--------
↓全文読めない等の場合はバックナンバーでご覧下さい↓
http://melma.com/backnumber_160538/
問い合わせID
 q0v2VRbqP07wW1Wtg1l2cGs0fa2910df
--------

■第1326話 日中交流、歴史は繰り返す?(2/3)

####################################

 今回は以下のメールマガジンに掲載された内容の転載です。

  メイル・マガジン「頂門の一針」3615号 2015(平成27)年4月10日(金)

 作者の勤務の都合により、予告無しで配信を休む場合があります。

####################################


(前回から続く)


 最初の遣隋使を派遣するに当たり、聖徳太子が「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙(つつ)が無きや」と書かれた国書を小野妹子に持たせたのは有名な話である。


 煬帝は、太子の書を見て不快に思い、この遣隋使への返礼として大使裴世高を小野妹子に同行させ、隋の冊封体制に入れと宣撫するためによこしたが、日本はそれに入ろうとせず、かれらの官職・爵号を受けなかった(平井:まるでAIIBインフラ銀行のよう)。

 以後、日本は中国と対等の立場で交流した。

 唐の使節が来日した有様を、田中氏は『日本書紀』を引用して次のように述べている。


 「舒明天皇の2年(603年)8月、 犬上君三田耜が第1回遣唐使として入唐すると、同4年(632年?)秋8月、唐は高表仁を遣日使として送ってきた。

 学問僧(3人)を伴っており、新羅の遣使らも従っていた。

 彼らは唐からの国家として使節団であったのだ。


 こうした唐からの遣唐使の来日は頻繁に行なわれ、とくに天智天皇の治世には、毎年のようにやって来た。

 その規模も大きくなり、8年(669年)には2000余人、10年(671年)には2000人と沢山の船と唐人が来朝していることが記録されている」(平井:まるで二階の3000人訪中団だ)


 あまり多くの唐人と船が来たので防人達は侵略軍かと驚いて弓を射たと『日本書紀』に記録されている(平井:まるで海上民兵)。

 当時のわが国の総人口は1000万人もいないから、人口比でいえば、当時の2000人は今の2万人以上に当たる。

 2万人の中国人が一気に上陸したようなものである(平井:爆買そっくり)。


 当然通訳がいたと思うし、以前から日本にきてそのまま滞在していた漢人が通訳を買って出たのかもしれない。

 漢語を話す人間がいなければ交流も不可能だからである。


 唐人にとっては遣唐使よりも、遣日使のほうが重要であった。

 それに伴う通商の利益の方が大きく、回数の少ない遣唐使がもたらすものよりはるかに多かった。

 正倉院に献納された唐物の多くは遣唐使がもたらしたものではなく、このような唐人によると推測されると専門家も見ている。

 とにかく日本には来るだけの魅力があったからである。


 ところで唐からきた人々は、対等であるにもかかわらず、文明の高い国からきたと思わせるせいか、遣日使とは呼ばない。

 唐からの使節の他、渤海や新羅からもたくさんの使節が来日している。


 渤海は720年から922年まで、約200年の間に33回、遣日使を送ってきた。

 日本からの遣渤海使は13回であった。

 最初6年おきの交流を日本側が提案したが、後には毎年のように遣日使がやってきた。

 彼らも唐と同じように貿易を行っており、毛皮類や人参、蜜とともに唐から渤海への回賜品が日本にもたらされ、日本からは絹、綿、糸など繊維加工品が贈られた。

 それらの品がまた唐に渡った。日本を中継にして唐と渤海と交易がなされたのである。

 空海も「渤海国の王孝廉宛」に手紙を書いているくらいだから、かなり交流が頻繁だったと思われる。


 またそれにも増して新羅からの使節も多かった。

 日本は唐に対しては対等の関係にあったが、新羅に対しては、むしろ宗主国の関係にあった。


 日本にやって来た唐の人物で、最も有名なのは鑑真和上だが、5度も渡航に失敗 しながら日本に来た情熱は(なにゆえだろう)。

 昔、慧思禅師(天台宗宗祖南岳大師)が遷化され、聖徳太子に托生し、仏法を興隆し衆生を済度した仏縁の深い国であるから、「ぜひとも招きに応じて行く」という強い意志を示しておられる。

 そこには日本を敬愛する謙虚さ、真摯さが感じられる。

 遅れた国に正式な戒を授けるという見下した態度は露ほどもない。


(次回へ続く)


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

■ 歴史好きの素人が語る歴史(第1326話)(2015年04月18日号)

・ このマガジンは『melma!』から発行されています。
  (ID:160538)
http://melma.com/

・ 配信中止は、こちらからどうぞ
               http://www.melma.com/backnumber_160538/

・ 作者は、中澤勇二(台湾名 陳澤民)です。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

--------
メルマガ解除やバックナンバーは↓
http://melma.com/backnumber_160538/
問い合わせID
b0U22Rvqv0Lw31itg162QGn0fa2910df
※解除が上手くいかない場合、上記問い合わせIDをコピーしてお問い合わせください。
--------