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【にわか日本好きが選ぶ、気になるニュース】

AIIBの対応に活かそう! 
産経の記事「日米はなぜ開戦に至ったのか…米も欲した満鉄利権」
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【STOP 自称「大阪都構想」!】


昨日、仕事帰りで、大阪市営地下鉄ですが、車内吊り革広告の選挙ポスターの横に、週刊新潮です。

地下鉄の逆襲です!good job!!

こちらで写真をどうぞ↓
https://twitter.com/nobby_nobigami/status/586510149465964544


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●● 2015年4月11日 気になったニュース ●●

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本日、一番気になったニュースはこちらです。

~★~★~

■AIIBの対応に活かそう! 
産経の記事「日米はなぜ開戦に至ったのか…米も欲した満鉄利権」
http://kopiruakkun.blog.fc2.com/blog-entry-4831.html


昨日の拙ブログ記事の続きですが、、

●【完コピ推薦!】安倍総理の米議会演説草案&麻生財務大臣で良かった、AIIB見送り
http://kopiruakkun.blog.fc2.com/blog-entry-4828.html


今が、歴史のターニングポイントかも知れないですね。

日本のアジアインフラ投資銀行(AIIB)をめぐる対応が・・・

まずは、昨日のこちらのニュース 
2015/04/10 18:07 【共同通信】

○AIIB、米が日本の参加疑う 「裏切り」続出で孤立感
http://www.47news.jp/CN/201504/CN2015041001001803.html

中国が設立を主導している国際金融機関、アジアインフラ投資銀行(AIIB)をめぐり、米国が「日本が参加を決めたのでは」と疑い、日本側に不信感を伝達していたことが10日、分かった。

日本政府は参加見送りの方針を伝えたが、英国をはじめオーストラリアなど同盟国が続々と参加表明する「裏切り」を目の当たりにし、米国が孤立を懸念していたことが浮き彫りとなった。

 複数の日米関係筋が明らかにした。

日本と米国はアジアの発展途上国の経済発展を支援する国際金融機関、アジア開発銀行(ADB)を主導。
ADBはAIIBと協力関係を模索するとみられるが、戦略の立て直しを迫られそうだ。

(転載終了)
===


アメリカは日本人が思うより、自信をなくしていそうですね。

中国の脅威、同盟国の裏切り続出・・・


日本でも、AIIBに参加すべきの声を大きいです。

麻生財務大臣でなければ、今頃参加表明済みで、安倍総理の米議会演説を迎えようとしていたかもですね。。


しかし、冷静に考えてみると、AIIBは、中国の苦しさを表わしているのかも知れません。

奥山真司先生が「中国インフラ投資銀行」(AIIB)の創設は、逆にここ十年間にわたる中国の失策のあらわれであるという逆説的な見方を紹介されています。


【アメリカ通信】AIIBって実は中国の苦肉の策なのでは?
http://archive.mag2.com/0000110606/20150409212024000.html

【新興国における二国間関係の推進が失敗したことを中国自身が認めたことを意味する】


そうなのかも知れません。

だから、日本も冷静に対応すべきです。


で、こんなタイミングで産経新聞(関西)で面白い記事がありました。

【歴史事件簿】
パールハーバーの誤算(1) 日米はなぜ開戦に至ったのか…
米も欲した満鉄利権、確執は満州での“すれ違い”から始まった
http://www.sankei.com/west/news/150403/wst1504030046-n1.html

一部転載します。

==(転載開始)==

今から74年前の昭和16年12月8日、旧日本軍はハワイ・真珠湾のアメリカ太平洋艦隊を攻撃し、太平洋を舞台にしたアメリカとの戦いに突入する。

当時、アメリカの生産力が日本の10~20倍もあったため日本の軍部の中にも対米戦に消極的な声もあったのだが、なぜ踏み切らなければならなかったのか。

その原因は、真珠湾攻撃の36年前に日露戦争の講和を仲介したアメリカとのすれ違いから始まっていた。


(中略)


そんなロシアに強い危機感を持ったのが日本とアメリカだった。

 南北戦争後、欧州にならい支配力を広げたいアメリカはハワイ、フィリピンに続いて狙ったのが満州であり、日本も本土をロシアから守る防衛線として満州が必要だった。

 そしてロシアの進出を抑えるため、明治37年に起きた日露戦争で日本を資金援助したアメリカが、日露両国の講和締結に積極介入したのも、満州の利権が欲しかったからにほかならなかった。


 そこで講和締結後、アメリカの鉄道王、エドワード・ヘンリー・ハリマンは日本がロシアから得た権益のうち、新京(長春)から大連間を走る鉄道(南満州鉄道)の共同経営を1億円の財政援助とともに持ちかける。


【明治36年の国家予算が約2億6千万円という時代の1億円である。】

首相の桂太郎はハリマンの提案を歓迎して受け入れる。

ところが、ハリマンとすれ違いに帰国した外相・小村寿太郎は反対する。

多くの国民の犠牲を払って得た権益をアメリカと分けると他国に足もとを見られるというのが理由だが、最終的には奪い取られるといった疑いを持っていたとみられる。


 結局、桂は小村に従うのだが、突然の破棄にハリマンの怒りは収まりがつかなかった。

【以後、日本とアメリカは対極の立場をとるようになる。】


【こと満州のことになるとアメリカの態度は執拗だった。】

明治42年、日露両国が握る満州内を走る鉄道の権益を中立化させて自分たちを含む共同管理を提案したほか、清国と満鉄に並走する鉄道建設なども計画するが、失敗に終わる。

 それでも諦めないアメリカは大正11年、ワシントンに主要9カ国を集めた軍縮会議を開催すると、日英同盟破棄や清国崩壊後に成立した中華民国への進出の抑制など日本の弱体化を狙った合意を引き出す。

(中略)

;;;;

 昭和15年、日本軍はそんなアメリカのいらだちを知りながら北部仏印に進駐すると、ドイツ、イタリアと軍事同盟を締結。

16年には南部仏印に進出したことでアメリカとの対決姿勢はさらに鮮明となった。

 そんな状況下、連合艦隊司令長官の山本五十六大将は、アメリカと戦うならばまずハワイのアメリカ太平洋艦隊を潰し、その後の戦いを優位に進めるしかないとして航空機による攻撃を計画する。

 航空母艦(空母)6隻と航空機400機という世界でも類例のなかった機動部隊を編成すると、対米交渉中にもかかわらず、宣戦布告直後の奇襲攻撃を狙って11月22日、ハワイに進路をとった。(後略)

==(転載終了)==

全文はこちらから↓
http://www.sankei.com/west/news/150403/wst1504030046-n1.html


この産経新聞の記事からも分かるように、


昭和16年12月8日の真珠湾攻撃

その36年前に日露戦争の講和を仲介したアメリカとのすれ違いから始まっていた。


ということが良くわかります。

ちなみに、天皇陛下も「満州事変」について何度か触れておられます。


2015/3/18放送 関西テレビ「アンカー」
青山繁晴の“ニュースDEズバリ”は、
「戦後70年“戦争の歴史を学び、今後の日本を考える"天皇陛下の新年ご感想真意は‐青山が解説!」
http://kopiruakkun.blog.fc2.com/blog-entry-4790.html より、

そのなかで、青山繁晴さんはこんな発言をされています。

○青山繁晴
「(前略)昭和天皇におかれては、日米開戦に、 反対でいらっしゃったってことを僕は確信してます。

どうしてかというと記者時代に、昭和天皇の吐血、下血が始まりまして、当時生きてらっしゃった側近の方々にお話をお聞きしたら、昭和天皇は、民主主義のアメリカやイギリスと戦うなと。

逆に、ヒットラーやムッソリーニのような成り上がりの独裁主義とは組むなということを、ずっと念頭に置かれてた。

どうしてかというと、日本は、戦争に負ける前から、民主主義に基づく、立憲君主国だからと。ね。

その御意に逆らってしまったのが先の戦争だったと、いうふうに、もうあれから27年経ちますから、皆さん全部亡くなられたけど、そういうことを考えれば、この、右とか左とか関係なく、その陛下の御意、御心を、依然として私たちは、僕も含めて十分に分かってないんじゃないかということを、省みるべきだと思います。 (後略)」


全文はこちらから↓
http://kopiruakkun.blog.fc2.com/blog-entry-4790.html


さらに、私が尊敬して、昨年12月に亡くなれた中條高徳先生(アサヒビール名誉顧問)の著書
「おじいちゃん戦争のことを教えて—孫娘からの質問状」

では、アメリカが戦争に追い込んだが、日本も戦争を避けられなかったことは反省すべきと書かれてます。


平成20年に大阪護国神社(靖国神社崇敬奉賛会主催)で、中條先生が講演されて、私も拝聴しました。

質問コーナーでは、
・歴史の岐路にあったハリマンの満鉄参画
・日露戦争後に謙虚さが足りなくなった軍部

ということを話されていました。

当時の文字起こしから転載します。

○中條
「いや、歴史に「もし」はありませんが、これは重大なる分かれ目ですね。
満州、東北地方ですね。満州という設計は何も日本だけが考えたのではなくて、みんなそれぞれの自分の国の安全のために考えた。

そして、日本という国家にとって、先ほど申し上げたように朝鮮半島、ユーラシア大陸のエネルギーの部分に緩衝地帯をつくるというのは、至極軍事的には当然のことでありますね。

しかし、それが日本の行き過ぎであったという判断もありますが、その行き過ぎという判断を仮説として認めて、その時にアメリカ資本のハリマン鉄道王が参加したいと言ったというのは、実に歴史的に重い事実だと思うんですよ。

ところが、ポーツマス条約の日本代表とした小村寿太郎が帰ってきて、とんでもないと。

ですから、これ、小村寿太郎さんがどういう意味で絶対反対したのか私にもわかりませんが、このハリマンに参加させていたとしたら、あのアメリカの合理主義は歴史が全く変わってきた足取りを歩んでいたのではないかと私は思っていますね。

一つ残念な選択であったと思います。

(転載終了)
==

これは、靖国神社崇敬奉賛会主催で、大阪護国神社での講演内容です。

別に反日、自虐史観に染まっている人の話しではないです。

先の産経新聞の記事、青山繁晴さんの発言もそうですが、右とか左とか関係なく、あの戦争の本当に反省すべきことから学ぶべき時期が来ているのだと思います。


そして、今回の天皇陛下のパラオご訪問の意味も大きいと思います。

○天皇皇后両陛下のパラオ訪問 
“戦後70年の傷を和らげる”と海外メディア
http://newsphere.jp/national/20150409-2/

 AFPは、羽田空港を発つ際の天皇陛下のお言葉から、以下の2節を取り上げている。
「私どもはこの節目の年に当たり、戦陣に倒れた幾多の人々の上を思いつつ、パラオ共和国を訪問いたします」、

「太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」。

ロイターは、「この旅は、戦後70年の傷を和らげるためのものだ」としている

(中略)

 同メディアは天皇陛下が1992年に歴史問題を抱える中国を訪問した事や、10年前に同じく激戦地だったサイパンを訪問した事に触れ、
「(天皇陛下は)自国で戦没者に哀悼を捧げるとともに、以前の敵との和解を助けると見られている」と記している。

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天皇陛下、歓迎してくれたパラオの皆様、本当にありがとうございました。//