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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成29年(2017)4月10日(月曜日)
      通算第5262号    <前日発行>
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 嘗て米銀は「返せそうではない」人々に住宅ローンを組ませた(サブプライム危機)
  中国は「返せそうではない」国々に「一帯一路」(サブプライムの中国版)
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 中国の十大銀行の海外直接投資への貸し付けが10兆元(160兆円)に上っていることが分かった。恐ろしいほど破天荒な貸し付けを行っていたのだ。
 これらは習近平の目玉路線「一帯一路」(シルクロード)のプロジェクトを海外で展開するため、現地との合弁企業への貸し付けが主力である。

 四大国有銀行のなかで、国内融資が大半の中国農業銀行を除き、中国建設銀行は対外貸し付け金額を31%増加させていた(国内は15%増、いずれも前年同期比)。中国工商銀行は26%増に対して国内融資は僅かに02%増だった。

 外為専門の中国銀行は10・6%増加(国内は0・7%の増加で、17兆元、(2468億ドル)。

 ところが、これら海外への貸し付けの中味を見ると、ラオスの水力発電所建設プロジェクト、同ミャンマーへも。
バングラデシュ、カンボジアの橋梁工事、スリランカの沖合新都心建設など、習近平が目玉とする「一帯一路構造にみあうプロジェクトへの融資が殆どである。返ってくるアテがない貸し付けである。

  中国は「返せそうではない」国々に随分と無造作に政治的意図による無謀な貸し付けを行っている。「一帯一路」とは「サブプライム」の中国版である。

 嘗て米銀は「返せそうではない」人々に住宅ローンを組ませた(サブプライム危機)。そしてリーマンショックへと疾走し始めて、世界経済は大きな打撃を蒙った。
 その二の舞を中国は自ら進行させているように思える。


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(休刊のお知らせ)小誌、海外取材のため4月13日―17日が休刊となります
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 書評(その1) しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 ロシアの子供たちを戦地から救いだし、二年半もかけて帰国させた日本人がいた
  歴史に埋もれていた日本人船長、経営者の美談が百年後に蘇った

  ♪
北室南苑『陽明丸と800人の子供たち』(並木書房)
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 この物語は杉原千畝の『6000人の命のビザ』に匹敵する、戦争史の裏側に埋もれていた美談である。
 ところが、日本ではまったく知られていない。いまから百年前の難民救出のノンフィクションである。
 1914年第一次世界大戦、1917年ロシア革命。大動乱の奈落にあったロシア。
 とりわけ1917年、メンシェビキが多数派だったのに、10月革命でボルシェビキの謀略と暴力によって敗退し、ロシアは内戦状態となる。
 紛争、革命、内戦、戦争で混沌としていたロシアでは、農地が戦場に化け、農夫は戦地に駆り出され、極端な食料不足に陥っていた。当時の首都ペトログラード(その後、レニーグラードから現在のサンクトペテルブルグに改称)を離れ、遠くウラル地方に疎開したロシアの子供たちがおよそ800人いた。
 ところが、疎開先でも血なまぐさい内戦に巻き込まれてしまい、次の避難先は酷寒だったため、孤立、凍死、餓死の危機に直面した。

彼らを危機一髪で救い出し、手厚く保護したのはトイスラー博士(聖路加国際病院創設者)が率いる米国赤十字シベリア救護隊だった。
そこでロシア人の子供たちはイルクーツク、ハイラル、ハルビンを経て、極東のウラジオストクに移送され、安住の地を得たかにみえた。
しかしウラジオストックにも戦闘が飛び火してきた。シベリア救護隊のアレン隊長は、子供たちを海のルートで逃がし、地球を一周して親元に返そうと、無謀な計画を立てる。
あまりに無謀なので、米国政府も他の機関も協力しない。アメリカは、この無謀かつ大胆な契約に日本の船舶会社を探していた。
この状況下にあって、航海を引き受けたのが日本船「陽明丸」だった。神戸の船会社社長・勝田銀次郎の貨物船。そのうえ勝田は私財を投げうって貨物船を客船に改装した(勝田は、その後、神戸市長となった)。
帰還捕虜も加えた総勢千人の乗員と乗客は、太平洋と大西洋を横断し、バルト海を通過、3カ月かけて隣国のフィンランドに到着した。すでに疎開の日から2年数カ月の歳月が流れていた。
 この陽明丸の快挙は、百年も闇に埋もれていた。

ここからは次に杉原千畝的経過ではなく、フォーサイスの『オデッサ・ファイル』風の追跡サスペンスとなる。
ハプニングがおきた。
著者の北室女史が、サンクトペテルブルク市(旧ペトログラード)で個展を開いたときに、「『ウラルの子供たち』子孫の会」代表のオルガ・モルキナから「船長探し」を懇願されたのだ。
著者は美術家であり、世界中で個展を開いてきた。
個展に熱中しているときでもあり、話題があまりにも遠く無縁の話に著者は当初、そんなこと無理と断りを入れた。
しかし、英文のわずか三ページの資料を帰りのタクシーで読んでいく裡に、インスピレーションが湧いて身体が震えていた。
なにしろウラジオストックから、日本の室蘭に寄港している記録があり、その類推から著者の「北室」と『室蘭』とが、関係があるのではないかと、尋ねるロシア側の日本語知識も無茶苦茶である。
しかし著者は日本に帰国したから地道な探索を始め、雲を掴むような調査のネットワークを拡げていく内に、ようやく、陽明丸船長が茅原基治であり、船長の貴重な手記も発見された。

 これまでは「日本は脇役に過ぎず、単なる運び屋であった」という米国側の過少評価が覆った。陽明丸の偉業は、茅原船長が統率した日本人乗組員らの強い使命感に裏打ちされていた。
リスクを顧みずロシアの子供たち800人の命を救った日本の男たち──彼らの無私の献身と義侠心によって成し遂げられた「陽明丸の事績」が、この本で蘇った。

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 書評(その2)しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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 日本のアジア進攻がなければ、黒人大統領もスポーツ選手も誕生しなかった
    人類平等の世界を築いたのは日本だったのだ

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植田剛彦、ヘンリー・ストークス『日本が果たした人類史に輝く大革命』(自由社)
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 本書は日新報道から2015年に出た『目覚めよ日本』の改訂版である。
 前掲出版のおりに評者(宮崎)は以下のような書評を書いている。
ここに再録してみよう。
 「読み終えて清涼剤をまとめて十本ほど呑んだような爽快感が残った。快著であり、同時に画期的な問題を提議する著作である。
 脳幹に爽やかな一陣の風が吹いた。
ストークス氏が担った歴史的作業とは、欧米ジャーナリストのなかで、とくに在日外国人特派員のなかにあって最古参の氏はただひとり敢然と「東京裁判史観は間違い」であり、「日本の大東亜戦争の目的はアジア植民地の解放戦争だった」と正当に評価した初めての英国人であり、南京大虐殺の嘘を世界に向けて発信している稀有の存在である。
 慰安婦、強制連行、性奴隷に関しても資料をふんだんに使っての反論がなされる。
 ストークス氏は「GHQ史観」とも「東京裁判史観」とも言わず、独自の「連合国戦勝史観」と定義されるように、歴史に対する凛とした態度が明瞭に示されている。
 かくいうストークス氏とて、東京赴任当時から上記のような歴史観を抱いていたわけではなく、英紙フィナンシャルタイムズ、ロンドンタイムズ、そしてニューヨークタイムズの東京支局長として滞在半世紀におよぶ裡に、三島由紀夫氏ら多くの友人・知己を得て、考え方が自然と固まってきた、日本に対する冷静な視点から到達した結論である。
そうだ、ストークス氏は英語で三島伝記を書いた初めての外国人でもある。
だから率直にその思想遍歴を次のように語る。
「私はいわゆる『南京大虐殺』をはじめとして、マッカーサーが日本占領下で演出した東京裁判が、一部始終、虚偽にみちたものであり、日本が侵略国家であったどころか、数世紀にわたって、白人による植民地支配のもとで苦しんでいたアジアを解放した、歴史的におおいに賞賛するべき偉業を果たしたことを、(半世紀の滞在を通じて)理解するようになった」と。
 また対談相手の植田剛彦氏は辣腕のジャーナリスト、アメリカ通として活躍され、多くの著作がある論客だが、鋭い筆法のなかに独特のユーモアが含まれ、つい笑いに誘われた箇所も数カ所ある。
その植田氏がストークス氏の発言を継いでこう言う。
「マッカーサーは、日本に『平和憲法』を強いたり、トンチンカンなことが多かった。日本国憲法は、占領軍に銃剣をつきつけられて、1946年に公布されましたが、日本を土足で踏みつけたようなものでした。(中略)それなのに、今日でも多くに日本人がこの土足を頭の上に戴いて、満足している」
そして惰眠をむさぼり続けてきた日本の平和ぼけはヒトラー台頭時の英国に似ているとして植田氏が続ける。
「ヒトラーが1939年にポーランドに侵攻して、第二次世界大戦の火蓋が切られたときに、イギリスは不意を突かれた(中略)。いまの日本の状況と、驚くほどよく似ています」
ストークスはその後『右翼』といわれたチャーチルが登場し、勝利に導くのだが、「今日の日本に、もし、チャーチルのような人物がいたとしたら、跳ね上がりの『右』だといって、白い目で見られてきたことでしょう。だから三島由紀夫はいまでも、『極右』ときめつけられている」
 だから、日本は東京裁判の再審をおこなうべきなのだとストークス氏は貴重な、大胆な提言をされる。
 「東京裁判では、一方的に、敗戦国のみが、裁判を装った『復讐劇』によって、私刑を受けたわけです。ブレイクニー弁護人は『侵略戦争それ自体は犯罪ではない』と主張し、さらに『もし侵略戦争が犯罪であるというなら、原爆を投下した者、その命令を下した司令官、その国の指導者の名も挙げられる。
彼らは、この法廷のどこにいるのか』と、裁判が一方的であることを訴えました。私は、『東京裁判』それ自体を、国際法に則って、『再審』することで、日本の正義は充分に立証されると、強く思うのです」。
 戦後七十年をむかえて歴史戦で大外交攻勢をかける中国、韓国と、それを背後で黙認し、いや擁護さえしながら米国は「安部談話」に介入している。内政干渉である。このような未曾有の歴史戦を前にして、私たちは東京裁判の再審を行わなければならないのである」(引用終わり)。

 さて、この改訂版に加えることが二つある。//