マガジンID:0000219796 (2016-03-27)
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スピリティズムの教義に基づくイエス・キリストの道徳的原理と、日常生活での応用方法について学びましょう。
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生まれ、死に、再び生まれ、さらに進歩し続ける。それが法なのである。
-- アラン・カルデック
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スピリティズムによる福音 第305号
今回のテーマ:第13章11 善行
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至上の喜びは善の中にある。
このことを理解するのであれば、喜びを求める者は、善を求めなければならないことがわかります。
喜びとは、心の安らぎの中にあります。
後悔によって邪魔されることのない状態こそが、真なる喜びをもたらしてくれます。
今の自分は喜びに満たされていると感じる人は多いものの、自分の今の範囲を少し広げてみると、魂は同じ状態ではいられなくなるのが普通です。今、私がこうしている間、助けを必要としている人はいないだろうか、と少し考えを巡らせてみれば、心の安らぎが揺らいでしまいます。

個々の人間が、自分の喜びだけを求めることは孤立することによってたやすく手に入れることができます。しかし、エゴを満たすことと魂の喜びを取り違えている場合がそこには多くあります。

真の喜びとは、自分と関わりのある他の魂との関係の中において生まれるものです。
同胞と呼ぶことのできる他の魂に対して、自分が喜びの一因となることができた時、私たちの中に喜びが生まれるのです。そこには、相手の喜びを通じて自分の存在価値が確認できたことから生まれる自信と、自分は同胞愛という神の法に則しているのだと確かめることのできる安心感が生まれます。「自分がやるべきことをやっている」状態こそが魂の喜びを生むのです。

これだけ明らかであれば、喜びのために善を実践するしかありません。善行とは社会的に認知されるような行動である必要はないのです。目立たぬところでも、誰にも知られることはなくても善の行動をとることはできるのです。

「やらなければならない善はたくさんある」。私たちが進歩の途上にある以上、やってもやってもやりきれないことがあるのです。しかし、それを行うたびに、その経験は魂の糧となり、魂をより高い状態へと引き上げてくれるのです。

意識しなければなかなか行えないのが善です。しかし、だからと言ってあまり大げさに考えなくても行えるのです。心の持ちようで私たちが善を行うチャンスはいくらでも回ってくるのです。

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