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 平成29年7月23日発行 vol.456
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 斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」
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「3項、4項をあわせ読めば」
──なぜ有識者に意見を求めるのか? 6
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 私は運動家ではありませんが、わが国の現状と行く末を憂い、「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンを、1人で始めました。このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を切に求めます。


 さて、以下、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第3章 伝統を拒絶する官僚たちの暴走

第1節 なぜ有識者に意見を求めるのか?──依命通牒の「破棄」


▽6 「3項、4項をあわせ読めば」

 宮尾答弁の中身について、もう一度、見てみます。

 まず、依命通牒は宮内府の内部的な文書だとする点ですが、事実に反するものと考えます。

 というのも、依命通牒(依命通達)とは行政官庁の命令によって補助機関が発する通達であり、昭和22年5月3日の宮内府長官官房文書課発45号、高尾亮一同課長名による依命通牒の場合は、各部局長官に対して通達されたのであって、宮内府内部の事務処理の考えを宮内府内部に向けて発したのではないからです。

 つぎに、廃止の手続きを取っていないから、いまも通牒は生きている、ということについて、ですが、ここが最大の問題です。

 もし生きている、とするのなら、昭和40、50年代に天皇の祭祀が変更された根拠は何か、ということになります。なぜ依命通牒がバインダー式だったらしい宮内庁の「法規集」から外されることになったのか、です。

 同じ平成3年4月25日の参院内閣委で、秋山收内閣法制局第二部長(のちの内閣法制局長官)は次のように答弁しています。

「皇室の行います儀式とか行事につきましては、憲法あるいはその他の法令の規定に違反しない限りは、法令上の根拠がなくても皇室がその伝統などを考慮してこれを行っても現行憲法上何ら差し支えないものでございまして、先ほどの宮内庁の御説明、お尋ねの通牒は3項、4項をあわせ読めば、現行憲法及びこれに基づく法令に違反しない範囲内において従前の例によるべしという趣旨でありますので、憲法上、特段、問題はないものと考えております」

 注目したいのは、「3項、4項をあわせ読めば」です。

 つまり、依命通牒の第3項は

「従前の規定が廃止となり、新しい規定ができていないものは、従前の例に準じて、事務を処理すること」

 で、皇室祭祀令に定められていた宮中祭祀、登極令に定められていた践祚・即位礼関連の諸行事などがこれに当たりますが、第4項では

「前項の場合において、従前の例によれないものは、当分の内の案を立てて、伺いをした上、事務を処理すること」

 とされています。

 したがって、「従前の規定が廃止」され「新しい規定ができていないもの」について、基本的には「従前の例に準じて事務を処理」されるけれども、「従前の例によれないもの」については、「従前の例に準じて事務を処理」しないことになります。

 依命通牒は廃止の手続きはとらない。したがって効力はいまも続いているが、たとえば憲法の政教分離原則などに抵触するような部分については、「従前の例」を踏襲しないと判断するということです。

 昭和50年当時の宮内庁当局者たちは、依命通牒によって踏襲されてきた皇室の伝統を、ほかならぬ依命通牒に基づいて、「廃棄」したということでしょう。

 これが、宮内庁OBが証言する「依命通牒の破棄」です。

 だとすると、問題は3点です。

(1)占領下でさえ踏襲されてきた天皇の祭祀が、「従前の例によれない」と判断された根拠は何か?
(2)天皇第一のお務めとされてきた祭祀の重大な変更を、官僚組織内部で行った理由は何か?
(3)依命通牒が「生きている」のなら、なぜ「法規集」から外したのか?

 依命通牒の「廃止の手続きは取っていない」という宮内庁次長の答弁、「3項、4項をあわせ読めば」という内閣法制局の見解を引き出したのは吉岡議員の功績ですが、祭祀の改変について追及しないのは共産党議員ならではの限界といえます。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


◇ 筆者のプロフィール ◇

斎藤吉久(さいとう・よしひさ) 昭和31年、第32代崇峻天皇の后・小手姫(おてひめ)が里人に養蚕と機織りを教えたとの物語が伝えられる福島県・小手郷(おてごう)に生まれる。子供のころ遊んだ女神川は姫の故事に由来する。弘前大学、学習院大学を卒業後、総合情報誌編集記者、宗教専門紙編集長代行などを経て、現在はフリー。著書に『天皇の祭りはなぜ簡略化されたか』など。過去の発表記事は斎藤吉久のブログで読める。「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦(あしづ・うずひこ)の「没後の門人」といわれる


━━━━━━━━━━━━《《《著書紹介》》》━━━━━━━━━━━━━
『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか─宮中祭祀の危機─』 斎藤吉久著
定価(1700円+税)

天皇ご在位20年、ふたたび宮中祭祀の破壊が始まった!政教分離の名のもとに側近らが祭祀を破壊してきた知られざる歴史を検証しながら、たったお一人で祭祀を守ろうとされた昭和天皇と今上陛下のご心情に迫る。http://www.namiki-shobo.co.jp/
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