも『習近平は必ず金正恩を殺す』という本を上梓された。
ロシア経験が長く、奥方もロシア人という小泉氏は、ロシアのSNSへの監視態勢に関して意外な情報を言う。
「最終的にロシアがやりたいのは、中国みたいに外国とのインターネット通信を遮断とまではいかないにしても、或る程度国家のコントロール下においてしまうこと」で、現実にスラブ語系の検索エンジンは「グーグルやヤフーより精度がいい」そうな。
一方、トランプに厳しい渡部氏だが、軍人のリアリズムに囲まれている状況を指摘しつつ、こう言われる
「トランプ政権も、外交政策決定の最終局面では軍人のリアリズムが働くことで、間違った方向、つまり同盟国との結び付きを弱める方向にはむかわないんじゃないか」
このあとも渡部氏はアメリカの軍需産業の実態を過去の通念で捉えることの間違いを指摘し、小泉氏は旧ソ連圏の大きな変動ぶり、とくに中央アジアへの中国の進出を報告し、ロシアへの脅威はスエーデンなど北欧ですら増していると指摘する。
近藤氏は習近平の打ち上げた「雄安都市」について、面白い側面を言う。
この新都市建設は、宣言されると同時に土地代が四倍に跳ね上がるなど、いかにも中国的な反応ぶりだが、強制的に社会科学院や国有企業の移転をさせる。
その移転させられるところは「習近平の嫌いな富裕層とインテリを追放するわけでまさに21世紀版の文化大革命です」
なるほど、北京のインテリ達はそういう解釈をしているんだ。
ともかくトランプ、習近平、プーチンの三人が世界を大混乱に陥れるという暴走原理を三者三様に説いていて、話題豊富、波瀾万丈、面白い鼎談だった。
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1603回】
――「支那の官吏は賄賂を取る・・・金なくば訴訟するな」――(廣島5)
廣島高等師範學校『滿韓修學旅行記念録』(非賣品 明治40年)
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アジアの新興国家である日本の日清戦争勝利は、やはり西欧列強に相当な危機感を与えたはず。有体にいうなら「小癪なヤツめ。猪口才な日本如きにデカいツラはさせネェ」といったところだろうか。ロシア・ドイツ・フランスがチョッカイを出して来た。三国干渉である。多勢に無勢。日本は戦利品である遼東半島の還付に泣く泣く応ぜざるをえなかった。他日を期しての臥薪嘗胆の10年の後、日露戦争を勝利で終わらせる。かくて「十年の準備と完備せる組織と、日本人獨特の愛國心となかりせば天祐は决して受け得ざりならしむ」となる。
やがて「一行は旅順を發して、奉天に向ふ」。「四隅馬糞累々たる有蓋貨車の中、臭氣と暑氣に惱まされ」ながら「草原田園の間を?車は縫ふて走る」。「廣袤千里、只だ茫々たる廣野」を行く。千変万化する自然に包まれた日本の鉄道と違い、「土地こそ廣けれ、山に翠黛の美なく、川に清流の趣なく、野は唯だ是高粱畝か道か『どこが河やら道さへ知れず』」という具合の単調極まりない四囲の風景に飽きてきた。
集落を通過する貨車に向って走り寄って来て「皆『萬歳』又は『パン進上』と叫ぶ」子供らを見て、「是れ蓋し我軍の兵士が戯れに?車の窓より食物を投げ與へしもの」があったからだろうと思い巡らし、「利には敏き支那人のこととて遂に斯かる風をなしたるものなるか」と綴る。次いで「是等満洲土人の小供は髪を垂れたれば一見女子の如」きであり、「其の体格多くは?せ、色?く、全身垢に滿ち」、切羽詰まった姿で「物乞ふさま」は、「貧乏土人の下司的根性の一端を窺ふに足る」と。
ここまで彼らの旅を追ってきて、ふと考えた。当時の彼らは10代の終わりから20代の初めだろうから、彼らが30代、40代、50代と年を重ねるごとに日本の大陸への関与の度合いは増し、欧米列強との摩擦の度は増し、50代の終わりか60代の初めに昭和20(1945)年の敗戦を迎えたことになろうか。広島高等師範学校の生徒一同に「東京帝國大學、第一、第二高等學校、學習院、美術學校外國語學校、大阪高等商業學校、仝高等醫學校、仝師範、中學(約十校)等の學生」が合流した総勢600余名のなかには、後に日本の国策を定める枢要な立場に就いた若者も含まれていたに違いない。日露戦争勝利によって世界の強国に躍り出た新興日本の若きエリートである彼らは、どのように満州を捉えたのか。
『滿韓修學旅行記念録』出版翌年に当たる明治41(1908)年末、在米の朝河貫一(当時エール大学教授。比較法制史)は『日本の禍機』(講談社学術文庫 1987年)を著し、日露戦争後の欧米における対日観の変化について、「今日、我邦に対する世界の態度はいかん。余はこの点につきて読者の知り給わざるほどの事を知れるにあらざれども、戦役以後驚くべき速度にて世情あまねく変化したるを熟知す。惟うに欧米いずれの処に到るも、いかなる外人に接するも、その我に対する態度の戦前と同じからざるは、一瞬にして見ることを得べし」と、警鐘を鳴らした。
「一般の俗衆はただ漠然日本を疑い、または恐れ、または憎む者にして、(中略)日本は戦勝の余威を弄して次第に近隣を併呑し、ついには欧米の利害にも深き影響を及ぼすに至るべきがゆえんなりと」。これに対し「多少東洋の近事に注目したる識者」は、「日本は戦前も戦後も反覆天下に揚言して、その東洋政策の根本これに外ならずと称したる二大原則に、己れ//

