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『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
平成28年(2016)11月27日(日曜日)
通巻第1006号
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 しょひょう BOOKREVIEW
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三島由紀夫「国際シンポジウム」の貴重な全記録
今後の三島研究にかかすことの出来ない重要な研究集大成
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井上隆史ほか『混沌と抗戦 三島由紀夫と日本、そして世界』(水声社)
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この分厚い一冊は昨秋に東京大学と青山学院大学で三回にわたって連続的に開催された『国際三島由紀夫シンポジウム』の全記録である。
編者は井上隆史、久保田裕子、田尻秀樹、福田大輔、山中剛史の各氏。
『国内外30名を超える豪華執筆陣による多彩な三島論』が編まれた動機も、「豊饒なる混沌に満ちた三島由紀夫の淵源へと肉迫し、いまだ謎に包まれたその全体像を開明する」ことにある。
そこでまずは目次を一覧することにしよう。
第一章は「没後45年 三島の遺産と展望」
書き手は井上隆史、松本徹、イルメラ・日地谷・キルシュネライト、ドナルドキーン、徳岡孝夫、宮本亜門、平野啓一郎、芥正彦、高橋睦郎である。これだけの三島文学愛好者(もしくは懐疑組)が一同に揃ったことだけでも壮観である。あいにく評者、海外旅行中で出席できなかったが、どういう対話や発表があったのか、ずっと知りたいと思っていた。
第二章は「21世紀文学としての『豊饒の海』」。登壇は井上隆史、スーザン・J.ネイピア、四方田犬彦、デニス・ウォシュバーン。
第三章は『時空を超える三島論』として、竹本忠雄氏らがでてくる。マルロォと三島は強烈に刺激しあい、そして永遠というテーマに挑んだ。
三島研究会でも、竹本氏には何回も出講しただいて、このテーマの話を伺っている。
第四章(正確には第二部の第二節にあたる)は『保守思想』で、このなかで、初めて三島の政治思想への追求がなされる。書き手は浜崎洋介、南相旭、梶尾文武で『天皇概念の革命性』などが語られている。
第五章は「21世紀に三島文学を読む」と題され、久保田裕子、有本伸子、武内佳代と女性論客が三人。
第六章は『三島由紀夫と情動の問題』
田尻芳樹、田中祐介、遠藤不比人が書いている。
第七章(第三部第一節)は「ラカン vs ミシマ」とあって、福田大輔、エリックローラン、佐々木孝次、原和之の各氏がラカンとの比較を展開している。
ここでいうラカンとはジャック・ラカンのことで、「無意識は言語のように構造化されている」としてフロイトへの回帰を主張した。
精神医学の見地から三島を国際的に論じ、天皇論における三島の言語の矛盾などが論じられている。
第八章は『三島由紀夫に挑む』で広瀬大介、ジェームズ・レイサイド、細江英江、三輪太郎、山中剛史、佐藤秀明の各氏が登場し、締めくくりが井上隆史教授だ。
異色な顔ぶれで、とくに世界的な写真家、細江英江氏は、昨年の45周年の憂国忌でも撮影秘話について、えんえんとその想い出を語られたものだった。
▼三島とカラジッチが熱く論じられていた
さてあまりにも執筆者が多いので、どれから先に読むか迷いに迷ったが、評者(宮崎)は主観的な観点に立ち、題名と執筆者を眺めた。
前にもこの欄で紹介した三輪太郎のカラジッチとの比較が、このなかに加わっているので、まずはこの論文から(というより講演録だが)に挑んだ。
というのも、三輪太郎氏自身、学生時代に憂国忌の舞台裏で大活躍していた文学青年時代を熱っぽく振り返りながらも研究会のメンバーの中では、「政治派」 vs 「文学派」の見えない対立があったこと、政治派は三島の文学作品をあまり読んでおらず、酒を飲んで騒ぐことが好き、文学派は政治思想を優先する人たちについて行けない。そういうことに批判的だったが、かといってお互いが嫌いなわけでもなかった。
三輪氏は、あるとき文学シンポジウムの連続開催を思い立ち、しかも「敵陣に乗り込んでは如何?」と筑紫哲也氏を三島由紀夫研究会の講座に招いたこともあったという。
その三輪氏が書いたのが「三島とカラジッチ、あるいは文学と政治の闇」という、結構長めの論文で、学生時代の経緯から、なぜセルビアの『極悪人』とされたカラジッチに興味をもつにいたり、旧ユーゴへなけなしのカネをはたいて二度も取材に出かけたかを実直に、しかも淡々と語っている。
文芸評論家の富岡幸一郎も中学時代に三島事件を知って、ミシマとアオシマを聞き違え、なぜ青島幸男が切腹したのか、と思ったというが、三輪においても、原体験は小学生、父親が晩酌をしながら(事件をつたえるテレビを見ながら)「馬鹿なことを」と一言吐き捨てた由。
その彼が高校時代に赴任してきた国語教師がいきなり三島、ハイデッカーを語りだし、放課後も何回も話し込み、先生の下宿を訪ね、討論を重ね、やがてミシマに取り憑かれた大学時代に『憂国忌』に馳せ参じるという精神遍歴を重ねた。
そうした思想的葛藤のあと、三輪太郎氏が三十年余の歳月を経て、真剣に取り組んだのが『憂国者たち』(今年度三島賞候補作品)である。
この作品については既に刊行直後、本欄に書評したので、ここでは触れないが、「カラジッチが三島の愛読者だった」という不思議な事実を知り、それを確認できたのはカラジッチに面談した明石康(国連事務次長)の証言であったという。
ユーゴ(現在のセルビア)へ出かけ、なぜカラジッチが「セルビアの英雄」から一転して「セルビアの極悪人」とされ、国際裁判所で禁錮刑40年という刑を受けるに至ったか?
しかもセルビア人が一度は英雄視し、いまでは悪人として、つまりは「カラジッチだけが悪かった」と恰も、ドイツ人がヒトラーだけが悪かったという欺瞞の論法を組み立てたように、国際社会からの孤立を避けた。それは戦後日本の精神状況と酷似してはいないのか、と問題を提議する。
「ウルトラ右翼が芸術家崩れなのはめずらしくないけれど、(カラジッチが)精神科医という職業が気になる」
しかもカラジッチは詩を書き、小説も書き、文学賞をもらうほどのインテリだった。
「ひょっとすると、事実は、ウルトラ右翼のカラジッチがウルトラ右翼の三島の見かけに共鳴したのではなく、ウルトラ右翼の仮面を被ったウルトラ相対主義者であるカラジッチがユーラシア大陸の東端に自分の分身を見いだしたということではないか」
いやはや一作品だけで紙幅が尽きた。
(評 宮崎正弘)
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三島由紀夫研究会 yukokuki@mishima.xii.jp
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