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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成27年(2015)8月12日(水曜日)弐
   通算第4623号 
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● 終戦から「七十年」。日本の戦争を考える読書特集
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倉山 満『お役所仕事の大東亜戦争』(三才ブックス)
西村幸祐 V ケント・ギルバート『日本の自立』(イーストプレス)
ヘンリー・S・ストークス『反日・中韓の詐欺を暴いた』(悟空出版)
渡辺 望『未完の大東亜戦争』(アスペクト)
              ◇
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 ◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー ◎BOOKREVIEW◆
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 終戦記念日を前にして、戦争を考える力作がずらり並んだ
  出鱈目だった戦後の自虐史観をすべて洗い直す本格的作業の時代となった

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倉山満『お役所仕事の大東亜戦争』(三才ブックス)
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 いったい戦後七十年もの歳月が流れてなお、日本はなぜ敗戦国のママなのだろう?
 あの戦争を「侵略」を定義するのは論外であるが、「聖戦」史観も間違いであると倉山氏は言う。
 つまり戦前の日本の政治メカニズムこそが、最大の元凶ではないのかと指摘する。
 大東亜戦争突入時、「大日本帝国」のメカニズムが機能しており、時代にそぐわない体制、つまり「お役人」が政治を導いた。参謀本部など、まったくのお役所仕事になっていたことは渡部昇一氏らも指摘してきた。
そのうえ、日露戦争勝利の「平和呆け」と「大正デモクラシー」などという、腐り始めていた風潮、のびきってだらだらと弛緩した、すなわち体制の腐食が見られた。このような「お役所仕事がこんにちの日本の停滞をまだ引きずっている」と指摘する。
 倉山氏は「戦争目的は三回変わった」と総括する。
 まずは「『自存自衛』である。米英蘭に経済封鎖され、生存のために戦端を開いた。次は『東亜解放』である。攻勢限界点を越えて戦局が劣勢になってから、崇高な理念を持ち出した。最後は『国体護持』である。(中略)しかも意思決定が明らかに遅い」。
 若い憲政史家が、大東亜戦争の総括に挑んだ一冊。

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 ◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー ◎BOOKREVIEW◆
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西村幸祐 V ケント・ギルバート『日本の自立』(イーストプレス)
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 ワシントンでの安倍首相演説を高く評価するケント氏は、欧州諸国が「それをみて日米関係は良好」として、安心した。ロビィ工作で日本を貶めることに奔走してきた中国と韓国はさぞがっくりしたことだろうと嗤う。
 これからの時代は「アメリカが日本に頼る」ことになる、ともケント氏は言う。
 西村幸祐氏は、安倍首相演説を日米が「国対国」の関係になったと別の視座から鋭角的に斬り込んだ。独特な感を持つ西村さんの時宜を得た問題提議は氏の持ち味でもあるが、こう続ける。
「G7の首脳達が、アメリカの腰巾着ではない、属国でもない自立して日本を認めることになった」。
それが日本の国際的地位の向上に繋がったと安倍外交を高く評価する。二人はこうして活発な対話を通じて戦後七十年を概観しつつ日米関係の未来を展望する。
 話題は「安保体制」、「中国、韓国の反日謀略」、「沖縄」、「GHQ史観」、「ヤルタ・ポツダムの矛盾」におよび広範な議論が展開される。
 西村さんは政治の裏面史に詳しいが、この対談本で評者(宮崎)は、むしろケントさんが意外なほど国際情勢に関して情報通であることを再認識した。
たとえば沖縄問題の裏側にからむ諜報能力の変遷など、またアメリカの全体的なニュアンスを、なにげなく醸し出すやわらかな表現でありながらも辛辣な物言いのなかに、意外な真実が潜んでいること。
たとえば米国議会で反日の代表選手=マイク・ホンダがセックススレーブなどとありもしない事実をまだ持ち出し犠牲者は二十万人と何回も発言したが、ケント氏は、その数字にアメリカ人が信用しなくなりはじめたという直近の動き、またCNNはニューヨークタイムズ同様に信憑性にかけることをアメリカの知識人なら知っているという変化。
在日米軍のロッキード偵察機さえ、いまの米軍の情報収集能力からいえば、「ウドの大木」化していることなど、アメリカ通でも知らない最新情報をさりげなく伝えてくれ、有益な一冊だった。

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 ◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー ◎BOOKREVIEW◆
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文豪ミシマの友人でもあったストークス氏は外国人特派員のなかで出色
  戦後70年、日本よ、いい加減に自虐史観を克服する時を迎えた

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ヘンリー・S・ストークス『反日中韓の詐欺を暴いた』(悟空出版)
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 中国と韓国の反日プロパガンダはまったくの嘘である。いや、詐欺であると断定する。
ところが、それを誇大に伝え、執拗に反省を迫る日本の左翼系マスコミが、この歪曲された史観問題をややこしく、複雑にし、日本人の思考回路から自立性を奪っている。
 日本の外国人特派員のなかで、最古参となったヘンリー・ストークス氏は英国から来た礼儀正しい紳士。評者も三島事件以来、親しくさせていただいている関係だが、近年になって次々と発表される力作群に瞠目している。
 ストークス氏は、自虐史観の元凶を知っている。つまり『東京裁判』という歴史的に稀なインチキである。
 これは未曾有の詐欺なのだ。
 「米国が自らの戦争犯罪を隠蔽するために仕組くんだ東京裁判」と、「日本に押しつけた戦勝国史観」の二つが日本人の精神を蝕んだのだ。
中国と韓国は、その米国プロパガンダの尻馬にのって、これは有益とばかりに「自国民の目をそらし、権力を維持するために、詐欺を世界に発信し、日本を貶め続ける」のだとストークスは熱弁をふるう。
「詐欺」と外国人ジャーナリストが断言したのは、おそらく始めてではないのか。
 大東亜戦争が「日本がアジアを侵略した」などというのはアメリカのプロパガンダである。アジアを侵略したのは英米仏独蘭ではないか。
 「南京大虐殺」なるものは完全に作り話である。中国がカネで雇った『ジャーナリスト』らがつくったフィクションであることは、いまや120%証明されている。
 もっとも大きな戦争犯罪は広島・長崎、そして数時間で十数万を焼き殺した東京大空襲ではないかとストークス氏は明確に歴史の真実を提示する
これらの戦争犯罪を巧妙に糊塗し、日本を悪玉にすり替えるために執拗かつ悪辣な詐欺が戦勝国史観である。あまつさえ国際法に照らしても非合法な憲法の押しつけ、戦後憲法という歴史上嘗てなかった酷いシロモノの押しつけだったのだ。
 「性奴隷」は「創作小説」でしかないと断言するストークス氏は実際に韓国に慰安婦の生き残り女性等を取材し、韓国人の女衒に騙されたという証言を集めている。また氏は金日成とも会見した珍しいジャーナリストであり、こうした証言は貴重というほかはない。
 藤田裕行氏の訳文もこなれている。

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 ◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー ◎BOOKREVIEW◆
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 「死にうる神」が戦後、悲惨にも生き残った
   本土決戦を避けた戦後日本と旧時代を守る西南戦争とに繋がりはないのか

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渡辺望『未完の大東亜戦争』(アスペクト)
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 論壇の新星・渡辺氏の最新作だが、本書でのテーマは『本土決戦』に焦点を充てた。
この「本土決戦問題」をいまも執拗に提議されるのは西部邁氏だが、この作品での『本土決戦』は視座が異なる。
 つまり思想的本土決戦を西郷、蓮田、三島に連綿と流れた日本の美意識と置き換えるのである。
 副題がしめすように「日本の戦後を歪め続ける本土決戦の正体」というのが、モチーフになり、敗戦史観の呪縛から逃れるには、いまこそ「思想戦」としての本土決戦が必要であり、主張の基本に横たわる問題意識は戦後日本人の『平和』に対する誤解と、「早すぎた終戦」によって開始されているとするポイントにある。
 我慢ならないのは『憲法学者』を自称する「学者馬鹿」たちである。
 かれらは「『気軽な善意のたたき売り』で成り立っている分野の専門家」であり、「こんな呆れるほどノー天気な専門分野が『最高法規の研究分野』と称して成立し、存続しているような奇怪な情景が(なぜいまも日本で)続いているのか」。
 それを突き詰めて考えていけば「大東亜戦争の悲惨な不徹底」という問題に行くつく。
 従来の学説に捕らわれる立場にない渡辺氏は、この本の第二章で唐突に江藤淳の『南州残映』を持ち出す。
新鮮な角度の戦争論かとおもいきや、第五章は三島由紀夫論である。
 すなわち三島由紀夫の『朱雀家の滅亡』と若き日に書いた『若人よ蘇れ』(昭和29年の作品)を比較しつつ、西郷隆盛の滅びに蓮田善明、三島由紀夫の美学とを対比させる。戦争を論じながらも最後に文藝的な批評を用いる方法は、さすがに西尾門下の論客である。
 こういう論旨である。
 「西郷は明治新政府に反撥して西南戦争を引き起こした。(中略)西郷はおそらく、明治新政府によって切り捨てられ滅亡された旧時代の日本人の代表者として戦った。しかし、その闘いぶりはまったく非合理なものだった。西郷は滅び行く旧時代の日本のために、自ら滅びるために戦争をおこしたのである」
 文芸的な比喩をもってすれば、そういうことになるのだろう。もし西南戦争を西郷個人のリーダーシップによってのみ成立したと仮定すればの話だが。
 さらに渡辺氏は続ける。
 「江藤(淳)は、西南戦争最大の激戦地だった田原坂に赴く。そこには」蓮田の歌碑が建てられており、こうある。
「ふるさとの 駅におりたち眺めたる かの薄紅葉 忘らえなくに」。
 この「ふるさとの駅」が江藤淳の西郷観だが、渡辺氏も、この感覚を延長させ、三島にとっては「本土決戦を回避して生き残った戦後の天皇・皇室と日本国家が偽物であって、死にうる神」は占領軍によって巧妙な殺戮をなされたのだという思念から離れることが出来なかった」として、三島、蓮田の滅びの美学をやや強引に西郷の西南戦争に結びつける。
 しかし三島研究者から言わしめれば三島が熊本に赴いた主たるモチーフは神風の乱であって、西郷の西南戦争ではなかった。
 細かな議論は措くにせよ、本土決戦をこうした視座から捉え直したことは、おおいに参考になった。

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