■「加瀬英明のコラム」メールマガジン



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 柴又の寅さん、男はつらいよ  鰻なんて食い物はな・・・


 4月なかばに春寒(はるざむ)も終わって、新緑が眩しくなると、旬の葉菜を味わうのが楽しい。

 中島兄哥(あにい)と姐さんを、赤坂の小料理屋のTに誘って、一献傾けた。

 兄貴に会うたびに、千軍万馬(せんぐんばんば)――あまたの戦場に臨む――の半生を送ってこられただけに、学ぶことが多い。知恵は経験から涌くことを、教えられる。

 兄貴と姐さんはいつも睦み合って、理想の夫婦(めおと)、いや婦夫(めおと)だ。

 古文では、夫婦(めおと)は女男(めおと)、妻夫(めおと)と書かれたものだった。今でも和船に使われる、両端が尖って打ち合わせる釘は、女男(めおと)釘(くぎ)と書かれる。

 夫が妻に向って、妻が良人(おっと)に向って心の礼を重んじる。男女のあいだでは、形の礼よりも、心の礼が大切である。

 兄貴と姐さんは、日の本のよき妻夫(めおと)だ。伊(い)奘(ざな)諾(ぎ)と伊邪冉(いざなみ)の風(なぎ)と波(なみ)の男女の二神が、戯れあっているうちに、恋におちて、麗しい日本が生まれた神話を、目の当たりにするようだ。

 それにしても、某省政務官のように、道義をまったく心得ない政治屋がいるが、不徳の輩が絶えないのは、残念なことだ。

 明治の新聞小説の第一人者だった村井弦斎が、「結婚した後は酒道楽や女道楽勝手次第、自分の妻や子に対して一片の温情がない人も沢山いる。自分の一家を斉(ととの)える事も出来ない人が、一国の政治を論議するなんぞ大(おおき)な顔をしているし、自分の家庭を神聖にする事も出来ないで、青年を教育すると威張る先生もある」と、慨嘆している。

 私は母方の祖母と母親から「男は台所に入ってはならない」「何でも感謝して食べて、美味しい不味いといってはならない」と厳しく躾けられたので、美食を蔑むように育った。

 祖母は会津の武家の血を、ひいていた。それに戦時中、占領下で、食糧事情が悪かった時代の子供だったので、食事といえば腹を充たせばよく、舌で味わうよりも、口で味わうのが、いまだに癖となっている。

 柴又の寅次郎『男はつらいよ』シリーズのなかで、おいちゃんが宇野重吉が扮する男に、「鰻(うなぎ)なんて食い物はな、額に汗して働く人間には、1年に2度かそこらか、何かよほど芽出度(めでた)いことがあった時に、今日は蒲焼でも食べようかって、大騒ぎして食うもんだ」と、意見する場があったのに、大いに共感したものだった。

 幕末生れの祖母と、明治生れの父親の影響なのだろうか。

 それでも、仕事で料亭で御馳走になるうちに、和食を好むようになった。Tには40年も馴染みの客となっているが、酒道楽はしたことがあっても、女道楽をしたことがないから、赤坂の艶(えん)として鳴らした名妓だった女将に、岡惚れしたからではない。

 私たち日本の精神文化の最大の特徴を、ひとことでいうと、清浄感だ。

 和食は淡白で、できるかぎり自然をそのまま取り入れている。素材の味を損なわずに、山や森や、川や海の霊気が宿っており、季節と自然の恵みを楽しむ。

 和食では何よりも季節を大切にするが、Tでも座敷に季節ごとに合う掛け軸がかけられている。

 欧米で高級レストランに招かれると、壁にいつも同じ高価な油絵が掛けられていて、季節によって替えないから、興がそがれる。

 中華や、フランス料理はさまざまな素材を用いて、もとの素材にない味をつくりだす。化学の実験のようだから、なじまない。

 日本人の美意識は、雅(みやび)にある。派手なものや、金銀のように光るものを嫌ってきた。雅(みやび)の語源は、平安朝の「宮び」からきているが、そこはかとない、ほのかな美しさや、香りを尊んだ。

 『源氏物語』は雅(みやび)の文学だが、「風涼しくてそこはかとない虫の声が聞こえ」(帚木)というように、抑えられた美である。和食も、そこはかとない隠し味を、楽しむ。

 自然は自分をそのまま、見せる。誇張することがない。

 兄貴の姐さんが匂(にほ)やかに微笑むたびに、座が和(なご)む。兄貴夫婦は明るさを春の空と、分かち合っているようで、気風(きっぷ)がよい。

 始終愚痴をぶつけ合っている夫婦が多いのに、お2人は毎日、天上で生活しているような、心持ちでおられるのだろう。

 Tの女将も、姐さんも、深水の絵から抜け出たように美しい。床の間に美女の精が宿ったような、一茎の花が飾られていたが、3輪の花が競っていた。小生にとって、まさに一生一夢だった。

 式部が『源氏物語』の「雨夜のさだめ」のなかで、美女が少ないことを嘆いているが、もしこの場にいたら、筆運びが変わったはずだ。

 それにしても、今の日本では、女らしくない女ほど悦ばれる世相なのか、娘となっては淑女、嫁いだら良妻がいなくなった。惣菜1つ作ることができず、衣服も縫えないのに、心掛けだけが生意気なのだから、煮ても焼いても、食えない。どこを見ても、偽造の女ばかりだ。

 女は料理に長けていなければ、程(ほど)と加減を知らないから、夫婦関係も、男女関係もすぐに破綻する。

 そこへゆくと、愚妻は式部に「雨夜のさだめ」を書き直す労をとらせることがないが、夫の餌づけ??料理となると、得意だ。

 兄貴が別れぎわに、京都のとれたての見事な筍を、贈ってくれた。

 わが家に戻ってから、待っていた愚妻としばし見惚れた。一瞬、兄貴と姐さんのように、夫婦は竹藪のように根がしっかりと繁っていることを教えるために、筍を選んでくれたのだろうかと、思った。

 藪医者にもなっていない、未熟な駆け出しの医者を筍医者という。まさか、私が筍評論家だというお叱りでは、なかっただろう。

(中島繁治氏は日大OB誌『熟年ニュース』主催者)