■「加瀬英明のコラム」メールマガジン



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 「平和憲法」では守れない 北朝鮮のミサイル攻撃


 今年は、明治元年から数えて150年、日清、日露戦争の開戦から、それぞれ123年と113年になる。

 明治維新はアジアを侵略していた西洋の脅威に対して、日本が結束して立ち上った偉業だった。また、日清、日露戦争の前夜には、全国民の眼が、朝鮮半島において刻々と募る危機に集まった。

 3月6日に、北朝鮮が4発のミサイルを同時に発射した。その直後に北朝鮮当局が、「在日米軍基地を標的とした演習だった」と、声明した。そのうち3発が、秋田県の沖合に落下した。

 おそらく4発とも、日本のすぐわきに撃ち込むことを、狙ったと思われる。

 トランプ政権は「北朝鮮に限定的な軍事攻撃を加えることも、検討している」と、言明している。いま、日本は戦後かつて体験したことがない重大な危機に、直面している。

 朝鮮半島において、軍事衝突が起る可能性がたかまっていると、考えねばならない。

 それにもかかわらず、国会は与野党がもう50日以上も、連日、森友学園問題に没頭している。どのようにして北朝鮮の脅威に備えるべきなのか、まったく論じられない。

 民進党も、共産党も、社民党も、マスコミも、日本国民の生命と安全は、すべてアメリカに任せておけばよいという、属国根性丸出しだ。

 いつ、日本国民は独立国としての気概を失ってしまったのだろうか。

 アメリカが痺(しび)れを切らして、北朝鮮に対して軍事力を用いることになれば、北朝鮮の核施設とミサイルを摘出する、限定的な攻撃を加えよう。

 金正恩政権はアメリカから攻撃を蒙った場合に、全面戦争に発展することは望まないが、中国や、国連が介入して停戦が成立する前に、体制の威信を賭けてソウルを砲撃し、韓国にミサイルを撃ち込むかたわら、日本へ向けてもミサイルを発射しよう。

 その場合に、韓国の原子力発電所が破壊されれば、放射能が偏西風に乗って、日本全国を覆うこととなろう。

 日本は北朝鮮から同時に多数のミサイルが飛来する時には、迎撃して破壊する能力を持っていない。

 1991年の湾岸戦争の時に、イラクのサダム・フセイン政権がイスラエルへ向けて、38発のミサイルを発射した。イスラエルは最先端のミサイル迎撃システムによって迎撃したが、撃ち洩らしたミサイルによって、多くの死傷者がでた。

 この5月に、私たちは憲法記念日の70周年を迎える。
護憲派が全国にわたって、憲法記念日を祝う集会を開くことになるだろう。だが、私たちはこの「平和無抵抗憲法」によって、アメリカに国防を丸投げして、自ら両腕を固く縛ってきたために、北朝鮮のミサイル基地を攻撃する手段を、何一つ持っていない。

 迎撃するだけではなく、敵基地を攻撃する能力を合わせて保有することが、どうしても必要だ。それでも万全だといえないが、被害を少なくすることができる。

 マスコミも、国民も、毎日のように“森友劇場”と、東京の豊洲市場移転をめぐる“小池劇場”に、熱中している。そのわきで“金正恩劇場”――クアラルンプール空港における異母兄暗殺事件が、テレビを賑わしている。ところが、国民は北朝鮮の核やミサイルになると、関心がない。

 「“平和”憲法」というのは、前後2つの言葉が一致しない、矛盾した撞着(どうちゃく)語だ。

 どの国の憲法も国民の安全と生命を守るために、戦うことを規定している。

 それとも、「平和無抵抗憲法」の妖夢をみつづけるのだろうか。国民の安全と生命を守るために、1日も早く属国幻想を捨てなければならない。