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平成29年6月8日発行 vol.412
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斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」
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神道学者も政府も大嘗祭=「稲作儀礼」
──「祈りの存在」の伝統とは何か? 5
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「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンを始めました。皆様、ご協力のほどよろしくお願いします。
さて、以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋です。一部に加筆修正があります。
第2章 有識者ヒアリングおよび「論点整理」を読む
第2節 「祈りの存在」の伝統とは何か?──知的探求がうかがえない櫻井よしこさんの反対論
▽5 神道学者も政府も大嘗祭=「稲作儀礼」
少なくともヒアリングでの意見を読むかぎり、ですが、櫻井さんの意見には、宮中祭祀の変遷史に関する理解もさることながら、天皇の祭祀とは何か、について、深い問題意識があるようには見えません。
仰せのように歴代天皇が祭祀を重視してきたのは無論ですが、その祭祀とは具体的にどのような内容で、その意義は何か、明らかにされているわけではありません。
より本質的な議論が欠けているからこそ、いわゆる「女性宮家」創設論などという、過去にない、混乱した議論が生まれてきたのでしょう。櫻井さんにはぜひともそこを追及してほしかったと思います。
けれども、櫻井さんばかりを責められません。
試みに、今回の有識者ヒアリングの「論点整理」を開いてみると、冒頭の引用文と大同小異のことが書かれています。
興味深いのは、小泉内閣時代に行われた皇室典範有識者会議の報告書(平成17年11月)です。参考資料に、大嘗祭について次のように誤解を招きかねない説明がされています〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/houkoku/houkoku.html〉。
「『大嘗祭(だいじょうさい)』とは、稲作農業を中心とした我が国の社会に古くから伝承されてきた収穫儀礼に根ざしたものであり、天皇が即位の後、初めて、大嘗宮において、新穀を皇祖(天照大神)及び天神地祇(すべての神々)にお供えになって、みずからもお召し上がりになり、皇祖及び天神地祇に対し安寧と五穀豊穣などを感謝されるとともに、国家・国民のために安寧と五穀豊穣などを祈念される儀式。皇位の継承があったときは、必ず挙行すべきものとされ、皇室の長い伝統を受け継いだ、皇位継承に伴う一世に一度の重要な儀式」〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/houkoku/houkoku.html〉
稲作社会の収穫儀礼だという説明は、御代替わり当時の政府の理解と同じです。内閣官房がまとめた『平成即位の礼記録』(平成3年)はつぎのように説明しています。
「大嘗祭は、稲作農業を中心としたわが国の社会に、古くから伝承されてきた収穫儀礼に根ざしたものであり、天皇が即位の後、はじめて、大嘗祭において、新穀を皇祖および天神地祇にお供えになって、みずからお召し上がりになり、皇祖および天神地祇に対し、安寧と五穀豊穣などを感謝されるとともに、国家・国民のために安寧と五穀豊穣などを祈念される儀式である。それは、皇位の継承があったときは、かならず挙行すべきものとされ、皇室の長い伝統を受け継いだ、皇位継承に伴う一世一度の重要な儀式である」
宮内庁の『平成大礼記録』(平成6年)の説明もほとんど同じです。
「大嘗祭は、稲作農業を中心としたわが国の社会に、古くから伝承されてきた収穫儀礼に根ざしたものであり、天皇陛下が即位の後、はじめて、大嘗宮において、悠紀主基(ゆき・すき)両地方の斎田から収穫した新穀を、皇祖および天神地祇にお供えになって、みずからもお召し上がりになり、皇祖および天神地祇に対し、安寧と五穀豊穣などを感謝されるとともに、国家・国民のために安寧と五穀豊穣などを祈念される儀式である」
大嘗祭が稲作儀礼だというように、なぜ政府が誤って理解したのかといえば、そのように説明する研究者が当局のなかにいたからでしょう。
御代替わり当時、宮内庁掌典職に在職し、祭事課長を務めた鎌田純一皇學館大学名誉教授(神道史学)の『平成大禮要話─即位禮・大嘗祭─』(平成15年)は、同様に、
「稲作農業を中心としたわが国の社会に古くから伝承されてきた収穫儀礼に根ざしたもの」
と説明しています。
以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
◇ 筆者のプロフィール ◇
斎藤吉久(さいとう・よしひさ) 昭和31年、第32代崇峻天皇の后・小手姫(おてひめ)が里人に養蚕と機織りを教えたとの物語が伝えられる福島県・小手郷(おてごう)に生まれる。子供のころ遊んだ女神川は姫の故事に由来する。弘前大学、学習院大学を卒業後、総合情報誌編集記者、宗教専門紙編集長代行などを経て、現在はフリー。著書に『天皇の祭りはなぜ簡略化されたか』など。過去の発表記事は斎藤吉久のブログで読める。「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦(あしづ・うずひこ)の「没後の門人」といわれる
━━━━━━━━━━━━《《《著書紹介》》》━━━━━━━━━━━━━
『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか─宮中祭祀の危機─』 斎藤吉久著
定価(1700円+税)
天皇ご在位20年、ふたたび宮中祭祀の破壊が始まった!政教分離の名のもとに側近らが祭祀を破壊してきた知られざる歴史を検証しながら、たったお一人で祭祀を守ろうとされた昭和天皇と今上陛下のご心情に迫る。http://www.namiki-shobo.co.jp/
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第2節 「祈りの存在」の伝統とは何か?──知的探求がうかがえない櫻井よしこさんの反対論
▽5 神道学者も政府も大嘗祭=「稲作儀礼」
少なくともヒアリングでの意見を読むかぎり、ですが、櫻井さんの意見には、宮中祭祀の変遷史に関する理解もさることながら、天皇の祭祀とは何か、について、深い問題意識があるようには見えません。
仰せのように歴代天皇が祭祀を重視してきたのは無論ですが、その祭祀とは具体的にどのような内容で、その意義は何か、明らかにされているわけではありません。
より本質的な議論が欠けているからこそ、いわゆる「女性宮家」創設論などという、過去にない、混乱した議論が生まれてきたのでしょう。櫻井さんにはぜひともそこを追及してほしかったと思います。
けれども、櫻井さんばかりを責められません。
試みに、今回の有識者ヒアリングの「論点整理」を開いてみると、冒頭の引用文と大同小異のことが書かれています。
興味深いのは、小泉内閣時代に行われた皇室典範有識者会議の報告書(平成17年11月)です。参考資料に、大嘗祭について次のように誤解を招きかねない説明がされています〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/houkoku/houkoku.html〉。
「『大嘗祭(だいじょうさい)』とは、稲作農業を中心とした我が国の社会に古くから伝承されてきた収穫儀礼に根ざしたものであり、天皇が即位の後、初めて、大嘗宮において、新穀を皇祖(天照大神)及び天神地祇(すべての神々)にお供えになって、みずからもお召し上がりになり、皇祖及び天神地祇に対し安寧と五穀豊穣などを感謝されるとともに、国家・国民のために安寧と五穀豊穣などを祈念される儀式。皇位の継承があったときは、必ず挙行すべきものとされ、皇室の長い伝統を受け継いだ、皇位継承に伴う一世に一度の重要な儀式」〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/houkoku/houkoku.html〉
稲作社会の収穫儀礼だという説明は、御代替わり当時の政府の理解と同じです。内閣官房がまとめた『平成即位の礼記録』(平成3年)はつぎのように説明しています。
「大嘗祭は、稲作農業を中心としたわが国の社会に、古くから伝承されてきた収穫儀礼に根ざしたものであり、天皇が即位の後、はじめて、大嘗祭において、新穀を皇祖および天神地祇にお供えになって、みずからお召し上がりになり、皇祖および天神地祇に対し、安寧と五穀豊穣などを感謝されるとともに、国家・国民のために安寧と五穀豊穣などを祈念される儀式である。それは、皇位の継承があったときは、かならず挙行すべきものとされ、皇室の長い伝統を受け継いだ、皇位継承に伴う一世一度の重要な儀式である」
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「大嘗祭は、稲作農業を中心としたわが国の社会に、古くから伝承されてきた収穫儀礼に根ざしたものであり、天皇陛下が即位の後、はじめて、大嘗宮において、悠紀主基(ゆき・すき)両地方の斎田から収穫した新穀を、皇祖および天神地祇にお供えになって、みずからもお召し上がりになり、皇祖および天神地祇に対し、安寧と五穀豊穣などを感謝されるとともに、国家・国民のために安寧と五穀豊穣などを祈念される儀式である」
大嘗祭が稲作儀礼だというように、なぜ政府が誤って理解したのかといえば、そのように説明する研究者が当局のなかにいたからでしょう。
御代替わり当時、宮内庁掌典職に在職し、祭事課長を務めた鎌田純一皇學館大学名誉教授(神道史学)の『平成大禮要話─即位禮・大嘗祭─』(平成15年)は、同様に、
「稲作農業を中心としたわが国の社会に古くから伝承されてきた収穫儀礼に根ざしたもの」
と説明しています。
以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
◇ 筆者のプロフィール ◇
斎藤吉久(さいとう・よしひさ) 昭和31年、第32代崇峻天皇の后・小手姫(おてひめ)が里人に養蚕と機織りを教えたとの物語が伝えられる福島県・小手郷(おてごう)に生まれる。子供のころ遊んだ女神川は姫の故事に由来する。弘前大学、学習院大学を卒業後、総合情報誌編集記者、宗教専門紙編集長代行などを経て、現在はフリー。著書に『天皇の祭りはなぜ簡略化されたか』など。過去の発表記事は斎藤吉久のブログで読める。「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦(あしづ・うずひこ)の「没後の門人」といわれる
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『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか─宮中祭祀の危機─』 斎藤吉久著
定価(1700円+税)
天皇ご在位20年、ふたたび宮中祭祀の破壊が始まった!政教分離の名のもとに側近らが祭祀を破壊してきた知られざる歴史を検証しながら、たったお一人で祭祀を守ろうとされた昭和天皇と今上陛下のご心情に迫る。http://www.namiki-shobo.co.jp/
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