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『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
平成29年(2017)1月15日(日曜日)
通巻第1051号
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あのデヴィッド・ボウイが三島由紀夫を尊敬していた
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デヴィッド・ボウイといえば伝説のロックスター。「戦場のメリークリスマス」という映画にも出演した。日本にもファンが多いと聞く。
そのボウイは美術収集家でもあり、自らも絵画を描いた。
「ベルリン在住期に手がけた三島由紀夫の肖像画(77年)は表現主義的で、薬物依存を脱却し新たな創作に打ち込む自らの心象を反映するかのよう。ちなみに三島の小説『午後の曳航』は彼の愛読書だった」(産経新聞、2017年1月15日、文化面。東京版は12面)。
ボウイはこれを描き、自らベッドのうえに飾っていた。
http://nme-jp.com/gallery/31872/2/
(上記サイトに、当該肖像画の写真あります)
実物をご覧になりたい向きは下記で展覧会が開催中です
http://davidbowieis.jp/
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(読者から その1)もう終結したいと自ら宣言しておきながらですが、もう少しだけ、反論させて下さい。
「(さつまいも氏)太宰治と会った日に関してですが、これは全集に記されている昭和21年12月14日が正しいものです。この根拠は、三島の「会計日記」や、その他の同席者の証言などから昭和21年12月14日で確定されていることです。」
御説の通りだと思います。
しかしながら、三島本人は「太宰氏を訪ねた季節の記憶も、今は定かではないけれど、『斜陽』の連載がおわったころといえば、秋ではなかったかと思われる。連れて行ってくれた友人はというと、矢代静一氏と、その文学仲間でのちに夭折した原田氏ではなかったかと思うが、それもはっきりしない。」(『私の遍歴時代』)と、「今は定かではないけれど」と言いながら、「秋ではなかったかと思われる」と書いています。12月中旬を秋というのは、明らかな錯覚、記憶違いでしょう。『私の遍歴時代』の初出は、1963年東京新聞1月~5月であり、太宰との会話の約16年後のことです。母・倭文重が三島の死後に回想したのは、三島の高等学校受験から30年近く経過してからのことです。「受験・不合格」という基本的事実については間違えようがないとしても、その受験が四年時であったか(これが一流中学では普通だったはず)、五年時であったかなどについての記憶の正確性については、極めて疑問だと私には思われます。
なお、川島勝が、その日付を昭和22年1月26日と特定し、わざわざ「(三島は二十一年暮と記憶している)」などと明記したのは、他の出席者でこのように明確に書いている人がいるからだと思います。それにしても、1ヶ月以上もの差があるのは不思議ですが。
ところで、『仮面の告白』の執筆依頼を受けた時点については、三島自身は「(九月に大蔵省を退職した後の)十月に入ると、昔の主馬寮のパレス乗馬クラブに入会したが、河出書房から書き下し小説の依頼を受けたのは、あたかもそのころであった。この依頼は私にとって、まことに時宜を得た、渡りに舟の申し入れであった。」(『私の遍歴時代』)と書いています。三島本人は、河出書房からの執筆依頼があったのは、大蔵省退職後だと錯覚しているわけです。
しかしながら、決定版全集「年譜」によると、「(昭和23年8月下旬)河出書房の坂本一亀と志邨孝夫が、書き下し長編小説の依頼で大蔵省仮庁舎に来訪、快諾する。ちょうど長編を書きたいところだった、この作品に作家的生命を賭ける、これを機会に大蔵省を辞めると言う。三人で銀座に出て、昼食にハンバーグを食べる。」とあります。
『仮面の告白』の執筆依頼が大蔵省辞職の前であったか後であったかと言うような、重大な(と私には思える)事実でさえも、三島本人が錯覚、記憶違いを犯しています。このように、基本的事実そのもの(太宰に会ったこと、『仮面の告白』の執筆依頼を受けたこと)には、記憶間違いがあるはずもないものの、その時点などの付随的事項については、本人でさえも、錯覚、記憶違いを起こすものなのです。
「(さつまいも氏)もし本当に受験していたら、ほんの些細なことでも他にも受験生の中などからの目撃談や同級生からの情報のようなものがあっても不思議はないと思うからです。」
それは無理というものでしょう。70名にも満たない学習院中等科の同級生の中で一高を受けたなどという者は三島だけであっただろうし、仮にいたとしてもごく数少ないでしょうから、有名人でもない一中学生の受験について「受験生の中などからの目撃談や同級生からの情報」などがあるほうが不思議ではないかと私は考えますが。
「(さついまいも氏)受験の件の場合は母親一人だけの話なので」
母親という、三島が何でも話していた最も近い直接的最近親者による本人の不名誉的内容についての言及ですから、一人と言っても強力な証言でしょう。また、これを聴取して、著書に明確に(本人の不利益的事項であるにもかかわらずにです。この点で、○モセクシャル問題とはその叙述の真実性を異にすると、私は考えます)叙述したのは、三島本人についてはもちろんのこと、平岡家の内情にも詳しい村松剛ですから、一人ではなく、少なくとも「二人」(複数)だと言ってもよいと思います。
「(さつまいも氏)少なくともWebサイトで真偽不明な伝聞や妄想を垂れ流している人のブログなどを根拠になさるのは止めた方がよいと思われます。」
私が投稿の中で、Webサイトを挙げたのは、早川武夫氏関連のものだけだと思います。これは、その中で、開成中学不合格にふれられており、早川氏(1914年生まれ)は2006年に91歳以上で亡くなられていることもあり、安藤武の著書(『日録』は1996年刊行)に拠ったものではないと推測されるので、敢えて引用したのです。早川氏が、これをどのような情報源から取得されたのかについては不明ですが、あるいは三島自身が早川氏に語っていた可能性もあるのではないかと思います。まったく根拠はありませんが、何度も書いている通り、三島が開成中学を受験したことは、かなり自然かつ合理的な推測だと私は思うからです。
なお、サイト情報も玉石混交であり、三島由紀夫マガジンも、宮崎正弘メルマガも、サイト情報です。もちろん、サイト情報については、可能な限りその裏付けを求めるべきことは言うまでもありませんが。
既に述べたとおり、安藤武の著書も、誤植も散見され、必ずしも信頼できるものではないと私は感じています。
例えば、昭和45年11月13日に「夫人と共に、長男威一郎の学校参観(御茶ノ水女子大附属小学校)に出席。そのあと、勝部真校長と三時間懇談する。」という記述があります(『日録』)。 私が、これを読んだ時は、「学校参観の後、校長と三時間も懇談」ということには、少し異様なものを感じたのですが、勝部真長校長(御茶ノ水女子大学名誉教授)が次のように述べています。
「当時、私はお茶の水女子大附属小学校の校長を兼任していた。二年生のクラスに三島の長男平岡威一郎君が在籍していた。なかなかの腕白で、級友とトラブルを起し、担任が本人を小さい椅子の上に立たせて、詰問したそうだ。それを吊し上げととったのか、三島夫妻が抗議に来校し、校長室の私に逢いに来た。父親の三島は物分りよく『どうぞ本人を殴ってでも鍛えてください』などと言っていた。細君の瑤子さんは有名な日本画家のお嬢さんで、やや不満があるらしかった。・・・・昭和45年11月13日のことである。」(「そこへ電話が入った」雑誌『諸君』1999年12月号)
実に、自裁する13日前のことですが、三島は、自分自身の初等科時代にも同じようなことがあったことを思い出していたのでしょうね。瑤子夫人は、あるいは本気で“抗議”するつもりであったのかもしれませんが、三島は、「ちょうどよい機会だから、最後に・・・」というような気持ちであったのではないでしょうか。
(CAM)
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三島由紀夫研究会、二月の「公開講座」は下記の要領です。
記
日時 平成29年2月23日(木)18時半より(18時開場)
場所 アルカディア市ヶ谷
http://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/10766/rtmap.html
講師 松本徹先生(文芸評論家、三島由紀夫文学館館長、憂国忌代表発起人)
演題 三島由紀夫の時代(仮題)
(講師プロフィール 昭和8年北海道生まれ。大阪市立大学文学部卒。産経新聞記者を経て文芸評論へ。近畿大教授、武蔵野大教授を歴任。現在三島由紀夫文学館館長。最近著に『三島由紀夫の時代 芸術家11人との交錯』、水声社)
会費 2000円(会員は千円)
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3月の公開講座は西村幸祐氏
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記
日時: 平成29年3月21日(火)午後6時半~(午後6時開場)
場所 アルカディア市ヶ谷(私学会館)
http://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/10766/rtmap.html
講師: 西村幸祐氏(評論家)
演題: 三島由紀夫と21世紀の日本(仮題)
会費: 一般2千円(会員1千円)
(プロフィール:昭和27年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学文学部哲学科中退。学生時代に『三田文学』の編集に携わる。以降評論、言論の世界で活躍中。
主な著書に『21世紀の「脱亜論」中国・韓国との決別』(祥伝社新書)、『日本人に「憲法」は要らない』(KKベストセラーズ ベスト新書)など多数)
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来年4月の公開講座は井上隆史先生
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メキシコでも「国際 三島シンポジウム」があり、その本の編集も進んでいるとのことです。
記
日時 平成29年4月25日(火)午後6時半(午後6時開会)
場所 アルカディア市ヶ谷(私学会館)
講師 井上隆史先生(国文学者、白百合女子大教授)
演題 三島由紀夫 「二つの国際シンポジウム ― 東京とメキシコ」
(講師プロフィール:昭和38年生まれ。横浜市出身。東京大学文学部国文科卒。国文学者。専門は日本近代文学。白百合女子大教授。憂国忌発起人。著編書に『三島由紀夫幻の遺作を読む~もう一つの『豊饒の海』』(光文社新書)、『三島由紀夫の愛した美術』(共著、新潮社)、『混沌と抗戦~三島由紀夫と日本、そして世界』(共編、水声社)など多数。
会費 一般2千円(会員1千円)
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三島由紀夫研究会 yukokuki@mishima.xii.jp
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(C)三島由紀夫研究会 2017 ◎転送自由
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