六甲比命大善神社を訪ねて

 地元の古代史研究家大江幸久氏の案内で、六甲比命大善神社に行ってきました。

大江氏は、歴史上消された瀬織律姫研究の第一人者としても有名です。

 比命神社は、巨大な磐座がご神体として祀られてきました。
今でも海岸の垂水区にある多聞寺の奥の院として庇護されています。

 その多聞寺の山号が「吉祥山」、本尊が「毘沙門天」。

まさにここに、抹殺されようとしたヤマトの神々を今生まで繋いできた日本人の叡智があるのです。

 六甲山は、かっては向か津(ムカツ)峰、武庫山と呼ばれ、西宮の広田神社の社領でした。

京都の西に広田神社があるから「西の宮」と呼ばれたのです。

 広田神社は、ヤマトの民にはなくてはならい不可欠の神社なのです。

 歴史は勝者の都合のいいように書き換えられていきます。
古代史ともなると、勝者の定めた「文献」のみが正史として残ります。

 その典型が「古事記」と言われています。

 大陸系の仏教をもたらせた勢力によって、本来のヤマトの歴史が捻じ曲げられてきたのです。

つまり、天照大神が男神から女神にされ、妃であった瀬織律姫は歴史から抹殺されました。

しかし、京都から離れた西宮の広田神社で、表上は天照大神の荒魂として、実際は瀬織律姫として祀ってきた・・・ 

 典型的な勝者である竹内宿禰等の実際の行い等も見直さなければならないときかも知れません。

 広田神社も歴史上の勝者たちにより、社領である六甲山を維持できなくなったとき、ヤマトのいにしえの歴史を刻んできた比命神社すなわち巨大磐座群を、多門寺の奥の院という仏教の中で遺した・・

 要するに聖徳太子は、日本のヤマトの神々が、藤原を中心とする大陸系の仏教のなかで末ぼそり状態になることを危惧し、ある叡智(トンチ)で救ったのです。

 つまり・・・

 天照大神を「毘沙門天」
 妃の瀬織律姫を「吉祥天」として

 仏教の中で日本の神々を祀り、未来永劫残す。

 まさに、「和を以て貴しとなす」・・

 因みに、比命神社一体は、役行者・小角(えんのおづの)以来、修験者の道場として世俗から守られてきました。

また、大峰山地や奥三河も役行者ゆかりの地として有名で、実は私も同地を歩き、様々な気づきをすることができました。

 今回も最大の磐座であり比命神社のご神体である「仰臥岩」に手を触れて、目をつぶると・・

 岩の中からのぞき窓のように外をみている映像が見えてきました。

 「今でも、ヤマトの神々が見守ってくださっている!」

 かっての大峰山の大木や、奥三河の磐座で見せて頂いたメッセージと同じでした。

 「自然、全てのものとの調和」

 因みに大江氏は、毎週荒れた参道を修復し、神社へのお供えを行っています。

 そして、歴史の真実を伝えています。
 現代の役行者の姿をみるようです。

 私もこれを皮切りに、歴史の真実を訪ねる六甲探索を続けたいと思います。


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