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□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2015年8月30日 第1529号 )

            
  ☆☆甦れ美しい日本☆☆


☆☆怒 り を も っ て 自 分 の 目 標 に 向 か っ て い る 人 間 は し つ こ く て 強 い。☆☆
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☆☆ 偽 善 と 欺 瞞 を 憎 む 私 た ち は 書 き た い か ら 書 く の で す。☆☆
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☆☆☆日 本 人 の、 日 本 人 に よ る、 日 本 人 の た め の 政 治 を 取 り 戻 せ!☆☆☆
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西村眞悟の時事通信
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ウソの上を行進する抗日戦争勝利70周年軍事パレード
                         平成27年8月30日(日)

 習近平は、権力闘争と権力の堕落腐敗、株価暴落の経済破綻現象、そして、天津の大爆発と各地の小爆発と社会不安発生の、やることなすこと無茶苦茶になってきた政権運営の渦中で、せめて、
 「(中国共産党の)抗日戦争勝利軍事パレード」だけは、豪勢にやりたいのだろう。

 しかし、我々日本人は、そのパレードの日である9月3日が近づけば近づくほど、
 それは「ウソ」だ、と繰り返し、
 我が外交は、
1.昭和20年9月2日のアメリカ戦艦ミズーリ号における降伏文書調印国は中華人民共和国ではない。
 2・また、9月3日は何もない日だ。
 その時、中国共産党軍は、延安の土の穴蔵に土蜘蛛のように潜んでいて日本と戦っていない。
 3.日本軍と戦ったのは、蒋介石の中国国民党軍であり中国共産党ではない。
 4.よって、習近平が仕組む9月3日の抗日戦勝利70周年軍事パレードは、
 何もない日の「ウソ」の上に乗ったパレードである。
 と、世界にアピールし、
 参加予定国に「ウソ」を北京にまで見物に行く暇はないと思わせる広報活動を展開すべきである。

 もっとも、自分の親父も含めて日本国軍人として中国国民党軍と戦った祖父の世代をもつ国の大統領がパレード見物に行くのは、勝手にさせておけばいい。
 それは、彼らの特有かつ宿痾の呪われた支那従属病であるからだ。あの国連の事務総長もそうである。
 これは、朝鮮流の身内抜擢を国連人事に持ち込んだ破廉恥な事務総長である。

 さて、航空自衛隊の佐藤守閣下によると、その軍事パレードには、女性儀仗隊が行進するらしい。
 それも、平均年齢二十歳、身長百七十八センチのすらりとした美人ばかりがミニスカートで行進するらしい。
 全員モデルのような女性だと中国紙が解説しているが、モデルのよう、ではなく、全員モデルなんだ。
 そのモデルを突然召集して、連日連夜訓練し、三キロの銃を構えさせて歩かせるのだから、彼女たちの体が悲鳴を上げているという。可哀想な話である。
 習近平は、嫁さんが女優だから、モデルに執着するのか。

 そして、九月三日、中国共産党の幹部連中は、目の前を行進する女性儀仗隊を眺めてヨダレをたらすというわけだ。あほらし。

 この共産党幹部連中は、習近平自身が先行自白しているように、堕落しきっている。
 ある抜群の美人女優が、エイズであると発表された時、真っ青になった共産党幹部は決して一人ではなく、十人、さらに二十人単位であったと聞いた。
 結局、独裁者は所詮独裁者である。
 中国共産党のレベルも、同じタイプの美人を集めて「喜び組」を作って外国人の気を引こうとする北朝鮮の金王朝の馬鹿らしさと同じだ。
 それに拍手する韓国と国連からの参観者は、馬鹿に見えること請け合いだ。

 次ぎに、軍事パレードであるが、軍事専門家の間では、どういう新兵器が新しく登場するかに関心が集まっている。
 しかし、このパレードで見せびらかす各種兵器と兵隊の使用目的は行進前からはっきりしている。

 それは、中国共産党の自己保全と覇権の確保と維持の為である。

 従って、天安門事件やチベットそしてウイグル弾圧やベトナム侵攻で明らかなように、中国共産党が見せびらかす兵器と兵隊は、
 
 自国の人民の殺戮と、少数民族殺戮、そして、周辺諸国攻撃、即ち、邪悪な目的の為に使われる。

 では、この九月三日にパレードを行う人民解放軍が天安門事件のように「攻撃対象とする人民」以外の中国人つまり共産党幹部とはどうゆう人種なのか。これを観誤ってはならない。
 次ぎに掲げるように、二人の先人が既に適切に教えてくれている(口語訳)。

 明治十二年、帝国陸軍将校福島安正の清国偵察報告「隣邦兵備略」
 「清国の一大弱点は公然たる賄賂の流行であり、これが百悪の根源をなしている。
 しかし、清国人はそれを少しも反省していない。
 上は皇帝、大臣より、下は一兵卒まで官品の横領、横流しを平然と行い、贈収賄をやらない者は一人もいない。
 これは清国のみならず古来より一貫して変わらない歴代支那の不治の病である。
 このような国は、日本がともに手を取ってゆける相手ではありえない。」

 大正二年、内田良平著「支那観」
 「相変わらず、金銭万能が支那の国民性の持病となっている。
 堂々たる政治家を自任する者にして、美辞麗句とは裏腹に振る舞いは汚れ、彼らの心事が巷の守銭奴と何ら変わらないのは昔のままである。」
 「少しでも多くの金銀を得ようと固執し、財宝を盗み、大甕の酒を飲み、美味の肉を食らおうとするほかには、何の関心ももたない。」
 「支那人は、詐欺を義務とさえ考えているようである」

 以上を総合すれば、邪悪な独裁帝国の主席、習近平の九月三日の抗日戦争勝利七十周年軍事パレードは、

 ろくでもない奴らが、
 ウソをでっち上げて、
 ろくでもない目的のために使う武器を見せびらかす、
 エログロショーをまじえた、
 ろくでもないパレードである。

 よって、近来、めずらしい見せ物、と、
 モデル行進の部分を中心にTVにて一瞥されるのも、また一興であろう。

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◎佐藤守   「大東亜戦争の真実を求めて 519」

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さていよいよ著者・カール・カワカミの「自序」を分析するが、これは1938年3月、ロンドンで書かれたものであることを念頭に読んでいただきたい

≪世間で悪評を買っている動機のために戦うことの中には、常に冒険と興奮とさらには楽しみさえもが存在するものである。現在の日本は最も評判の悪い国である。日本を非難し責めることは、殆どの国で流行の楽しみとなっている。これこそがまさに、著者が日本を援護し、日本のために戦う決心を固めた理由である。

これは論争を呼び起こす本である。この本は、かつて世論の批判にさらされた最も論争を呼ぶ問題のいくつかを論じている。だがその中で述べられている事柄は、単なる机上の空論ではなく、むしろ具体的な事柄である。それらは、著者が反駁の余地がないと考えている事実に基づいている≫

この記述は、奇妙なことに現状と瓜二つであることに注目すべきであろう。昔も今も、わが国の諜報活動と外交技術?は非常に遅れていたといえる。情報の入手先が偏っていたのではないか? 勿論、現在我が国を非難しているのは支那と韓国が主だが…。

≪この本の原稿を書き終えた後の一九三七年一二月一二日、日本の名誉を永遠に汚した衝撃的な事件が、南京とウーフーの間の揚子江で起こった。もちろんこれは、日本の戦闘機と沿岸砲備隊によるイギリスとアメリカの砲艦と商船への不幸な襲撃事件のことを指している。この暴力行為は故意のものだったのか、あるいは単なる誤りだったのか? どんな説明をしようと、この事件は日本国家の名誉をかつてない程に危ういものにしてしまった。唯一の慰めは、日本がその非道ぶりを十分に認識して悔悟のしるしを見せていることである≫

1937年12月の事件とは「パネー(パナイ)号事件」のことである。これは盧溝橋事件勃発から5ヶ月後の昭和12年(1937年)12月12日、日本軍が南京近辺に達していたこの日、日本海軍機が揚子江上のアメリカ砲艦パネーを爆撃して沈没させた事件のことである。

縷々書いてきたことだが、 盧溝橋事件勃発後、現地停戦協定が守られなかったため、

7月27日に日本政府は「北支那事変」に関し自衛行動をとると声明し、内地から三個師団を派遣する。こうして8月13日に上海で日中両軍が交戦を開始するのだが、通州で居留民が虐殺された後でもあり、居留民保護は万全ではないと考えられた。

そこに上海に駐留していた軽装備の海軍陸戦隊に対して蒋介石が戦闘をしかけた。これを第2次上海事変と呼ぶが、実はこの戦闘は、蒋介石の軍事顧問団であったドイツ軍参謀らが綿密な計画と十分な武器弾薬を集積した陣地を構築させて待ち受けていたのである。つまり、シナは第1次世界大戦で近代的な陣地戦を体験しているドイツ軍参謀将校を招いて、その指導で日本軍を待ち受けていたのである。こうして“居留民救援”を目的にして進軍した日本軍は、まんまとその罠にはまって相当な犠牲者を出すに至った。そこで大本営は急遽柳川兵団を膠州湾に向かわせ、上海戦線の背後を突かせて鎮圧したのだが、その作戦の一環として出動した海軍機が、米国軍艦をいわば“誤爆”したのであった。これには誤爆ではなく、米側が誤爆させようとしたという説もあるが、いずれにせよ日本政府は、8月15日に「南京政府断固膺懲」を声明し、9月2日には「北支那事変」の呼称を取りやめ、これを「支那事変」と呼んで泥沼にはまっていく。

そして9月22日には 国民党と共産党との間で対日を旨とする第二次国共合作が成り、11月12日には日本軍が上海を占領するや、蒋介石は南京から重慶へ遷都する。そんな最中の12月12日にパネー号事件が起き、翌日の13日に 南京が陥落する。

≪この事件は日本を危険な方向へ、即ち中国の仕組んだ罠の方向へ押しやった。私がこの本の多くの筒所、とりわけ八章と九章で示そうと試みたように、中国の抱いていた計画は、国際的干渉を招くことによって日本を打ち負かし、卑しめることであった。

何年もの間、中国は貪欲な国際的干渉を生じさせるべく、根気強く巧みに力を注いだ。一九三七年七月北支で戦闘が発生した時、南京政府の干渉歓迎派は上海地域でも戦いが起こるよう慎重に挑発した。この上海は、日本が戦いを起こす希望も意図も持っていなかった地域である。ここには列強諸国の利害が集中している巨大な国際都市があった。この地域の激しい戦闘の中に日本を追いやってしまえば、間違いなく日本は国際的なゴタゴタの網の目の中に取り込まれてしまうだろう。これが中国の考えであった。そして上海の外国領事も含めて有能な外国の観察者達もまた、明らかにこのように認識していたのである。

極めて当然のことながら、日本の軍事行動は絶えず妨げられた。というのは、国際租界区及びフランス特権区域の周辺に、中国軍があたかも彼らの保護者であり警備隊であるかの如くに、意図的にはりついていたからである。この状況を公平に観察している我々にとっては、この地域における外国の関心及び兵力が中国に過度に肩入れしているようには見えない。だが数の上では中国のわずか十分の一であり、流血と銃火の苦しいこの三ヶ月を過ごしてきた日本人にとって、外国の態度と行動は中立とはほど遠いものに思えたに違いない。日本に対して不正がなされているという日本人の積もり積もった感情が、日本人をかつて無いほど不名誉なものにしたあの//