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平成29年5月22日発行 vol.395
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斎藤吉久の「誤解だらけの天皇・皇室」
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皇室典範有識者会議で創設を唱えたご本人
──最初の提案者であることを否定する研究者 2
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以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。
第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?
第4節 最初の提案者であることを否定する研究者──所功教授の雑誌論考を手がかりに
▽2 皇室典範有識者会議で創設を唱えたご本人
所功先生の論考が理解しがたい2点目は、「女性宮家」の概念です。
先述したように、最初の提唱者も、その中味も、よく分からないのが「女性宮家」です。ところが、所先生にとっては、その概念はきわめて鮮明です。
所先生の「正論」掲載記事には、こう説明されています。
「この『女性宮家』案は、8年前『皇室典範有識者会議』で検討し、その報告書に『皇族女子は、婚姻後も皇室にとどまり、その配偶者も皇族の身分を有することとする必要がある』としている」
つまり、先生は、「女性宮家」とは皇族女子が婚姻後も皇室にとどまることを意味するとお考えのようです。けれども、小泉内閣時代に「安定的で望ましい皇位継承」のための方策を追求した同会議が「女性宮家」について検討した形跡はありますが、報告書には「女性宮家」という表現はありません。
所先生は、女性皇族が婚姻後も皇室にとどまることが、「女性宮家」創設と同義であるとお考えなのかも知れません。しかし、宮家にとどまりつつ、いわゆる婿養子を迎えるという方策も、発想的にはあり得ますから、「宮家」創設は必ずしも皇族身分継続の要件ではありません。
皇室にとどまることと、宮家の創設とは必ずしも同じではありません。史上、存在してきた「宮家」がそのようなものでないことは、歴史家の先生なら十分にご承知のはずです。
にもかかわらず、なぜ、
「有識者会議で検討された」
「報告書に載っている」
と主張しなければならないのでしょうか?
じつは、皇室典範有識者会議で「女性宮家」創設を唱えたのは、所先生その人だったのです。同会議は識者からのヒアリングを行っていますが、先生は平成17年6月8日、会議に招かれ、こう述べています。
「皇族の総数が現在かなり極端に少なくなってきております。しかも、今後、少子化が進み更に減少するおそれがあります。このような皇族の減少を何とかして食い止めるためには、まず女性皇族が結婚後も宮家を立てられることにより、皇族身分にとどまられることができるようにする必要があります」〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai7/7siryou3.html”
まさに皇室典範有識者会議の報告書を先取りする発言です。報告書は「宮家を立てて」が脱落しただけです。ただ、厳密には「女性宮家」という先生の発言はありません。
けれども、先生が当日配布した資料には、
「女系継承の容認と女性宮家の創立」
と明記され、
「現在極端に少ない皇族の総数を増やすためには、女子皇族も結婚により女性宮家を創立できるように改め、その子女も皇族とする必要があろう」
などと記されています〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai7/7gijisidai.html〉。
以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
◇ 筆者のプロフィール ◇
斎藤吉久(さいとう・よしひさ) 昭和31年、第32代崇峻天皇の后・小手姫(おてひめ)が里人に養蚕と機織りを教えたとの物語が伝えられる福島県・小手郷(おてごう)に生まれる。子供のころ遊んだ女神川は姫の故事に由来する。弘前大学、学習院大学を卒業後、総合情報誌編集記者、宗教専門紙編集長代行などを経て、現在はフリー。著書に『天皇の祭りはなぜ簡略化されたか』など。過去の発表記事は斎藤吉久のブログで読める。「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦(あしづ・うずひこ)の「没後の門人」といわれる
━━━━━━━━━━━━《《《著書紹介》》》━━━━━━━━━━━━━
『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか─宮中祭祀の危機─』 斎藤吉久著
定価(1700円+税)
天皇ご在位20年、ふたたび宮中祭祀の破壊が始まった!政教分離の名のもとに側近らが祭祀を破壊してきた知られざる歴史を検証しながら、たったお一人で祭祀を守ろうとされた昭和天皇と今上陛下のご心情に迫る。http://www.namiki-shobo.co.jp/
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皇室典範有識者会議で創設を唱えたご本人
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第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?
第4節 最初の提案者であることを否定する研究者──所功教授の雑誌論考を手がかりに
▽2 皇室典範有識者会議で創設を唱えたご本人
所功先生の論考が理解しがたい2点目は、「女性宮家」の概念です。
先述したように、最初の提唱者も、その中味も、よく分からないのが「女性宮家」です。ところが、所先生にとっては、その概念はきわめて鮮明です。
所先生の「正論」掲載記事には、こう説明されています。
「この『女性宮家』案は、8年前『皇室典範有識者会議』で検討し、その報告書に『皇族女子は、婚姻後も皇室にとどまり、その配偶者も皇族の身分を有することとする必要がある』としている」
つまり、先生は、「女性宮家」とは皇族女子が婚姻後も皇室にとどまることを意味するとお考えのようです。けれども、小泉内閣時代に「安定的で望ましい皇位継承」のための方策を追求した同会議が「女性宮家」について検討した形跡はありますが、報告書には「女性宮家」という表現はありません。
所先生は、女性皇族が婚姻後も皇室にとどまることが、「女性宮家」創設と同義であるとお考えなのかも知れません。しかし、宮家にとどまりつつ、いわゆる婿養子を迎えるという方策も、発想的にはあり得ますから、「宮家」創設は必ずしも皇族身分継続の要件ではありません。
皇室にとどまることと、宮家の創設とは必ずしも同じではありません。史上、存在してきた「宮家」がそのようなものでないことは、歴史家の先生なら十分にご承知のはずです。
にもかかわらず、なぜ、
「有識者会議で検討された」
「報告書に載っている」
と主張しなければならないのでしょうか?
じつは、皇室典範有識者会議で「女性宮家」創設を唱えたのは、所先生その人だったのです。同会議は識者からのヒアリングを行っていますが、先生は平成17年6月8日、会議に招かれ、こう述べています。
「皇族の総数が現在かなり極端に少なくなってきております。しかも、今後、少子化が進み更に減少するおそれがあります。このような皇族の減少を何とかして食い止めるためには、まず女性皇族が結婚後も宮家を立てられることにより、皇族身分にとどまられることができるようにする必要があります」〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai7/7siryou3.html”
まさに皇室典範有識者会議の報告書を先取りする発言です。報告書は「宮家を立てて」が脱落しただけです。ただ、厳密には「女性宮家」という先生の発言はありません。
けれども、先生が当日配布した資料には、
「女系継承の容認と女性宮家の創立」
と明記され、
「現在極端に少ない皇族の総数を増やすためには、女子皇族も結婚により女性宮家を創立できるように改め、その子女も皇族とする必要があろう」
などと記されています〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai7/7gijisidai.html〉。
以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
◇ 筆者のプロフィール ◇
斎藤吉久(さいとう・よしひさ) 昭和31年、第32代崇峻天皇の后・小手姫(おてひめ)が里人に養蚕と機織りを教えたとの物語が伝えられる福島県・小手郷(おてごう)に生まれる。子供のころ遊んだ女神川は姫の故事に由来する。弘前大学、学習院大学を卒業後、総合情報誌編集記者、宗教専門紙編集長代行などを経て、現在はフリー。著書に『天皇の祭りはなぜ簡略化されたか』など。過去の発表記事は斎藤吉久のブログで読める。「戦後唯一の神道思想家」葦津珍彦(あしづ・うずひこ)の「没後の門人」といわれる
━━━━━━━━━━━━《《《著書紹介》》》━━━━━━━━━━━━━
『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか─宮中祭祀の危機─』 斎藤吉久著
定価(1700円+税)
天皇ご在位20年、ふたたび宮中祭祀の破壊が始まった!政教分離の名のもとに側近らが祭祀を破壊してきた知られざる歴史を検証しながら、たったお一人で祭祀を守ろうとされた昭和天皇と今上陛下のご心情に迫る。http://www.namiki-shobo.co.jp/
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