【今日の言葉+α】

本日は、皆様の人生の糧になることを願って、大好評の5月号「その時どう動く」より、萩博物館特別学芸員の一坂太郎さんに、「奇兵隊」結成など幕末の激動の時代を駆け抜けた偉人・高杉晋作の生き方を語っていただいた記事の一部を特別配信。

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■「幕末の志士、高杉晋作の志に学ぶ」

一坂太郎(萩博物館特別学芸員)

(一坂)
晋作は、最初から奇兵隊や諸隊への呼応も勝利も、すべてを計算していた「天才革命家」だったと評する人がいますが、私はそれは結果論にすぎないと考えます。

晋作が(下関で80人で)決起した時、藩政府には動員できる兵力が2000人もいました。2000人を相手に、80人で喧嘩を売ろうとする人間が、果たして計画など立てるでしょうか。

かつて晋作は、松陰に「男児たるもの、どんな時に死ねばいいでしょうか」という問いを発したことがあります。そして「安政の大獄」に連座し、伝馬町の獄に入れられていた松陰は、

「世に身、生きて心死する者あり。身亡びて魂存する者あり。心、死すれば生くるも益なきなり。魂、存すれば亡ぶも損なきなり」

「死して不朽の見込みがあらば、いつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらば、いつまでも生くべし。僕の所見にては生死は度外におきて、ただ、言うべきを言うのみ」

との死生観を晋作に遺し、刑場の露と消えました。

おそらく晋作は、松陰の教えに従い、「機」を見た瞬間、成算の有無は度外視し、真っ先に戦いに身を投じることで決意を示そうとしたのではないでしょうか。

人間はどうしても「いま行動して勝てるだろうか、負けるだろうか」という打算で物事を判断してしまいがちですが、晋作は心の中から己の損得を取り除き、そこに残る「志」を決断の拠りどころとしたのです。そして晋作のように、志をフィルターにして一つの目的を直視する者にのみ、行動の「機」を見ることが許されるのだと思います。

また、晋作には、たとえ挙兵し討ち死にしても……

●続きは、最新号「その時どう動く」をご覧ください。
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